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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
茜&紫苑編
33/161

32話 「痛みを感じない」

 私とナギ、そこに紫苑を加え、武田の車に乗って事務所へと帰った。武田は車でここまで来ていたらしく、おかげで歩いて帰らずに済んだ。ありがたい。


 偶然か否か、私はまた助手席になった。ナギと拘束した紫苑は後部座席である。


 ふと隣の武田に目をやると、彼のワイシャツに赤いしみができていることに気がつく。そういえば彼は紫苑にナイフを刺されていた。その傷から出た血によるものだろう。

 もしかしたら武田はまた忘れているのかもしれない。私と彼が初めて出会ったあの時と同じように。


「武田さん、大丈夫なんですか? 刺された傷は……」


 すると彼はこちらを見て、パチパチとまばたきする。


「どうした?」


 聞き逃したようだ。顔つきを見ている感じ、やはり意識してなさそうである。

 こんな怪我をいかにして忘れるのか、という疑問はあるが、そこには敢えて触れないでおく。彼に尋ねたところで首を傾げられるだけだと予想がつくからだ。


「脇腹のところ、痛くないんですか? 手当てした方が……」

「あぁ、これか。この程度の深さならどうもない」


 いや、そうじゃなくて。

 危うく言ってしまうところだった。ギリギリ言葉を飲み込めたのでセーフ。


 それにしても、脇腹から血を滴らせている人が運転する車に乗っているこちらの気持ちも、少しは考慮していただきたいものだ。数分で事務所に着くとはいえ、いつ何がどうなるやら分からずハラハラである。

 後部座席に視線を移す。紫苑を見張っているナギは、なにやらそわそわしていた。落ち着かない様子だ。もしかしたら彼も私と同じ心境なのかもしれない。


 武田には色々と突っ込みたいことがあるが、そこは敢えて流し、別のことを尋ねてみる。


「武田さんはどうしてそんなに怪我に強いんですか?」


 すると彼はサラリと答える。


「私にもよく分からん」


 ……そんなことだろうと思った。

 彼がそういう人間だということを知らない私ではない。


「ただ、私は戦っている時、痛みを感じない」

「なんだか凄いですね」

「戦闘でない時は分かるのだが。なぜだろうか」


 武田は理由が本当に分からないらしく、首を傾げている。

 戦闘時だけということは、アドレナリンが出ているからだろうか。あるいは何か他の理由が?私も専門家ではないので詳しいことは分からない。


「武田さんの戦い方は異常っすよね!」


 後部座席のナギがいきなり会話に乱入してきた。


「異常?」


 私はつい漏らしてしまう。


「そうっす! まるで暴れる怪ぶ——」

「ナギ。私も傷つくことはある」


 武田がナギの発言を遮って言った。


「皆怪物だの化け物だの好き放題言うが、正真正銘人間だ。これは間違いない」


 散々な言われようを少し気にしているような素振りを見せる武田。

 あまり気にしない質のようで、実は彼なりに気にしているのかもしれない。彼の言葉を聞いているとそんな気がした。


「それは知ってます。武田さんはどこから見ても人間ですし」


 すると彼の表情が、雨上がりの空のようにパアッと晴れた。普通の感覚で考えるとあまり大きな変化ではない。しかし、彼にしては派手な表情の変化である。


「そう言ってくれた者は瑞穂さん以来だ」


 口角がほんの僅かに上がっている。穏やかな笑みが浮かんでいると、普段とはまた異なった印象だ。


「瑞穂さんはどんな人だったんですか?」


 私はさりげなく尋ねた。

 詮索していると思われたくないので、なるべくあっさりとした雰囲気を漂わせるよう心がける。それがお互いのためでもあるのだ。

 私の問いに対し、武田は特に躊躇うことなく返してくれる。


「瑞穂さんはとにかく優しい人だったな。未熟で情けなかった私をいつも気にかけてくれていた」

「良い人ですね」


 発した言葉に偽りはない。ただ、ほんの少し切ない気持ちになった。武田が今でも瑞穂を尊敬しているということが分かってしまったから。


 私に出る幕はないのかもしれない——ついそんな風に考えてしまう。しかし私はすぐに切り替えるよう努める。

 少し何かがあるとマイナス方向に考えてしまうのは私の悪い癖だ。これを改善しなければ、私は自分に自信を持つことができない。自分に自信を持てないような者を武田が好きになってくれる可能性は皆無に等しい。


 私は変わらなくては。



 そんなことを考えているうちに、車はエリミナーレの事務所へ着いた。歩けば十五分近くかかるが、車でなら十分もかからない。本当にあっという間だ。


 車を降りると、紫苑はナギから武田に引き渡される。

 多少は抵抗するものと想像していたが、紫苑は一切抗うことをしなかった。暴れるどころか、話すことすらしない。ずっと俯いたままだ。


「沙羅ちゃん、首は大丈夫っすか?」


 先を歩く武田の背中をぼんやり眺めていると、ナギが明るい声で尋ねてきた。私は笑みを作って「はい」とだけ答える。ナギは安心したようにホッと溜め息を漏らし、「それなら良かった」と言ってくれた。

 そこで彼は話題を変える。


「沙羅ちゃんは、武田さんの強さに引かないんすか?」

「引く? どうしてですか?」

「いや、特に深い意味はないっすけど……」


 私は十秒くらい考えてから答える。


「引きませんよ。むしろ凄く頼もしいと思います」


 するとナギは笑って「さすがっすね」と言った。

 何がさすがなのかはよく分からないが、まぁ気にするほどのことではないだろう。

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