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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
襲撃編
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45話 「心が近づくきっかけなんて」

 それから数十秒くらいが過ぎただろうか。エリナは突如、一気に床へへたり込んでしまった。彼女は足首を怪我している。強がって平気なふりをしていたが、実際のところは普通に立っているだけでも辛かったのかもしれない。


「大丈夫っすか!?」


 へたり込むエリナに一番に声をかけたのはナギだった。彼の顔には不安という名の暗雲が立ち込めている。


「何よ、大袈裟ね……」


 エリナは座り込んだまま、呆れたように言い返す。

 しかしその大人びた顔には、明らかに疲れの色が浮かんでいる。夜中に起こされたうえ攻撃され、しかも戦闘にまで至ったのだ。疲れもするだろう。


「すぐ手当てした方が良さそうっすね。一旦リビングに移動させますよ」

「余計なお世話だわ。私はこう見えても……」

「エリナさんも女の子なんすから、無茶しちゃダメっす!」


 エリナの発言に言葉を重ねるナギ。


「俺は女の子が傷つくところなんて見たくないんですよ!」


 ナギの真剣な顔つきと訴えるような口調に、エリナは少し戸惑っているみたいだった。まさかナギが真剣に心配しているとは考えていなかったのだろう。

 端から見ればナギがエリナを気にしているのは丸分かりだった。だが、そういう感情というものは大抵、当人だけが気づかなかったりするものだ。エリナが気づいていなかった可能性は高い。


 戸惑いを隠せないエリナは、しばらくの間言葉を失っていた。彼女がようやく口を開いたのは、十秒以上後である。


「貴方、そんなだから続かないのよ」


 エリナは白けた顔で小さく吐き捨てた。


「さすがに酷……って、そうじゃなかった! 手当てしないと。エリナさん、肩貸すっすよ。……って重っ!!」


 ナギはなにやら一人で騒いでいる。その様子は、まるで、空振りしている笑えないギャグ漫画のようだ。ドタバタという言葉がよく似合う。


「ちょっと誰か手伝って——」

「手伝いましょうか」


 私は速やかに挙手した。


 レイや武田は、まだ茜と紫苑のことがある。先ほど呼んだ救急隊もそろそろ着く頃だろう。しばらく忙しいに違いない。

 かといって、眠っているモルテリアを起こすのも気が進まない。

 そうなると、ナギの手伝いに一番適任なのは私だ。戦い以外なら私にもできることがあるはずである。


「沙羅ちゃん、いいんすか!?」


 落ち着きの「お」の字もないくらいせわしなく動いていたナギが、顔をクルッとこちらへ向けて言った。顔全体から嬉しさが滲み出ている。


 純粋な善意などではなく、手が空いているのが私しかいないので手を挙げたわけだが、ここまで素直に嬉しそうな顔をしてもらえると嬉しい気持ちになった。明るい表情を向けられると、こちらも自然と明るい気持ちになる。不思議なことだが、人間とはそういうものなのかもしれない。


「じゃあ、俺はエリナさんを支えるんで、沙羅ちゃんにはお湯とタオルお願いしていいっすか?」

「はい! あ、でも、タオルはどこに?」


 台所は歓迎会の準備の時に一通り見たのでポットの位置は把握している。お湯を汲むのはできそうだ。


「手洗い場のすぐ下の棚、一番上の段に新品があるわ」


 ナギの肩を借りてなんとか立っているエリナが、私の問いに素早く答えた。

 彼女は涼しい顔をして平気そうに装っている。だが、その額と頬は、汗に濡れていた。


「ありがとうございます。すぐに持ってきます」

「悪いわね」

「いえ。大丈夫です」


 エリナが「悪いわね」などと言ったのが、私には信じられなかった。常に上から目線な彼女のことだから、優しくとも「さっさとしなさいよ」くらいは言われるものと思っていたのだ。


 私は急いで手洗い場へと走った。上から一段目の引き出しを開け、その中から真っ白なタオルを取り出す。後から再び取りに走るのも面倒なので、一応二枚持っていくことにした。

 使わなかったら後でここへ返せばいいだけのこと。さすがに怒られたりはしないだろう。

 次は台所へ移動する。近くに偶然洗面器があったので、それをポットのところまで持っていく。洗面器に十分お湯を入れ、エリナとナギのもとへ急いだ。


 たまには役立たなくては。



 ナギはエリナをソファに座らせていた。

 私がタオルとお湯の入った洗面器を持っていくと、ナギは「助かったっす」と何度も繰り返してくれる。悪い気はしない。


 それからナギはエリナの足首を軽く拭き消毒する。負傷が多々あるエリミナーレという職業ゆえかもしれないが、ナギは手際よく処置を進めていっている。


「ナギさん、慣れた感じですね」

「そう? そんなこと言われたことないっすよ。まぁ普通よりかは慣れてるかもしれないっすけど」

「どこかで習ったとかですか?」

「いやいや。エリミナーレ入ってから自然にできるようになった感じっす」


 話しながらも淡々と作業を進めていく。先ほどまでのようなドタバタ感は微塵もない。

 途中エリナは何度か顔をしかめていた。


 私は自分がエリナを心配していることに今さら気づく。散々嫌みを言われてきたのだから、ほんの少しぐらい「ざまぁみろ」と思っても良さそうなものだ。しかし、そのような感情はまったくなかった。むしろ今までより心の距離が縮まったように感じるほどだ。


「エリナさん……大丈夫そうですか?」


 そのせいか、優しい言葉が自然と出ていた。


「貴女に心配されるような怪我じゃないわ」


 言葉こそ素っ気ないが、声色はいつもより柔らかい。


「でも痛そうです。きっと私だったら泣いてると思います」

「そうね。泣いて済むならまだ軽傷の範囲内よ」

「軽傷……じゃあ重傷なんて想像するのも怖いですね」


 そんな細やかでどうでもいいような会話をしていると、ふと、彼女の横に置いてある黒い鞭が視界に入る。茜の首に巻きつけていた鞭だ。

 この時代に鞭なんてどこで入手したのだろう。ネット通販でならあることはあるだろうが、それでもここまで本格的なものはないと思うのだが。


 色々と考えながらじっと見つめていると、エリナが声をかけてくる。


「これが気になるの?」

「すみません、つい……」

「謝る意味が分からないわ。沙羅はこういうのが好き?今日なら特別に触らせてあげてもいいのよ?」


 彼女は黒い鞭を手に取り、こちらへ差し出す。


「興味があるなら触っていいわ」

「そんな。結構です」

「何よ、つまらないわね。鞭を持った沙羅なんて、違和感ありすぎて面白そうだと思ったのに」


 結局彼女の暇潰しに使われているだけなのかもしれない——だが、それはそれで悪い気はしない。


「嫌なら別に構わないわ、無理を言う気はないもの。……ただ、一つだけ教えておいてあげるわ」


 エリナの茶色い瞳が真っ直ぐにこちらを見据える。彼女の瞳は吸い込まれそうな色をしていた。


「世の中には、一度逃すと二度と手に入らなくなるものもあるのよ」

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