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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
茜&紫苑編
24/161

23話 「静寂」

 茜が起こした爆発によって熱された風が、頬を掠め熱くする。今までに体感したことがないような凄まじい熱気だ。

 崩れて地面に落ちた木材はパチパチと小さな音をたてて燃えている。これはもう、明日の朝刊に載りそうな規模である。これほど次から次へと連続で爆発を起こせば、普段であれば大事件になるところだ。


 ……いや、私からすれば既に大事件であるが。


「まだまだいくからねぇっ!」


 茜はそう言いながら、レイの攻撃を受け流し、ナギの銃撃を軽い身のこなしで避ける。一対二でもまだ余裕があるのか、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。


「モル! 沙羅ちゃんを!」


 余裕ありげな茜と激しい攻防を繰り広げているレイが叫ぶ。ナギの近くでキョロキョロしているだけだったモルテリアは、レイの指示にコクリと頷き、こちらへ向かってくる。

 こんな緊急時でさえも、テテテ、というマイペースな走り方だ。しかしそのような走り方のわりにスピードは速く、ほんの数秒でこちらへたどり着く。


「……沙羅、平気?」


 モルテリアの緑みを帯びた短い髪は、海からの強風で揺れている。


 人生初の状況に何をすることもできない私を彼女は心配してくれているようだった。

 私はこの期に及んでじっとしていることしかできない私を情けないと思う。だが下手に動いても足を引っ張ることになるだけで——いや、こんなのはただの言い訳にすぎない。本当は一刻も早く、みんなの足を引っ張らず動けるようにならなくてはいけないのだ。


 それは分かっていて、なのにいつまでも甘えてばかりの私は、ずるい女だと思う。


「……これあげる。元気出して」


 彼女から手渡されたのは一枚のクッキーだった。

 綺麗なハート方に焼き上げられた、小さなフルーツゼリー入りクッキーである。赤や緑など様々な色のフルーツゼリーが宝石のように煌めいていてとてもおしゃれだ。しかも丁寧にラッピングまでされている。

 クッキーのクオリティにはもちろん驚きだが、こんなところまでクッキーを持ってきているという事実もかなり衝撃的だった。


「これは、クッキーですか?」

「……うん。昨日作ったから、新鮮」

「もしかして、これってモルさんの手作りですか?」


 私の問いに対し、モルテリアはコクリと小さく頷く。

 明らかに今この場所でするべき会話ではない。しかしどうしても気になったのだ。それに、こうして話していると、少しは心が休まる気がする。


 それにしても——彼女の作ったクッキーならさぞかし美味しいことだろう。


「離れておいた方がいいかも……こっち」


 モルテリアに案内され茜たちから離れたところへ向かう。離れると言っても、崩れた資材のせいであまり遠くへは行けない。精々数メートル、声が聞こえるくらいの距離だ。しかし、戦場のど真ん中にいるよりは安全だ。恐らく彼女もそう判断したのだろう。


 彼女は何も話さないが、ずっと傍にいてくれた。不安でいっぱいだった私は、彼女が近くにいてくれることにとても救われた。一人でいるのと二人でいるのとでは、精神的にも大きな違いがある。



 ようやく一息つける場所を手に入れた私は、紫苑と戦う武田に視線を向ける。


 武田は強い。それは当たり前のことで、彼が容易くやられるわけがない。それなのに私は心配で仕方なかった。時折必要以上に心配になってしまうのは、私の悪い癖かもしれない。

 しかし、この世に「絶対」というものが存在しないのも、また事実である。強者が敗北することも時にはあるのだから、力の差があったとしても油断はできない。


「茜を狙う卑怯者。ぼくは絶対許さない」


 細いナイフを手に武田へ挑む紫苑の紫色をした双眸は、怒りと憎しみに満ちていた。その表情を見れば、紫苑が茜をとても大切に思っているのだと、簡単に察することができる。


 茜と紫苑——二人は双子かなにかだろうか?


 こんな恐ろしいことをする人間だ、私には到底理解できないような思考の持ち主だと思っていた。しかし、彼女らも普通の人間が抱くような感情を抱くのだと思うと、少々意外である。不思議な感じがする。


「大人しくくたばれ!」


 そう叫ぶ紫苑は出会った時とは別人のようだ。


 というのも、姿を現した時、彼女は無表情なタイプに見えた。ニコニコしていて甘ったるい喋り方の茜とは対照的に、紫苑は冷淡な顔つきであまり口を開かなかった。

 しかし今の紫苑は、鋭く叫び、激しく感情を露わにしている。


 それに、凄まじい気迫でぶつかっていくような荒々しい戦い方だ。ずっと知り合いなわけでもない私がこんなことを言うのもどうかとは思うが、彼女らしいとは思えない戦い方をしている。


「ちょっとぉ、紫苑! たまにはこっちの援護もしてよっ!」


 レイが振る細い銀の棒をダンスのステップのような軽い足取りでかわし続けている茜が、不機嫌そうに頬を膨らませながら言う。しかし紫苑は武田のことしか見えていないようで、茜の発言などまったく聞こえていない。


 紫苑は数本の細いナイフを指に挟むように持ち、刺すように突き出す。それに対し武田は、紫苑の攻撃を何度も避ける。


 そしてついに、紫苑の手首を掴んだ。その細い手首を捻り、彼女の手からナイフを払い落とす。紫苑がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。


「生憎、くたばるために来たわけではない」


 武田はいつになく冷ややかな声で言う。


「痛い目に遭いたくなければ、抵抗は勧めない」

「ふ、ふざけるな!」


 腕を取られ動けない紫苑は、武田の氷のように冷たい表情に怯えたような顔をしつつも、強気に言い返す。


「ぼくがくたばらせてやる!」


 紫苑が持つアメジストのような瞳に本気の光が宿る。


 彼女は自分の手首を掴む武田の手を振りほどく。そして目にも留まらぬ速さで武田の背後へ回り、その背中へ膝で一撃をお見舞いした。

 武田の動きが止まった隙に、紫苑は茜の方へ駆け出す。


「茜、一旦退こう」

「えー。何それ、嫌だよぉ」

「婆さんに二度と会えなくなってもいいのかい?」

「……もうっ。まったく、仕方ないなぁ」


 まだ少し不機嫌そうな顔の茜だが、改めてこちらを向いた途端雰囲気が変わり、今まで通りニコッと笑う。開いた手を左右に振りながら彼女は言う。


「それじゃあねぇ。次会った時は覚悟して。絶対に消してあげるからぁ」


 無垢な笑顔に似合わない物騒な発言をする茜。

 そして、茜と紫苑——小さな二人組は、一瞬にして姿を消した。彼女らは逃げることを選んだようだ。



 資材置き場に静寂が戻る。その静寂が、「取り逃がしてしまった」という悔しさを、余計に増しているようにも感じられる。

 夜の闇に、炎の赤がよく映えていた。

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