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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
交通安全教室編
20/161

19話 「未熟でも、才能はある」

——暗い。


 暗闇の中、上手く働かない頭で記憶を探る。


 ……そうだ。私は保育所の裏側で子どもを庇って、それで、落下してきた木柱に巻き込まれたのだった。

 あの女の子はどうなったのだろう、とふと思う。直撃はしていないはずだが、軽い怪我くらいはしたかもしれない。あるいは、凄く怖い思いをしたかもしれない。でもあの子がどうなったか確かめる方法はない。


 いや、それ以前に、そもそも私はどうなった?

 こんな暗闇にいるということは死んではいないのかもしれないが……私の体は今どこにあってどうなっているのだろう。もしかしたら生死の狭間を彷徨っているかもしれない。これも今の私には知りようのないことだが。


 エリミナーレにはもう伝わっているのだろうか。


 レイは心配してくれているに違いない。彼女は凄く優しい心の持ち主だから。

 エリナにはきっと「バカね」と笑われることだろう。それに加えて「どうして何かするたびに事件や事故に巻き込まれるの」などと苛立たれていそうだ。解雇されないといいけど。

 武田——彼がどう思うかは、私には想像できない。彼の思考はいまいち読めないのだ。少しでも心配してくれているといいが……。


 よく考えると、私はエリミナーレに入ってから、とても楽しかった。何かするたびに世界が色づくみたいだった。

 もちろん楽しいことばかりだったわけではない。不穏な空気になって焦ることもよくあった。それでも、みんなといると元気になれた。たった数日にすぎないけれど、心から楽しいと思うことが増えたような気がする。


「……武田さん」


 私は半ば無意識に呟いていた。呟きは誰の耳に入ることもなく、暗く寂しい闇に消える。だが、その方が良かった。誰かに聞かれれば恥ずかしいし、人によっては恐ろしいことになりそうだから。



 それからどのくらい時間が経ったのだろう。どこからともなく私の名を呼ぶ声が聞こえた。上からなのか下からなのか、はたまた右からか左からか、分からない。どちらかというと、頭の中に直接響いているような感じだ。


「いつまで寝ているつもり? いい加減起きなさい!」


 しまいに怒られた。

 なんだか学生時代の朝みたいだなぁ、と思った瞬間、突然闇が晴れた。



 どうやら私は生きていたらしい。

 私は手を閉じたり開いたりしてみる。いつも通り動いた。別段痛みはなく、動きにくいということもない。目も普段通り見える。首も動かせた。体に大きな異常はなさそうでホッとする。

 恐らくここは病院の病室なのだろう、視界に入るのは白い天井だけだ。


「沙羅、起きたのね」


 声が聞こえたので首を動かしそちらを向く。すると視界に女性の姿が入った。桜色の柔らかく長い髪、時折赤みを帯びる茶色の瞳。間違いない、エリナだ。長い髪を片手で掻き上げる仕草は色っぽく、病室にいても特別な雰囲気を漂わせている。彼女が特別な存在であることに場所は関係がないようだ。


「エリナさん……私はどうなって……?」

「貴女は事故に巻き込まれたのよ。保育所の屋上に置いてあった資材がなぜか突然落下したらしいわ。でも奇跡ね、軽傷で済んだなんて」

「奇跡ですね……」


 私は上半身を起こして自分の体を見回す。特に外傷は見当たらず、軽く動かしてみた感じ痛いところもない。もちろん頭痛やめまいがあるわけでもなく、ダメージは特に受けていないようだ。

 あの状況でこの結果とは、エリナも言う通り、奇跡としか言いようがない。私は普段信心深い方ではないが、こればかりはさすがに神様のおかげだと思った。


「もうしばらく安静にしていれば、明日には帰れるそうよ。良かったわね、危うく切り捨てなくちゃならないところだったわ」


 ひ、酷い……。そんな恐ろしいことを笑顔で言うなんて。

 しかし明日にでも帰れそうなのは嬉しい。就職していきなり働けなくなっては、笑い話にもならないところだった。



 エリナと二人きりで話していると、唐突に軽いノック音が聞こえた。エリナが素早く「どうぞ」と言う。その直後、スライド式のドアが開く。


「あら、武田じゃない。早かったわね。指示した買い物はちゃんとできたのかしら?」

「はい。近くに新しいコンビニができていました」

「ふぅん、見つけるとは偉いじゃない。褒めてあげるわ」


 エリナは、床のカゴにコンビニ袋を入れようとしゃがむ武田の頭を、数回優しく撫でる。

 武田は身長が高い。なので、彼が立っている時には、さすがのエリナも頭を撫でることはできない。だからここぞとばかりに頭を撫でたりするのだろう。


 これは絶対見せつけられている……。


「ねぇ、武田。今買ってきたジュースを沙羅に入れてあげなさい。彼女、きっと喉が渇いてるはずよ」


 エリナの指示に対し武田は「はい」とだけ答え、コップを取りに向こうへ行ってしまう。三十秒もかからなかった。

 彼がこの場を離れた瞬間、エリナは勝ち誇ったようにふっと笑みをこぼす。


「優秀な部下がいると助かるわよね」


 武田は私のものなの、と言わんばかりの笑みだ。

 女特有の黒い部分を垣間見てしまった気がして少し疲れた。妙に好戦的なエリナには勝てる気がしない。


 そのうちにコップを持った武田が戻ってきた。彼は透明なコップにぶどうジュースを注ぎ入れ渡してくれる。


 エリナの命令だからだとしても凄く嬉しかった。脈が速まり顔が熱くなるのを感じる。そんなことを言えば、「今時中学生でもそんなに初々しくない」と笑われそう。だが、そんなことはどうでもいい。数年間まともに話せる友達もいなかった身だ。年相応の大人らしい反応ができないのは当然なのである。


「……ありがとうございます」


 私は受け取ったぶどうジュースを飲んだ。エリナに凝視されながら飲むぶどうジュースは、今までにないくらい渋い味がする。

 複雑な心境になりつつジュースを飲んでいると、武田が唐突に口を開く。


「沙羅、無事で良かったな」


「え?」


 いきなりの発言に私は暫しついていけなかった。彼がそんな風に思ってくれているだなんて微塵も考えてみなかったからである。

 本来なら跳ね回って喜ぶレベルの嬉しいことなのだが、なぜか今は喜びより戸惑いの方が大きい。案外そういうものなのかもしれない。


「いかなる時も動揺しない冷静さ、生き残る運、そして弱者を護ろうという心。沙羅はそのすべてが高い水準にある」

「……え? え、どういう意味ですか?」

「沙羅はエリミナーレに向いている。未熟でも、才能はある。つまりはそういうことだ」


 すると不満そうに唇を尖らせたエリナが口を挟む。


「あら。随分高く買っているのね」


 恐らくエリナは、武田が私を褒めたのが気に食わないのだろう。病室が気まずい空気に包まれる。しかし武田は気まずい空気などお構いなしだ。


「彼女には才能がある。私はそう思っています」


 武田は一切躊躇いなく断言した。


 それにしても——、彼に茶髪というのは、安定の似合わなさだ。茶髪といっても光が当たると茶色い光沢が見える程度なのだが、それでも違和感は拭えない。


 一方エリナは、微笑んでこちらを向く。しかし片眉がピクピク震えていた。どうやら心穏やかではないらしい。


「ですって。良かったわね、沙羅。随分気に入られているようよ」


「あ、ありがとうございます」


 背筋が凍りつくような悪寒を感じつつも、笑顔を作ってお礼を述べる。しかし、笑みという盾をもってしても、エリナの恐ろしさを完全に防ぐことはできなかった。

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