25話 「真夜中の質問」
今回は怒られずに済んだ。
エリナは敵を逃したことに苛立っているようではあったが、「沙羅は一応役目を果たした」と言ってくれた。犯人らしき者を引き寄せる、という役目は取り敢えず果たせたということだろうか。
今夜の彼女はどちらかというと私以外のメンバーに対して厳しい発言の刃を向けていた気がする。エリミナーレが敵を逃すとは何事か、といったように。
だが私は内心「仕方ない」と思っている。
茜と紫苑の逃げ足は異常なまでに早かった。まるでテレポートしたかのように一瞬で姿を消したのだ、追えるはずもない。エリナは現場におらずそれを見ていないから情けないと呆れるのだろうが、あの場所で実際に見ていれば、彼女も「仕方ない」と思うことだろう。
疲れていたからか、その夜はすぐに眠りにつくことができた。
私のための部屋はまだ整備できていないらしいので、もうしばらくはレイとモルテリアが暮らす部屋に泊まることになっている。三人で過ごすには若干狭く感じる部屋だが、レイがいるしモルテリアもいるので、案外楽しく快適だ。
部屋で一番に眠りについた私だったが、夜中の三時過ぎに目が覚めてしまった。レイとモルテリアは完全に眠っていて、照明が消された室内は暗く何も見えない。
明日に備えて再び寝ようと思ったのだが案外寝れない。暗闇の中、一人で天井を眺めていると、時間が経てば経つほどに目が覚めてくる。目がぱっちり開いてしまい、こんな時に限って意識も冴えわたる。
——そうだ、水でも飲もう。
唐突に閃いた私はベッドから抜け出し、部屋の外へ出て、キッチンへと向かうことにした。水道水ならこの時間でも飲める。一口二口水を飲んでホッと一息ついてリラックスすれば、きっとまたすぐに眠れるに違いない。
キッチンへ向かう途中、リビングの明かりがまだついていることに気がついた。リビングには人影があり、何やら話し声が聞こえてくる。恐らくエリナと武田だ。
こんな真夜中まで何をしているのだろう……明日の打ち合わせかなにかだろうか?
少々気になるので、私は扉越しに二人の会話を聞いてみることにした。扉があるので私がここにいることはばれないはずだ。
しかし聞き始めて数分も経たないうちに、存在がばれてしまった。
「誰? そんなところにいないで、入ってらっしゃい。別にきつく叱りやしないわよ」
エリナは余裕のある声色で私を招き入れようとする。
彼女と少人数で会い話すのは気が進まないが、あらぬ疑いをかけられるのも嫌なので、大人しくリビングに入ることにした。従っていれば少なくとも怪しまれはしないはずだ。
私がリビングに入ると、エリナは「貴女だったの……」と、あまり嬉しくなさそうな顔をした。微妙な気持ちになる反応である。
「沙羅か。夜遅くまでご苦労」
そう言った武田は、珍しくスーツ姿でなかった。
紺色のポロシャツを着ているのだが、それはもう、恐ろしいほどの違和感である。しかし特別感がある。彼の新しい一面を見ることができたような気がする。何だか得した気分だ。
「こんな時間にどうしたの? 珍しいわね」
エリナは桜色の長い髪を時折掻き上げながら尋ねてくる。その表情は、あまり厳しいものではなかった。声色もいつもよりかは柔らかく穏やかである。武田と二人の時間を過ごせてご満悦なのだろう。
「目が覚めて眠れなくなってしまって……、お水でも飲もうかなと思っていたところです。お二人は何を?」
「怪我の手当てよ。と言っても簡単な手当だけだけれど」
よく見ると、テーブルの上には色々な物が乗っていた。彼女の言うことは嘘ではなさそうだ。
「重傷なんですか?」
「いや、たいしたことはない。よくあることだ」
武田はそう言った。だがそれが真実の言葉かどうかははっきりわからない。心配されるのが嫌で平気なふりをしているという可能性もある。
「あら。沙羅の前だと随分強がるのね。もしかして、沙羅のこと恋愛として好きなの?武田もお年頃ねー」
エリナは愉快そうにニヤニヤ笑う。いかにも好きだと認めさせそうな顔である。
それに対して、武田は冷静に返す。
「いえ、それはありません。私は誰にも恋愛感情を抱くことはない。絶対に」
「そうなの?」
「はい。それに彼女はまだ二十歳過ぎですよ。年齢が違いすぎます」
「いいじゃない! 年の差!」
エリナは冗談混じりに言いながら、武田の肩をパシパシ叩いている。随分親しげだ。
しばらくしてから、エリナは視線を私に向けた。照明によって赤く輝く瞳にじっと見つめられると、肉食動物に狙われる草食動物のような気分になる。
「せっかくだし、この際聞いておくわ。正直に答えてちょうだいね」
エリナに嘘は通じない——彼女の瞳を見ればそれは分かる。だから、正直に答える以外の選択肢は存在しない。
「沙羅、貴女は武田のことが好きなの?」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
私は武田のことが好き。それは決して揺るがぬ事実である。
助けてもらったあの日から、私の心は彼だけのものだった。再び彼に出会うこと、その手に触れること。それだけで良いと思っていた。気持ちを伝えはできなくとも、両思いにはなれなくとも構わない。ただ、傍にいたかった。だから気持ちは伝えなくても構わないはずなのだ。
しかし、今私は伝えたいと思っている。
「……私は」
エリナの視線が私へ注がれているのを感じた。
「好き……な気がしなくもないです」
私は武田もエリナも見れなかった。二人がどんな顔をしているか確認するのが怖かったのだ。
ここで偽ってもばれるだろうからこの際、と思いきって言ってみたわけだが、やはり恥ずかしさは拭いきれない。顔が赤くなっていないか心配だ。
そして、暫しの沈黙が訪れた。