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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
茜&紫苑編
32/161

31話 「甘い」

 武田はゆっくりと立ち上がり、紫苑へ視線を向ける。

 余裕を感じさせる動作だが、それとは対照的に、鋭利な刃物のごとく鋭い目つきである。その視線を向けられたのが私でなくて良かった、と安堵してしまったほどの威圧感だ。


「昨日の今日で戦うつもりなんだ。さすがは規格外の化け物」


 紫苑は作り物のような顔にうっすらと笑みを浮かべる。興味深い、といった類いの笑みだ。それに対し武田は、眉ひとつ動かさず、愛想なく「よく言われる」とだけ返した。


 それにしても、白いワイシャツと黒のネクタイという格好は、武田のかっこよさを別の方向に一段階引き上げている気がする。


 もちろん普段のきっちりと着こなしは良いと思う。隙のない完璧な男性というのも嫌いではない。私の感覚からすれば、むしろ好ましいくらいだ。

 しかし、日頃は完璧に見える彼だからこそ、僅かな隙すらも魅力となる。防具を脱いだ戦士のような、どこか隙のある感じ。そこが良——いや、待って。話がずれてしまっている。


 私は一体何を考えていたのだろう? 今は余計なことを考えていてよい状況ではない。


「紫苑、もういいよ。今日はせっかくの休日なんだよぉ?こんなやつの相手なんて……」

「いや、これはチャンスだよ。この機会を逃すわけにはいかない」

「まったく。真面目だねぇ」


 茜は呆れたように溜め息を漏らす。彼女は気が進まない様子だが、紫苑は逆に武田と戦うことを望んでいるように見える。無表情でクールに見える紫苑だが、案外血の気が多い少女である。

 人は見かけで分からない。まさにその通り。


「二度目はない。覚悟しろ」


 武田は背筋の凍りつくような冷ややかな視線を紫苑に向けたまま言い放つ。


「それはこっちのセリフだよ。ぼくは一度戦ったやつには負けない。記憶力が良いからね」

「今回は言動の不一致に気をつけるとしよう」


 どうやら二人ともかなりの負けず嫌いらしい。既に視線が激しく火花を散らしている。

 それを見ていてふと思ったのだが、武田と紫苑は、ある意味似ている部分があるのかもしれない。

 性別や年齢はもちろん、体格や戦いのスタイルも——すべてにおいて正反対の二人。だが、根本に流れる思考は近しいものがある気がする。


 例えば、昨夜の中途半端な結果に少なからず不満を抱いているところとか。



 気づいた時には、紫苑は武田のすぐ目の前に移動していた。ナギの時と近いパターンだ。彼女の動きは速すぎて、一般人の私にはまったく見えない。

 しかし武田の瞳は彼女の動作を確実に捉えていた。


 紫苑による下からの攻撃を腕で払うように防ぎ、すぐに反撃に出る。身長差のせいもあってか、武田はほとんど足技ばかりだ。

 彼の長い足から繰り出される蹴りは、速度自体はそれほどではない。しかし、届く範囲はかなり広い。それに加え、一撃の威力が高そうだ。


 武田と紫苑。二人の攻防はあまりに激しく、ナギもさすがに入っていけないほどだった。援護する隙すらない。


「なかなかやるね。でもスピードならぼくが上だよ」


 紫苑の口角が微かに上がる。


 それから十秒も経たないうちに、彼女はナイフを握り直す。その瞬間は一般人の私にも見ることができた。奇跡だ。


 そして、彼女は武田の脇腹にナイフを突き立てる。一本の細いナイフが刺さった武田はほんの一瞬だけ表情を変えたが、即座に落ち着いた顔つきに戻っていた。


「甘い」


 油断によって生まれた僅かな隙を見逃す武田ではない。

 彼は紫苑の細い腕を掴み、その軽い体を宙で回転させるようにして地面にねじ伏せた。上に乗るようにして押さえ込まれれば、いくら紫苑でもさすがに抵抗できまい。勝敗は決したも同然だ。

 武田は脇腹に突き刺さった細いナイフを引き抜くと、紫苑の華奢な首にあてがう。


「丁寧に武器を提供してくれるとはな」


 既に勝利を確信したらしく、武田の表情には余裕の笑みが浮かんでいた。


「離して!」


 その様子を見ていた茜が叫ぶ。燃えるような赤い瞳からは、焦りと憎しみが混ざった感情が透けて見える。


「こんなの意味が分からないっ! 紫苑を離しなさいよぉっ!」


 キャンキャン騒ぎ立てる茜を、武田はひと睨みする。


「黙れ」


 たったの三音で、彼は茜を黙らせた。彼の低い声にはそれだけの威圧感があるのだ。


「沙羅に傷を負わせておきながら、ただで済むと思うな」


 茜は何か言いたげな顔だが、言葉を発するには至らなかった。単に武田からの圧力のせいなのか、紫苑が傷つけられないようにと考えてなのか、私にはそこまでは分からない。


「こいつは連れて帰る。ナギ、沙羅を頼めるか」

「え。徒歩で帰るんっすか?」

「いや、車だ」

「あ、そうなんすか。じゃあ沙羅ちゃんも安心っすね!」


 武田が来てからは一度も使わなかった拳銃をしまいながらナギがこちらへやって来る。

 私は武田から借りたスーツの上着を羽織ったまま、ナギに連れられて車へと向かうこととなった。


 武田は紫苑を片腕で拘束したまま歩き出す。ナイフの刃は彼女の首元に当てたまま。これでは端から見ればまるで誘か——いや、これ以上は言ってはならない。


 車へ戻る途中、ナギが「茜はいいんすか?」と尋ねると、武田は「放っておけ」とだけ答えた。

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