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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
三条編
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16話 「切り捨てる主義」

「え。先輩っ!?」


 私はつい大きな声を出してしまった。


 写真の白い女性は保科瑞穂、自分の先輩にあたる人だと武田が話したからだ。


 ——正直意外である。

 綺麗な顔をした彼女のことだから、武田の彼女なのだと思い込んでいた。いや、もちろん実は付き合っているという可能性はあるわけだが。しかし、彼の顔つきを見た感じ、嘘をついているとは思えない。


「あぁ。彼女は私の先輩だが……そんなに驚くことか?」


 武田が困惑したような表情で言うと、ナギが乱入してくる。


「あー、確かにっ。武田さん老けてますもんね! 瑞穂ちゃんより年上に見えるっすよ! それにしても瑞穂ちゃん可愛——」

「余計なこと言わなくていいから」


 嫌み混じりに明るく言ったナギを、隣に座っているレイが静かに叱った。激しさがないところが怖さを引き立てている。


「沙羅、そんなに驚くな。一体何だと思っていたんだ」


 武田はナギの発言を完全に無視して話を続けた。

 躊躇いながらも、小さめの声で返す。


「彼女さん……とか」


 すると後部座席に座っているナギが、腹を抱えてゲラゲラ笑い出した。


「いやいや、ないっしょ! 武田さん好きになる女の子とか超少数派でしょ!」


 なるほど。私はその超少数派の一人なわけですね。


 ナギの発言を聞いて、なんとなく複雑な心境になった。私は武田に再会するために数年間努力してきたのだ。それなのに彼を否定するようなことを言われては、何とも言えない気分になる。……だが、競争率が高いよりかはずっといい。


 その後、ナギはまたもやレイに怒られていた。私にはいつも優しく接してくれるレイだが、ナギに対してはとても厳しい態度をとっていた。もっとも、彼が余計なことばかり言うからかもしれないが。


「なるほど。そういうことか。だがそれは、必要のない心配だ。私は誰にも恋愛感情を抱かない」


 武田はハッキリと断言した。一切迷いのない瞳で、ただ前だけを見据えて。


「瑞穂さんはただの恩人だ」


 ちょうどその時、分厚い雲に覆われた灰色の空から、一滴の雨粒がこぼれ落ちてきた。ポタッと低い音をたて、フロントガラスを濡らす。

 誰かが泣いているみたいな、大粒の雨だった。



 数分後、車は自宅へ到着する。車だとなかなか時間がかかるかと思っていたが、予想していたより早く着いた。恐らく喋っていたからだろう。初めてだが迷うこともなく無事着けて良かった。


 家へ向かう。荷物をまとめてくれていた母は、私を「遅かったね」と迎えた。

 運動神経が良いわけでもなく、勇ましい性格なわけでもない。そんな私がエリミナーレへ入ることを許してくれた心の広い母を心配させたくない。そう思ったから、三条との一件については話さなかった。


 ナギがいきなり母を口説き始めた時には驚いたが、それはレイの叱責で何とか制止することができた。少し焦ったが……。


 それからしばらくして、完成した荷物を車に乗せ、私たちは事務所へ戻るべく家を出た。「いってらっしゃい」と見送る母の微笑みはどこか寂しげで、とても印象に残っている。



 六宮にあるエリミナーレの事務所へ戻ると、エリナに報告することとなった。彼女はあまり得意なタイプでないので、いまだに緊張してしまう。しかし苦手だからと避けるわけにもいかない。早く馴染めるよう努めなくては。


「沙羅、貴女……いきなり仕事を増やすなんて、ある意味凄いわ」


 足を組み微笑むエリナは、内心怒っているらしくそんなことを言った。大人びた顔に浮かぶ作られた笑みはなかなか恐ろしい。

 私は「すみません」と小さく謝ることしかできなかった。それ以外に返せる言葉はない。


「済んだことはもういいけれど、次はないわよ」


 空気が氷河期のようだ。

 隣に立つレイを一瞥すると、彼女は固い表情をしていた。驚くべきことにナギも黙っている。エリナの力はここまでのものなのか、と衝撃を受けた。彼女に嫌われればここでは働いていけなさそうである。


「貴女が一般人だということは分かっている。けれど、だからといって甘やかす気はないわ。使えない者は切り捨てる、それが私の主義だから」


 エリナの言葉に、俯かずにはいられなかった。

 私がエリミナーレに相応しくないことは最初から分かっている。それでも頑張ろうとしているのだ。それなのにこんなことを言われては、現実を突きつけられたようで胸が苦しくなる。


「使えない者にならないよう、せいぜい気をつけることね」


 私は何も言い返せなかった。

 言いたいことがないわけではない。だが言いたいことを言うだけの勇気がないのだ。まともに発言もできないこんな状態では、エリナに使えない者認定されるのも時間の問題である。


 もっと強く、勇気のある人間にならなくてはいけない。



 報告を終えレイとモルテリアの部屋へ行くと、ベッドに座っていたレイは不安げな表情をしていた。


「……レイ、どうしたの」


 そんなレイに声をかけたのは、饅頭をむさぼっているモルテリア。彼女が他人の心配をしているだなんて、凄く珍しい光景である。

 モルテリアに心配されたレイは、「気にしないで」と返しながらも、浮かない顔のままだ。曇り空のような薄暗い表情である。


「レイさん?」


 私も一応尋ねてみる。するとレイは口を開いた。


「さっきのことなんだけどさ……。エリナさん、なんか言いすぎじゃなかった? 昨日来たばっかりの沙羅ちゃんに向かってあんなこと、さすがにちょっと酷いよ」


 どうやら私のことを心配してくれていたようだ。レイは本当に優しい。若干傷ついた後だけに、その優しさをいつもより強く感じられた。


 まだ饅頭を食べているモルテリアが口を挟む。


「エリナ、なんだか焦ってるみたいだった……」

「焦ってる?」

「……そう。余裕がないみたい……」


 レイはモルテリアに饅頭を押し付けられたまま、怪訝な顔をする。脳内に疑問符が満ちている、というような表情だ。


「そうなの? いつから?」

「さんじょう、って人の情報を知ってから……多分」


 緑みを帯びたショートカットがよく似合うモルテリアは、箱の饅頭を口いっぱいに頬張りつつ話す。ずっとこの調子で食べ続けていたのだとすれば、かなりの大食漢である。肥えていないのが不思議だ。


「三条が何か関係あるの!?」


 レイはモルテリアの話に勢いよく食いつく。だがモルテリアはというと、これ以降「よく分からない……」としか言わなかった。

 結局何も分からずじまいである。

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