3話 「ミステリアスな少女」
意識が戻った時、視界に入ったのは白い天井だった。白い天井と言っても、病室のような艶のある天井ではなく、ざらつきのある壁紙が貼ってあるような天井だ。普通の住宅の一室という感じである。
意識が戻っても体はまだ重く動かしにくい。そこで視線だけを動かして辺りの様子を確かめてみる。
すると、緑みを帯びたショートカットの少女が見えた。半分の前髪が長く、片目に覆い被さっている。個性的な髪型だ。
「……起きた?」
彼女は口を小さく動かして尋ねてくる。顔からも声からも表情は感じ取れない。感じるのはミステリアスな雰囲気だけである。黒いスーツの中に着ているブラウスが薄緑なところを見ると、恐らく彼女は緑が好きなのだろう。もっとも、この場面で必要な情報ではないが。それよりも今の状況を理解しなくてはならない。
私は少ししてから、上半身をゆっくり起こす。
すると緑みを帯びたショートカットの彼女が、もう一度「起きた?」と尋ねてくる。今度は「はい」と答えることができた。
すると彼女は微かに穏やかな微笑みを浮かべる。ミステリアスな雰囲気でありながら、微笑むと純粋な可愛らしさが漂う。
なんというか、意外だ。
「……レイを呼んでくる」
そう言うとまた無表情に戻る。やはりなかなか掴めない少女だ。レイを知っているということは、彼女もエリミナーレのメンバーなのだろう。
しばらくすると彼女はレイを連れてきた。
「沙羅ちゃん、起きれた? 良かった良かった!」
凛々しさのある顔とそれに似合わない晴れやかな笑み。サラリと揺れる青い髪は変わらずきっちりと結われている。
レイはすぐに駆け寄ってきて背中をさすってくれる。
「もう気分悪くない? 平気?」
「はい。ただの貧血なので大丈夫です。ところで、ここは?」
改めて辺りを見回してみるが見慣れない部屋だった。
ベッドと勉強机のようなタイプの机と椅子。それと、シンプルなデザインのタンスがある。床にはいくつかクッションが放置されている。しかし、それ以外に物はあまりなく、散らばったクッションを除けば整理整頓された部屋だ。
もちろん私の自室ではないし、それどころか初めて見る部屋である。
「あぁ、ここはあたしとこの子の部屋だよ。エリミナーレの事務所の中なんだ」
なるほど。貧血で倒れた私はエリミナーレの事務所へ運び込まれたのか。いきなり迷惑をかけてしまったな……。
レイは緑みを帯びたショートカットの少女を紹介するように手で指し示す。指差さないあたり、何気に品が良い。
「モル。ほら、自己紹介して!」
「……自己紹介?」
「そうそう。初対面の人には自己紹介するものなんだよ」
モルと呼ばれた少女は子どものようにコクリと頷く。
ミステリアスな雰囲気で、しかも無口。あまり他人を寄せ付けない人という印象を勝手に抱いてしまっていたが、もしかしたら本当はそうでもないのかもしれない。そんな風に思った。
ただ単に口数が少ないというだけのことなのだろう。
「……モルテリア。好きなものは美味しいもの。よろしく」
随分あっさりした自己紹介だった。
名前はともかく、好きなものなんて今は関係ないような気がする。クラス替え直後の小学生がする自己紹介じゃあるまいし。
だが、これが彼女なりの自己紹介なのだろう。それを敢えて否定する気もない。
「外人さんですか?」
私の問いに対し、彼女は小さく頷く。やはり子どものようで可愛らしい。
なんだか仲良くなれるような気がしてきたので、明るい調子で尋ねてみる。
「へぇ! どこの国なんですか?」
すると、モルことモルテリアは、黙り込んで首を傾げる。
質問の意味が分からないのか、あるいは、質問の答えが分からないのか。どちらなのか分からないが、とにかく答えられない状態であることは理解した。
そこへレイが口を挟む。
「まぁ、今はそんなことは置いといて」
もしかしたら私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。レイはハッキリそうは言わなかったが、明らかに不自然な感じだった。
だが今はこれ以上突っ込まないことにしよう。初対面の相手について詮索するのはあまり良くない。
「エリミナーレのリーダーが沙羅ちゃんと話したいって言ってるから、体調が大丈夫そうなら一度会ってみてほしいな」
「今からですか?」
「そうだよ。もう少し寝てからでもいいけど……どうする?」
レイはいつでも選択の余地を与えてくれるところが好きだ。すぐに緊張してしまう私にとっては非常にありがたいことである。彼女と一緒にいると、心臓にかかる負担を減らせるような気がする。
だが、彼女の優しさに甘えてばかりではいけない。そう自分に言い聞かせる。
「体調はもう大丈夫です。今から行きます」
「よっし! じゃあ行こうか。あたしが案内するよ」
私は元気よく「はい!」と答える。
レイの明るさには最早何度も救われている。実に不思議なことだが、彼女といるとこちらまで元気になってくるのだ。
緊張はする、不安にはなる。レイは、そんな私にうってつけの人である。
こうして、私はレイに案内してもらうことにした。
まずはベッドを出て、新品のスーツを整える。しわがついていないか少し心配だったが案外大丈夫だった。ひとまず安心する。
部屋を出て、廊下を歩く。少し狭めで床はフローリング。どうやらマンションのようである。
「この先にリーダーがいるよ」
レイは軽くノックし、それから扉を開ける。
扉の向こう側には、予想を越える広い部屋があった。一面は完全なガラス張りで、全体的におしゃれな感じ。普通のマンションとは思えない。オフィスのような爽やかな空気が漂っている。
私は恐々部屋へ足を進めた。
するとそこには、一人の美女が座っていた。
「貴女が天月沙羅ね。初めまして。私は京極エリナ」
桜色をした柔らかな長い髪、大人の女性と呼ぶに相応しい色気のある顔つき。そしてその顔に浮かぶ余裕を感じさせる笑み。それに加え、時折赤くも見える茶色の瞳も印象的だった。
初めてレイを目にした時にも思ったことだが、目の前の座っている女性・京極エリナは、明らかに普通ではない。何か特別な能力でも持っているのではと思うような雰囲気だ。
「新日本警察エリミナーレのリーダーよ」