41話 「動き出す」
その夜、私は突然の凄まじい爆音によって目を覚ました。
床が揺れたので最初は地震かと思った。しかしそれ以降は揺れなかったので、どうやら地震ではないな、と判断する。また、揺れる前の音も、地震というより爆発と受け取る方が相応しい。
最初私は一人で確認しに行こうと思ったが。だがもし敵の襲撃だったりしたら危険だ。なので取り敢えず横で寝ているレイを起こす。
「……え、沙羅ちゃん? こんな真夜中にどうしたの?」
レイは寝惚け眼をこすりながら言った。あの大きな爆音で目を覚まさないとは、よほど深く眠っていたようだ。
「さっき爆発みたいな音が」
「え!?」
レイの目が大きく開かれる。驚きで眠気が吹き飛んだのか、一気に目が覚めたような表情になった。
「何だろう、よく分からないね。とにかく様子を見てくるよ」
「あの、私も行きます!」
「沙羅ちゃんは止めておいた方がいいと思うけど……」
止められるのも当然だ。
私が出ると余計にややこしいことに発展する可能性が高い。みんなの仕事を増やしてしまうことは目に見えている。
大人しくしているのがみんなのため。出ていかないことが一番みんなのためになる。
でもそれは、私がエリミナーレにいる必要はないということで——そんなに切ないことはない。
「一緒に行かせて下さい。私はもう、エリミナーレのお荷物ではいたくないんです」
どうしていきなりこんなことを言ったのか、自分でもよく分からない部分が大きい。私が出たところで何も変えられはしない。それどころか周囲に迷惑をかけるばかり。
ただ、なぜか、今なら変われる気がした。
具体的な根拠はない。本当に変われるという保証もない。寝起きでテンションがおかしいだけの可能性もある。
「沙羅ちゃんは今のままでもお荷物なんかじゃないよ。だから無理することは……」
「お願いします!」
それでも私は、この機会を逃したくないと思った。
レイの瞳を真っ直ぐに見つめる。決して視線を逸らしてはならない。
数秒間があり、やがてレイは少し呆れたように頬を緩める。
「沙羅ちゃんは言い出したら聞かないし、仕方ないね」
やれやれ、といった声色だ。
私の自分勝手な要求を受け入れてくれたレイは、とても心の広い人だと思う。
足を引っ張ることは許されない——。
私は自身に強く言い聞かせ、レイと共に部屋を出た。
部屋出ると、廊下には既に武田とナギがいた。武田は落ち着いた表情だが、ナギは青くなっている。
「レイ、ちょうど良かった。起こそうと思っていたところだ。モルは?」
「まだ寝てるよ」
「そうか」
「起こしてこよっか?」
「いや、問題ない。モルは戦闘要員ではないからな」
武田は極めて落ち着いた調子でレイと会話する。二人の会話は必要最低限の言葉だけであっさりと終わった。
「何があったんですか?」
勇気を出して尋ねてみると、ナギが答えてくれる。
「エリナさんの自室で爆発があったみたいなんすよ。多分茜が紫苑を助けに来たんだと思うっすけど」
エリナの自室の方へ視線を移す。扉の隙間から灰色の煙が漏れ出てきているのが見えた。
辺りにエリナの姿はない。ということは、まだ室内にいるのだろう。茜らと戦っているか、あるいは爆発に巻き込まれて動けないか。いずれにしても心配だ。
エリミナーレのリーダーである彼女がやられるのはまずい。
「ナギ、紫苑はちゃんと確保しているの?」
「エリナさんの部屋にいたはずなんすけどね……見当たらないっす」
「じゃあ、もしかしたらもう逃げたかもってこと!?」
ナギは降参というように両手を上げ、「分からないんすよ」と何度も繰り返す。恐らく怒られる気がしたのだろう。レイはナギに対してだけはとても厳しいので、怒られるような気がするのも分からないことはないが。
「いや。それはないだろう」
武田は低い声で言い、一呼吸空けて続ける。
「まだ気配がする」
直後、背後で空気が動くのを感じた。素人の私にも分かるような空気の揺れ。
素早く反応した武田は振り返る。
つられて振り返った私の視界に、ぼけた写真のような人影が入る。私の目には顔をはっきりと捉えることはできない。だが、恐らく紫苑だろうということはなんとなく予想がついた。
繰り出された蹴りを即座に片腕で防ぐ武田。
「……やはりな」
地面に着地したのは、やはり紫苑だった。
クリーム色のベリーショートヘア、華奢で小さな体。紫の瞳から放たれる鋭い視線は健在で、腕の拘束は解かれている。
「とすると、さきほどの爆発は茜か」
紫苑は一言も答えない。彼女は沈黙を貫く気のようだ。
しかしその数秒後、後ろから甘ったるい声が聞こえてきた。
「そうだよぉ」
後ろに立っていたのは紫苑と瓜二つの茜。その真っ赤な瞳を見れば、すぐに紫苑と識別できた。
茜の子どものような顔には、不気味さを感じるくらい純粋な笑みが浮かんでいる。彼女が茜でなければ、笑顔が素敵な可愛い少女だと好感を持ったに違いない。それほどに曇りのない笑みである。
「まずは紫苑を返してもらうねぇ」
余裕のある表情でそう告げる茜に対し、銀の棒を取り出したレイは鋭く叫ぶ。
「一体どこから入ったの!」
すると茜は、「そんなことも分からないのぉ?」とでも言いたげな顔になる。レイを愚かだとバカにしているようにも見える顔つきだ。
「簡単なことだよっ! わたしの爆薬で窓を破壊して中へ入ったんだ。あのリーダーみたいなおばさん、想像してたよりたいしたことなかったなぁ!」
その発言によって、空気が一気に凍りつく。
リーダーみたいなおばさん、というのは恐らくエリナのことだ。茜の話を聞くに、やはりエリナはやられたのか——いや、気の強い彼女がそう容易くやられるわけがない。
私はエリナが戦う場面を見たことはない。だが、武田を従えているくらいだからそれなりに強いはずだ。
「そもそも気配に気づくのが遅いし、しかも足下ががら空きなんだよねぇ。やっぱり加齢のせ——」
「よくもボロクソ言ってくれたわね」
饒舌な茜の言葉を、大人の女性らしい声が遮る。声の主は、部屋から出てきたエリナ本人だった。
「「エリナさん!」」
彼女の名前をほぼ同時に叫んだのはレイとナギ。息がぴったりである。
「……まだ動けるとはねぇ」
エリナの姿を目にした茜は、不愉快そうに顔を歪める。茜らしからぬ表情だ。
よく見ると、エリナの右足首は赤く濡れていた。茜らにやられたのだろう。一応歩けてはいるものの、非常に歩きにくそうである。
怪我を心配してか、ナギがすぐにエリナに駆け寄る。
「残念。相手が悪かったわね」
口元にうっすらと笑みを浮かべ、強気に言い放つエリナ。ナギが手を貸そうとしたが、彼女はそれを断る。
「エリミナーレのリーダーたる私をこの程度で止められると? 随分甘いお嬢ちゃんね」
今までエリナをこれほど頼もしいと思ったことはない。
嫌みを言う、不機嫌になる、武田絡みでは妙に競ってくる。私の中でのエリナ像は、どちらかといえば『面倒臭い上司』だった。
しかし不思議なことに、今は彼女が『頼もしい上司』に思える。
「舐めた真似をしたこと、後悔させてあげるわ。覚悟なさい」