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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
茜&紫苑編
34/161

33話 「進展したとかしないとか」

 事務所へ入った瞬間、レイが勢いよく走ってきた。凛々しい顔の綺麗な瞳が、不安そうに揺れている。


「沙羅ちゃん! 大丈夫だった!?」


 レイは先頭の武田を無視して、私を強く抱き締める。

 途端に爽やかな香りに包まれた。恐らく柑橘系の香水だろう。濃いすぎず薄すぎず、ほどよい香りがふわりと漂う。体の温かさと良い香りがあいまって心地よい。


 まるで優しい姉のようだ。

 私には兄弟がいない。もちろん姉もいない。だからそんなことを思えるのかもしれない。本当に姉がいる人に言えば笑われるかもしれないが、レイは私が考える姉の理想像に最も近い人だった。


「心配したよ」

「ごめんなさい、レイさん」

「謝らないで。無事で本当に良かった」


 レイは今日も相変わらず優しかった。彼女の優しい言葉を聞くと、足を引っ張ってばかりだという罪悪感さえ忘れてしまいそうになるのだから、言葉とは不思議なものだ。

 そんなことを考えていると、レイが突然、ナギに向けて言い放つ。


「そうだ。ちょっとナギ! さすがに無責任すぎるんじゃない!?」


 既に事務所の奥へ入っていき始めていたナギは、厳しく言われたからか一歩後ずさる。顔には焦りの色が浮かぶ。それから「降参」とでも言うかのように両手を上げた。


「ご、ごめん! でも、でもね? レイちゃん、聞いて? あれは仕方ない状況だったんっすよ!」

「仕方なくない!!」


 レイはナギに対してかなり腹を立てているようだ。ナギはレイの怒りをなんとか静めようとするが、その行動が彼女を余計に怒らせている。完全に逆効果というやつである。

 もはや私が入っていける空気ではない。


「沙羅ちゃんが戦闘要員じゃないことは知ってるはずだよね? それなのに戦いに持ち込むとか、どうなってるの?」

「いや、でも、あれは仕方なかったっすよ。それに! 危険な犯罪者を見つけたら倒すのは俺らエリミナーレの仕事で……」

「それならせめて、沙羅ちゃんだけは逃がしてよっ!」


 レイはいつになく激しい怒りを露わにしていた。彼女はこれほど激しい人だったのか、と驚く。落ち着いて見えるだけに意外だ。


 激しく怒るレイの瞳にはうっすらと涙の粒が浮かんでいる。

 それだけ私の身を案じてくれてくれていたのだろう。非常に嬉しいことではあるが、それ以上に申し訳なさでいっぱいだ。


「で、でも! 沙羅ちゃんも一応エリミナーレのメンバーっすよ。経験は大切じゃないっすか」

「だからってわざわざ危険な目に遭わせることないよ! あたしがどれだけ心配したと思ってるの!」


 強くそう訴えられたナギは、さすがに気まずい顔になり視線を逸らす。女性に言われると弱いのかもしれない。

 それから少しして、彼は、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で「俺が悪かったっすよ」と言った。彼らしからぬ弱々しい声。言葉だけではない感じだった。


「電話はずっと無言だし、武田はすぐに行っちゃうし……本当に心配したんだから。ナギ、頼むからもう二度とこんなことしないでよ」


「分かったっす」


 ナギは素直に答えた。

 レイの感情の高ぶりは、その頃になってようやく収まってきたようだった。彼女は溜め息を漏らしながらも「分かればいいよ」と言う。


 これでひとまず解決か。


 レイは私の方を向くと、いつものような爽やかな笑みを浮かべる。


「ちょっといいかな?」


 私は一度頭を縦に動かす。するとレイは、私の耳元に口を近づけてくる。


「沙羅ちゃん、武田と何かあったの?」


 予想外のジャンルの話に戸惑いを隠せない。今このタイミングでそのような話題がくるとは考えていなかった。

 それにしても、レイは本当に私と武田に関する話が好きである。


「特に何もないですけど……どうしてですか?」


 昨夜話したことは話したが、レイに説明するほどたいしたことは話していない。昔のことを少々話した程度である。

 それより、レイがなぜそのようなことを尋ねてくるのかが気になるところだ。恐らく何か変化があったのだろう。


「何か変わったことでも?」


 気になるので一応聞いてみた。するとレイはひそひそ声で答えてくれる。


「沙羅ちゃんに何かあったかもって知るなり飛び出していったから、いつもの武田らしくないと思って。もしかしてちょっと進展した?」

「進展? そんなのありませんよ。というより、何の進展なんですか……」


 私と武田にはそもそも進展するものがない。私の気持ちは一方通行のものだし、彼は私をただの仲間としか思っていないのだから。それ以下になることはあっても、それ以上になることは今のところかなりの確率でありえない。


「何の進展ってそれは」

「レイ。エリナが沙羅を呼んでる……」


 一番大事なタイミングでモルテリアが口を挟んでくる。いつの間に現れただろう、まったく気づかなかった。饅頭を頬張っているにも関わらず気配がない。これだけ気配を消せるというのは、ある意味凄いと思う。


「あ、そうなの? じゃあ行く行く」

「うん……」


 こうして言葉を交わしている短い時間のうちに、モルテリアは饅頭を一つ食べ終わっていた。恐るべき早食いである。


 ところで、エリナは私に何を言うつもりなのだろうか。叱るつもりなのか、それともそうではないのか。

 いずれにしても、昨日のあんな別れ方をしているので、少し気が重い。


「それはほら……恋とか?」


 リビングへ歩き出す瞬間、レイはさきほど遮られた答えをそっと述べた。


 私は暫し固まるほかなかった。やはり彼女は私の抱いている気持ちにとっくに気がついていたのだ。


 思えば彼女は、前から、私の気持ちに気づいているとしか考え難い行動をしていた。

 私が三条にさらわれた時の帰り、車で私を助手席に座らせたのは彼女。もちろんそれだけではなく、会話の中でもそれらしいことを何度か言っていた記憶がある。


 私はそんなに分かりやすい人間なのか——。


 恋愛感情というものは、隠しているつもりでも隠せないものなのだと、私は改めて学んだ。

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