表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
茜&紫苑編
37/161

36話 「つまらない悩み」

 話が終わると、すぐ解散になった。

 紫苑はナギらが暮らす男性部屋へ連れていかれる。その理由は、単に、ナギが見張りの役目となったからだ。


 外見性格ともにボーイッシュだとはいえ、女の子である紫苑を男性部屋へ連れていくとは、少しおかしな話だ。しかし既に諦め顔の紫苑は何も言わない。ナギと武田しかいないので間違いは起こらないだろうが、それでも、男性部屋に女の子を入れるというのは「大丈夫なの?」と思ってしまう。


 一日中男性部屋にいるのは、さすがの紫苑も嫌に違いない。もっとも、彼女は意見を言えるような立場ではないのだが。



 それから私は、レイの仕事を手伝うことにした。

 仕事内容は彼女の机に山のように積まれている書類の整理。なんでもモルテリアの分も含まれているとか。どうりで量が多いはずだ。


「ごめんね、沙羅ちゃん。関係ないのに手伝ってもらっちゃって」

「いえいえ」


 仕事の範囲は幅広く、自由さが特徴のエリミナーレにも、事務仕事はあるらしい。


「沙羅ちゃんはこういう作業得意なんだね、凄く助かるよ。あたしもこういうのあまり得意じゃないから」


 大量の紙を必要なものと不必要なものに分別したり、書類の文章に明らかなミスがないかチェックしたり、単純作業の繰り返し。この程度の仕事なら私にも容易くできる。

 レイと協力しつつ作業を続けていると、ほんの一時間くらいで終了した。


「やったー!」

「終わりましたね」


 仕事が片付くと妙に嬉しくて、レイと手を合わせる。


「ありがとう! 沙羅ちゃん、作業は凄いんだね。驚いたよ!」


 作業は、と言われると複雑な気分だ。作業以外は駄目と言われている気がしてくる。彼女に悪気はないだろうし、単に私が悪く受け取りすぎなだけだろう。しかし、どうもすっきりした気分にはなれない。

 そんな私の心理を読み取ったのか、レイは慌てて言う。


「あ。ご、ごめんっ。変な意味じゃないよ! 作業以外は駄目とか、そういうことを言ってるわけじゃないから!」


 フォローになっていない。

 だが悪いのはレイではなく、どうしようもない私。だから私には傷つく権利はない。


「いえ、気にしないで下さい。私が作業以外駄目なのは事実ですから」


 ちょっとした発言なのにこれほど胸に突き刺さるのは、彼女の言葉が事実だからだろう。本当のことだからこそ痛いのだ。


 ——私も才能が欲しかった。


 贅沢すぎると叱られそうだが、心の底からそう強く思った。


 武田やレイのように圧倒的な身体能力を持っていれば。あるいはモルテリアのような料理の腕があれば。何か一つだけでも他者に負けることのない取り柄があれば、もっともっと役に立てるのに。


 エリミナーレのメンバーは、誰もが抜きん出た才能や特技を持っている。欠落している部分が一切ないかといえばそうではないが、お互いに弱点を補いあって上手く活動している。しかし私だけは何もなく、完全にお荷物だ。


 そんな風に考えれば考えるほど落ち込んでしまう。


「沙羅ちゃん、そんな顔しないで」

「……レイさん」


 レイは私の顔を覗き込み、首を傾げる。


「何か悩んでる?」


 やはり彼女は私を気にかけてくれる。温かく接してもらえることはとても嬉しいことだ。

 だが、その優しさに甘えて、つまらない弱音を吐いていいものかどうか。彼女を巻き込むというのは気が進まない。


「あたしで良ければ付き合うよ? 話すだけでも楽になるかもしれないから」


 レイは私の手を握る。彼女の凛々しい瞳にじっと見つめられると、「すべて話して楽になりたい」と思ってしまう。

 今ここで思いを打ち明ければ、この胸の暗雲は消えてくれるのだろうか。


「……つまらないことでもいいですか?」


 躊躇いつつも言ってみる。すると、レイは凛々しい顔に爽やかな笑みを浮かべ、「もちろん!」と返してくれた。

 だから私は、心のうちを思いきって言うことにした。


「私、やっぱりエリミナーレに向いていない気がするんです」


 レイは戸惑ったようにまばたきを繰り返す。すぐに意味が分からなかったのか、キョトンとした顔になっている。


「どうしてそう思うの?」

「……私は迷惑ばかりかけてしまいます。まともに戦えないし、事件にはやたらと巻き込まれるし」

「そんなことないよ。沙羅ちゃんが入ってから、エリミナーレは良い方向に変わりつつあると思うよ?」


 優しい言葉をかけられればかけられるほど複雑な心境になる。素直に「そうなんだ」とは、どうしても思えなかった。


「武田さんにも怪我させてしまって、何と言えばいいか……」


「武田が沙羅ちゃんを庇うのは当たり前のことだよ」


「……でも」


 私は言葉を途切れさせてしまう。その先は言えなかった。私の心を表すに相応しい言葉を見つけられなかったのだ。

 そんな情けない私を、レイはそっと抱き締めてくれる。


「沙羅ちゃんは心配しすぎだね。そんなに重く考えることはないよ」


 私は何とも言えない気分になる。嬉しさと悔しさが混じりあったような気持ちだ。



 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。レイはその音にすぐ気づき「はーい」と応じる。すると扉が開いた。

 入ってきたのは武田だ。


「すき焼き屋の予約ができたことを知らせに来た」


 武田は相変わらず淡々とした口調で話す。


「そっか。わざわざありがと」


 レイは私を見てニコッと笑う。


「沙羅ちゃん、良かったね!」

「……はい」


 私は明るく返せなかった。一言返すのが関の山である。


「武田もすき焼きは久々?」

「あぁ。その通り」

「沙羅ちゃんの提案のおかげですき焼きを食べられる。嬉しいね!」

「良い関係を築けるのは、望ましいことだ」


 武田は私の方へ視線を移し、一呼吸おいて続ける。


「実に明日が待ち遠しい」


 なんだか彼らしくない言葉だけれど、言ってもらえてとても嬉しい気持ちになった。今の一言で直前までの暗い気持ちが半分は消えたような気がする。


「はい。私もです」


 私は小さくそう返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ