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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
茜&紫苑編
35/161

34話 「反抗と険悪」

 緊張しながらリビングへ入る。エリナと話す直前のこの緊張は、いまだに軽くならない。エリミナーレに入ってしばらく経つ。本来なら徐々に慣れてくるはずなのだが……おかしい。


 いつもの席に座っているエリナは、口元に余裕のある笑みを湛えていた。


「見回りお疲れ様。相変わらず大変だったわね」


 昨夜のことを引きずっている様子はない。エリナも一応大人ということか。正直、意外だ。


「首の傷、ちゃんと手当てしておいた方が良いわよ。女の子なんだから。痕が残ったら嫌でしょ」


 ただの気紛れか、あるいは私の深読みしすぎかもしれない。だが、エリナは私を心配してくれている。そんな気がする。


 今まではエリナに何か言ってもらえても素直に受け取れなかった。しかし今は、彼女の言葉を純粋に受け取ることができた。なぜかは分からない。考えられる理由があるとすれば、私の心の奥でなんらかの変化が起きた、ということだろうか。

 私は笑顔で「お気遣いありがとうございます」と返すことができた。私としては大きな変化だ。


「ねぇ、沙羅」


 エリナが続けて口を動かす。


「貴女……どうして武田の上着を羽織っているの?」


 し、しまった!


 一気に血の気が引いていくのを感じる。

 武田に借りたスーツの上着を羽織ったままエリナの前へ出るとは迂闊だった。そういうことに鋭い彼女が気づかないはずがない。


 どうしよう、どう答えれば……。


 焦りの波が押し寄せてくる、ちょうどその時だった。


「エリナさん。上着を渡したのは私です」


 ソファに腰かけている武田が、紫苑の両手をくくりながら、サラリと言ってくれた。彼にしては珍しく、良いタイミングだ。


「あら、そうなの?」

「はい。沙羅が寒いと言うので貸しました」

「……そう」


 エリナはどこか気に食わないような表情で適当に返事する。私と武田の話など聞きたくない、といったところか。

 しかし、当の武田は、エリナの表情の変化には気づいていないようだった。

 人の心という分野において、彼はかなり疎い。今のやり取りを見るだけでも、それを改めて確認することができた。


「防寒のためだけに上着を貸す。そして貴方は怪我をした。そういうことなのね」


 エリナは腕組みをして、呆れたように大きな溜め息を漏らす。


「戦う時は脱ぐなって前に言ったじゃない。そんな細いナイフ、上着があれば何の問題もなく防げたはずよ」

「ですが、沙羅が寒いと」

「沙羅はエリミナーレのメンバーなのよ? いつまでも甘やかさないで」


 怪しい雲行きになってきた。

 エリナはみるみる機嫌が悪くなり、対する武田は眉をひそめる。武田がエリナの前で不快の色を見せるのはとても珍しい。


 徐々に私が入れる空気ではなくなってくる。先ほどレイとナギが揉めていた時と同じような、険悪なムードだ。今日はなぜかやたらと険悪になる日である。しかもその元凶が私なのだから、実に複雑な気分だ。


「メンバーだから、というのは放っておく理由にはなりません。メンバーであってもなくても負傷者は負傷者です」


 武田が珍しく反抗的な目つきで言ったものだから、エリナは驚いたようだった。いつも指示に従う忠実な男が反抗的な態度をとったのだから、エリナが驚くのも当然といえば当然の反応かもしれない。


「それに、彼女には借りがありますから」


 両手をくくった紫苑をソファに座らせて見張りつつ、武田は落ち着いた声色で言い放った。


「……随分味方するじゃない」

「間違いありません。沙羅は味方ですから」


 エリナは機嫌悪そうに口を尖らせ、「それは結構」と嫌みを漏らす。そして彼女は私に視線を戻す。


「いつの間にか随分仲良くなったようね」


 にっこり微笑まれゾッとした。形だけの笑みであることがまるばれの作り笑顔である。エリナの笑みには裏がありそうでいつも怖いが、今の笑みは特に恐ろしいものだと感じる。


 しかし、ここでエリナの不機嫌さに巻き込まれて縮こまっていては、何の成長もない。雰囲気をガラッと変えられるような人間にならなければ、エリナのような人と関わるのは無理だ。

 だから私は、いつになく勇気を出して、こちらから話を切り出す。


「あの、一つ聞かせていただいても構いませんか?」


「構わないわ。何?」


 彼女の、時折赤く見える茶色い瞳が、私の目を凝視してくる。

 心の底まで見透かすような視線——私はこれがとても苦手だ。だが今日は負けない。せっかく一言切り出せたのだ、こんなくらいで畏縮してなるものか。そう言い聞かせ、自分を奮い立たせる。

 こんな風に言えば「大袈裟だ」と思われるかもしれないが、私にとってはそれほど大きなこと。ここを越えられるかが成長できるかできないかを分ける、と言っても過言ではない。


「エリナさんがお好きな食べ物は何ですか?」


「……え」


 さすがのエリナもキョトンとした顔をする。話にまったくついてこれていない様子。

 だが、それが私の狙いなのだ。

 微塵も関係のない話題をふることにより、彼女の感情をリセットする。これができるようになれば大きな進歩だ。今回はその実験。だから成功しても失敗しても構わない。


「す、好きな食べ物ですって? そうね……」


 そうすんなりいくとは最初から考えていないが、試みは意外にも成功しそうな感じだ。


「すき焼き、とかかしら」


 ……予想外なのが出た。


 プライドの高いエリナのことだから高級料理を挙げると踏んでいた。例えば、フレンチだとかステーキだとか。


 しかし彼女が好きなのはすき焼き。


 確かにすき焼きはいつの世も変わらぬ人気料理だが——彼女が言うから、かなり衝撃だった。

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