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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
交通安全教室編
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18話 「護らないと」

 ようやく交通安全教室が始まった。場所は中庭。私としては室内がよかったのだが、そんな贅沢を言うわけにはいかない。


 話が少し変わるが、エリミナーレに入ることを決めた時は、子どもの前に立つ機会なんてないと思っていた。そもそも、そんなこと考えてもみなかった。職務に交通安全教室まで含まれているとは知らなかったからだ。

 だから心の準備ができていない。私は人前に立つというだけで緊張してしまうタイプなのだ。武田と話す時に比べればまだ気楽ではあるが……。


 司会はナギ。モルテリアはいつも通りぼんやり宙を眺めているし、私はエリミナーレへ入りまだ数日の新入り。それを考えればナギが司会というのは妥当だ。

 彼は人前で話すのもそれなりに得意そうなので、そういう意味では心配しなくて大丈夫だろう。


「さーて、こんにちは! 今日は交通安全教室! 楽しみすぎて、みんなちょっと寝不足かなっ?」


 口調が若干いつもと違う気もするが、あまり気にしないようにした。人前で、しかも子どもたちに向けて話すとなれば、誰だって多少は口調が変わるもの。気にするほどのことではない。


 ——それにしても、よく晴れた日だ。

 小さな雲すらない澄みきった空はどこまでも続いているかのようである。こんな日は空を見上げて寛ぎたいものだが、日差しが強すぎて私の目ではまともに見れそうにない。よく晴れているのはいいが、太陽も遠慮というものを少しは知ってほしいものである。


「あれ、返事がない。……まぁいいや。取り敢えず自己紹介。俺は瀧川ナギ! 今日の講習をちゃんと聞いて、みんな生き残って!」


 私は心の中でつい突っ込んでしまった。サバイバル教室ですか、と。


 すると、一人の子どもが手を上げた。五歳くらいの活発そうな女の子だ。まだ内容には入っていないのに、早速質問があるのだろうか。


「質問! どうして今日は、前のおばさんじゃないの?」


 おばさん?

 私は暫し首を傾げることしかできなかった。あまりに唐突すぎて。


「関係ない質問だね! でもいいよ。おばさんはお仕事で忙しいんだ!」


 だから、おばさんって?

 黙ったままそんなことを考えていると、それを見透かしたかのようにモルテリアが言ってくる。


「……おばさんはエリナ」


 隣でないと聞こえないような小さな声だったが、モルテリアは確かにそう言った。

 そうか。私から見れば普通に大人の女性でも、幼い子どもから見ればおばさんなのか。なかなか恐ろしいことだ。


「前はエリナとレイだったらしい……」

「そうなんですか?」

「……うん。でも、おばさんって言われたからもう絶対行かないって……エリナが」


 エリナはそこそこな年齢だろうし、雰囲気も大人びてはいる。しかし老けてはいないし、おばさんと呼ばれるような外見ではない。もっとも、それでも子どもからすればおばさんに見えるのだろうが。

 気のきついエリナのことだ、おばさんなどと呼ばれれば凄まじく怒るだろう。容易に想像がつく。たとえ相手が子どもでも容赦なく怒るに違いない。


「それでこのメンバーなんですね」


 モルテリアは私の瞳をじっと見つめながら頷く。

 彼女が動くたびに緑みを帯びた短い髪がフワッと動くのが、なんとなく可愛らしくて良い感じである。ミステリアスでありながらもどこか可愛らしさを感じさせるところが、彼女が持つ最大の魅力だと思う。


「それじゃあみんな! 鉄の塊や走る骨組みに殺られないように、交通ルールはしっかり覚えて守ろう!」


 張り切ったナギは非常に高いテンションで喋っている。ところどころ物騒な言葉や謎の言葉が混ざっているが、それらしくできているので良しとしよう。

 メインで話さなくてはいけないような状況にはならず、私は内心安堵した。



 ——そんなことで、交通安全教室は無事終了した。ナギがほとんど一人でやりきった。


 彼の、子どもの気を引く話術は、私からしても見事なものだった。集中力があまりないはずの幼い子どもたちをすっかり虜にしてしまっていたのだから凄いことだ。女性を褒めて口説くのは下手だが、興味をそそるような話し方は上手だった。


 私とモルテリアは、結局、イラストのプラカードを持って立っていただけ。本当に三人も必要だったのか、と疑問を抱いてしまうくらい出番がなかった。ナギ一人でも十分成り立ちそうな感じすらする状態であった。

 しかし、役目が少なくて楽しくなかったかというと、案外そうでもない。私は子ども好きではないと思っていたが、いざ接してみると、曇りのない純粋さに温かい気持ちになれた。


 ナギは子どもたちとすっかり仲良くなっているようだ。交通安全教室が終わった後、たくさんの男の子に囲まれ楽しそうに遊んでいる。小学生よりも年下の男の子たちと一緒になって元気に遊ぶ。ナギならではだ。


 彼の遊びが終わるのを待っている時、私はふと、建物の裏へ入っていく一人の女の子を発見した。建物の裏は暗く誰もいないだろう。「あんな暗いところへ入っていって大丈夫なのだろうか」と心配になり、私は女の子の様子を見にいくことにした。

 特に何も起こらないだろうが、もし怪我でもしたら大変だと思って。



「こんなところで何をしているの?」


 一人座っていた女の子に声をかけてみる。よく見ると、どうやら土で遊んでいるようだ。単に一人でいるのが好きな子なのかもしれない。だが、いくら一人が好きだとしても、こんな薄暗いところにいるのは心配だ。


「みんなと遊ばないの?」


 距離を縮め、しゃがんで尋ねてみた。

 女の子は黙ったままプイッとそっぽを向いてしまう。もしかしたら不愉快な思いをさせてしまったのかもしれない。


「みんなのところへは行かないの?」


「行かない!」


 女の子は急に鋭く言い放った。その表情は苛立っているように見える。

 しつこすぎたのだろうか……子ども心って難しい。


「そっか、ごめんなさい。一人でここにいるのが好きなんだね。私はいてもいい?」


 返答を悩んでいるのか女の子は黙る。しばらくしてから、彼女は頷き「うん、いいよ」と短く答えた。女の子の可愛らしい顔に先ほどまで浮かんでいた苛立ちの色は消え失せている。


 安堵の小さな溜め息を漏らしかけた——その時。


 気配を感じ上を見ると、木製の太い柱がバラバラと落下してきているのが視界に入った。結構太い角柱の木だ。


「危ない!」


 木製の柱はすぐそこまで迫っている。

 私は咄嗟に、女の子に覆い被さった。いつもならこんなことは思わないのだが、珍しく「護らないと」と思った。


 ——その先のことは記憶にない。

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