39話 「いつまでも」
肉、野菜、海老団子に葛切り。定番から少し変わった物まで、色々と追加注文した。
モルテリアが勝手に海老団子十人前を注文したせいで、一時は海老団子鍋のようになってしまった。だが彼女は食べるのも早い。一旦鍋全体を埋め尽くした海老団子は、モルテリアが一人で、あっという間に平らげてしまった。既にたくさん食べていたにも関わらず、だ。
最初に武田から配布された肉を食べ終えた後、私は葛切りばかり食べた。というのも、葛切りが尋常でない美味しさだったのだ。
吸い込む時の滑らかさ、弾力のある歯触り。あっさりした外観とは対照的に、味はしっかり染み込んでいる。エリミナーレの面々にはあまり人気がない感じだが、私に言わせればとても美味しい。
「沙羅ちゃんさっきから葛切りばっかり食べてるね。気に入ったの?」
レイが話を振ってくれる。
「はい。これ美味しいですよ」
「味薄くない? ソースとかかける?」
テーブルの端にひっそり置かれた、恐らく焼き肉用と思われるたれの小瓶を、レイは私に渡そうとした。せっかくバランスの良い甘辛さに仕上がっている葛切りに、焼き肉のたれをかけるとは、恐ろしすぎることだ。
「いえ! 大丈夫です!」
あまりに恐ろしく、つい大きな声を出してしまった。
周囲の人たちの視線が私へ集まる。大勢にじっと見つめられるというのは恥ずかしい。私は苦笑いと軽い会釈でごまかす。
「……沙羅」
唐突に口を開いたのはモルテリア。彼女の片側の瞳が、静かにこちらを見つめている。
いきなり何だろう。
「海老団子……食べる?」
どうやらモルテリアは、海老団子を一つ残していたらしい。
「そんな、いいですよ」
遠慮してそう返すと、彼女は悲しそうな顔になる。
「……いらないの? 我慢したのに……」
捨てられることになった子犬のような顔をされると、なんだか妙に罪悪感を感じてしまう。断ると悪い気がしてくる。
「あ、じゃあいただきます」
そう答えた瞬間、モルテリアの表情が晴れる。
「あげる……!」
もはや葛切りしか入っていない私の茶碗へ、モルテリアは海老団子を入れてくれた。すき焼きに海老団子というのはやや違和感がある気もするが、案外美味しそうな見た目だ。これはいけるかもしれない、と思わせてくれる。
「海老団子をあげるなんて、モル、沙羅のこと随分気に入っているのね」
「……うん。沙羅は好き……」
エリナの発言に対し子どものように頷くモルテリアは可愛らしい。
片目を隠す長い前髪、視線の定まらないぼんやりした瞳。それに加え、とても無口。漂わせている雰囲気はミステリアスで近寄りがたい。
そんなモルテリアだが、実は可愛らしい少女だということを、私は知っている。
「良かったわね、モル。友達が増えるのは素敵なことだわ」
「……うん」
「沙羅のどこを気に入っているのかしら。ぜひ聞いてみたいわ」
エリナは興味深そうな表情でモルテリアに問う。モルテリアはあまり人を好まない質なのかもしれないな、と薄々思った。
「……優しいところ」
率直に言われると恥ずかしい。優しいところ、だなんて。
そもそも私は優しい人間ではない。子どもじみていて、情けない人間である。もう一度武田に会いたい、などという邪な動機でエリミナーレを志望したような人間だ、優しい人なはずがない。
しかし、モルテリアの純粋な瞳に見つめられながら「優しい」と言われると、まるで本当に優しいかのように錯覚してしまう。
「なるほど、それはある」
それまで黙って鍋の中を動かしていた武田が急に口を挟んできた。
「沙羅は優しい。真っ当な意見だな」
モルテリアはネギを麺のように吸い込みながら応じる。
「……武田が分かってくれるの珍しい。いつも反対言うから……」
「単に嘘をつけない質なだけだ」
「だけだ、って……なんとなく武田みたい……」
「急に話題を変えるな、ややこしい」
モルテリアは音のことを言っているのだろう。唐突すぎて暫しついていけなかったが、言われてみれば似ている気もする。
そういえば、私の沙羅という名前も、「更に」やら「サラッと」やら似た音の言葉が多く、すぐにダジャレのようになってしまう。ふと、そんなどうでもいいことを考えた。
それだけ穏やかな心理状態だったということだろう。
「ところで沙羅、今日はよく食べられたか?」
武田はモルテリアとの話を終え、私に尋ねてくる。
「はい。葛切りをたくさんいただきました」
「肉が少し足りなかっただろうか。まだ今からでも追加することはできるが……どうする?」
妙に気を遣ってくれる。
気配りのできる男というのはこういうことか。
「あ、いえ。もう大丈夫です。それよりも、武田さんはあまり食べてられませんよね。大丈夫なんですか?」
彼はほとんど鍋の世話をしてくれていた。だから、彼が食べているところはほぼ見ていない。
「あぁ、それは問題ない。私は皆が楽しくしているところを見ているのが好きだ」
「結構良い人ですね。なんだか意外です」
「意外なのか……」
彼と隣で話せるなんて夢みたいだ。すき焼き屋という環境のおかげか、今日は自然に言葉が出てくる。
内容はたいしたものではない。しかし、そこがまた良い。どうでもいいことを話せるような関係に憧れていたからだ。
私は内心「いつまでもこんな風に話せたらいいな」と思うのだった。