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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
襲撃編
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43話 「それは私が変わるため」

 床に押さえつけられ、喉元には刃をあてがわれるという、極めて危険な体勢のまま、ただ時が流れていく。このままではレイらも紫苑に手を出せない。私のせいで。

 この状況を打破するには、私が紫苑から逃れるしかない。覚悟を決めて仕掛ける——これが私に与えられた唯一の選択肢だ。


「まずはその銀の棒を置いてもらおうかな」


 紫苑はレイに冷ややかな視線を向けて命じる。「何を……!」と食ってかかりかけたレイを、武田は淡々とした態度で落ち着かせる。レイは不満げな顔をしながらも、仕方なく銀の棒を床に置いた。


「これで満足?」

「そうだね、お姉さんはそれでいいよ」


 紫苑は視線をレイから武田へ移す。


「でもそっちの怪物はそれじゃ駄目だね。動けなくなってもらわないと」

「断る」


 武田は即座に拒否する。信じられないくらいの素早い返しだった。


「人を勝手に怪物よばわりするような者の指示には従わない」


 どうもそこを気にしているらしい。


 分かっていないような顔をしながら実は結構気にしていたりするところは可愛げがある。本当は繊細なのかも、となんとなく思った。


「そんなこと言っていいのかな」


 紫苑がナイフを持つ手に力を加えたのを感じる。視界の端の刃が威嚇するようにギラリと光った。

 今まで何度も危険な目に遭ってはきたが、今回の状況は危ない気がする。というのも、今の紫苑は必死なので何をするか分からないからだ。私の命は彼女に握られているといっても過言ではない。


「……沙羅を離せ」

「お断りだよ。そもそもそちらには命令する権限がないことを、忘れないようにね」

「こちらは既に一度従った。次はそちらが従う番だ」


 武田と紫苑は真っ向から対立し、火花を散らしながら睨みあっている。両者が自身の意見を貫きほんの僅かも妥協しないため、対立は永遠に続きそうだ。やはり二人はなんとなく似ている気がする。


「ふぅん、そんなことを言うんだ。なら見せしめに天月沙羅を消すとするよ」


「片割れが死んでもいいのか」


 その言葉に紫苑の眉がピクッと動く。


 紫苑の表情を動かせるのは、彼女が誰より大切に思っている茜のことだけだ。


 逃れるなら今がチャンスかもしれない。

 今、紫苑の意識は完全に武田の方へ向いている。抵抗しないと思っているのもあってか、私はほぼ意識外だ。私の体を床に押さえつける力も若干緩んでいる。


「茜はぼくが護る。絶対に死なせたりしない」

「あちらにはエリナさんがいる。その茜とやらに勝ち目はないと思うが」

「嘘だね! ぼくが寝込みを襲った時、あの女はまともに抵抗できていなかった。その程度の女に茜が負けるわけ……ぐっ!」


 私は横たわった姿勢のまま、片足を勢いよく振り上げる。蹴りが紫苑の脇腹に命中したのは、つま先の感覚ですぐに分かった。金属光沢のある刃が喉元から離れた隙に紫苑の下から抜け出す。


「させるか!」


 慌てて再び捕らえようとする紫苑。

 つい先ほどまでの人形のように無表情な顔とは正反対の、とても人間らしい動揺した表情だった。大きく見開かれた目には驚きと焦りの混じったような色が浮かんでいる。


 すぐに上衣の裾を掴まれる。このまま引き寄せられれば、また床に押し倒されるかもしれない。もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。


 これ以上レイたちに迷惑をかけないためにも——いや、そうじゃない。


 私が変わるため!


「離して!」


 肘を曲げ、腕を肩から後ろへ振る。

 ほんの少しでも怯ませればそれでいい。服の裾を掴む紫苑の手が一瞬離れてくれれば逃れられる。あわよくば倒そうだとか、そんな大袈裟なことは考えない。あくまで保身のため——そのつもりだったのだが。


 私の肩肘は紫苑の顔面に激突した。


 上衣の裾を掴む紫苑の手から力が抜ける。それどころか、彼女の全身から力が抜けていた。

 何がどうなったのか理解できぬまま、私は全力でその場を離れる。その時は「紫苑から逃れる」ということしか考えられなかった。それが最優先事項だったのだ。


 半ば転がるようにして、なんとか無事武田のところまでたどり着く。


「すみません。私、また迷惑を……」

「謝罪など必要ない。上出来だ」

「でも……」

「上出来だと言ったはずだ。何度も言わせないでもらいたい」


 武田はどことなく気恥ずかしそうにしていた。日頃は堂々としている質なだけに不思議な感じがする。


 それから視線を横へやると、爽やかな笑顔のレイが、明るい調子で「後は任せて」と声をかけてくれた。胸の奥がほんのり温かくなったように感じる。

 その時になって初めて、これで良かったのだと思えた。私の選択は間違いではなかったのだ、と。


「肘鉄を顔面に食らわせるとは驚いた。沙羅は瓶がなくとも強かったのだな」


 レイが紫苑の後始末をしている間に武田が話しかけてくる。このような状況下で彼から話しかけてくるとは意外だ。


 それにしても、まだ瓶のイメージなのか……。

 一度深く刻み込まれたイメージは、なかなか変わらないものなのかもしれない。


「瓶があってもなくても、私は弱いです。武田さんやレイさんみたいに戦えませんし」

「本気を出した沙羅には敵う気がしないがな」


 私が抵抗する時はいつも衝動的だ。そして、運良く奇跡的な力が出せるというパターンが多い。火事場の馬鹿力に近い感じだろうか。


「面白い冗談ですね」

「冗談? いや、本気なのだが」

「それは完全に冗談に聞こえますよ」


 まだすべてが終わったわけではない。茜は残っているし、リビングのエリナやナギが傷ついていないか気になる。

 エリナはそもそも足首を怪我していたし、ナギは他のメンバーに比べてあまり強くない。さすがに一対二で負けることはないだろうが、気掛かりでないと言えば嘘になる。


 だが、ほんの一、二分くらいはほっとしても良いのかなと、そう思ったりした。

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