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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
結末編
160/161

159話 「新日本警察エリミナーレ」

 二○四六年、十一月。

 エリミナーレが活動を再開してから、早いもので、もう五ヶ月が過ぎようとしている。


 暑かった夏も終わり、季節は、徐々に冬へと向かっていく。ついこの間までは薄い上着一枚で出掛けられたというのに、ここ数日で一気に寒くなってきた。昨日の夜などは、ある程度分厚い上着が必要だったくらいである。



 そんな秋の日。

 私はいつもより早く起き、身支度を済ませ、事務所のリビングへ向かう。


「おはようございます」


 挨拶をしながら入ったリビングには、エリナの姿があった。桜色の髪と大人びた顔立ちは、相変わらず魅力的だ。


「あら、沙羅。朝早いわね」

「はい」

「そういえば、今日、打ち合わせの日だったかしら?」


 私は迷いなく頷く。


 エリナの言う通り、今日は打ち合わせの日だ。しかし、これだけでは、何の?と思われるかもしれないので説明を付け足しておく。

 打ち合わせというのは、武田との結婚式の打ち合わせである。


「ゆっくり楽しんでくるといいわ」

「お気遣い、ありがとうございます」

「礼を言われるほどじゃないわよ。貴女はどのみち戦えないもの、いてもいなくても同じだわ」


 何げに酷い。

 しかし、これはエリナの優しさだ。数ヵ月一緒に過ごしてきた私にはそれが分かる。


 彼女は案外恥ずかしがり屋だ。だから、礼を言われ恥ずかしいのを隠すために、こんな風な発言をすることも珍しくはない。


 エリナはそれから、手元の書類を触りつつ、キッチンに向かってナギの名を呼ぶ。すると、キッチンからナギがやって来た。


「何か用事っすか?」

「飲み物。注いでちょうだい」

「あ、またブドウジュースっすね?」

「そうよ。さっさとしなさい」


 近くに置いていた透明のグラスを、エリナはナギへと差し出す。


「すぐ入れてくるっす!」


 ナギはグラスを受け取ると、キッチンの方へ駆け戻っていく。若さゆえか、すべての動作が素早い。


 ちょうどそのタイミングで、リビングと廊下を繋ぐ扉が開く。誰かと思い振り返ると、そこには、綺麗にスーツを着たモルテリアが立っていた。

 タイトスカートのスーツ、薄い緑色のブラウス。シンプルできりりとした服を身にまとっていると、モルテリアでさえクールビューティーに見えるのだから、人の目とは不思議なものだ。


「……お腹、空いた……」


 しかし、モルテリアはモルテリア。発言は普段通りだった。


 そこへ、レイもやって来る。

 今日もパンツスーツがよく似合っている。毛量は多くないが長さはある青い髪は、動くたびさらりと揺れ、女性的な魅力を高めていた。


「沙羅ちゃん、今日は早いね」

「打ち合わせなので」

「あ、そうか! 結婚式の、だっけ?」


 彼女の確認に私は「はい」と首を縦に動かす。するとレイは微笑んで「楽しみだなぁ、沙羅ちゃんの結婚式」と笑う。


「だから早起きなんだね……って、あれ? 武田は? 一緒に行かないの?」


 そういえば、今日に限って、武田はなかなか起きてこない。彼は時間を守るタイプなのに、珍しい。


 まだ寝ているのだろうか……。


 そんなことを考えていた時だ。突如、ドスドスと激しい足音が聞こえてきた。地響きのような、低く大きな音である。

 リビングにいた私たちは、戸惑いに包まれた。


 刹那、凄まじい早さで扉が開く。開けた勢いで扉が壁に激突する。


「沙羅! いるかっ!?」


 息を乱しながらリビングへ飛び込んできたのは武田だった。

 寝癖のついた髪、よれたパジャマ。武田らしからぬ格好だ。いつも気づけばスーツに着替えている武田が、このような状態でリビングへ駆け込んでくるとは、驚き以外の何物でもない。


「た、武田さん……?」

「沙羅! すまん、少しだけ待ってくれ! すぐに用意する!」


 彼は顔面蒼白だった。

 予定より寝坊したくらいで大袈裟だと思うのだが——日頃あまり寝坊しない武田にしてみれば大事件なのかもしれない。


「沙羅、怒っているか!?」

「いえ。別に」

「やはり怒っているんだな!?」

「そんなこと言ってな……」

「いや。沙羅が怒るのも当然だ。二人の大切な打ち合わせだというのに、よりによって寝坊とは……! 情けない!」


 頭を抱え、自身に怒りを向ける武田。

 いつも冷静な彼があたふたしていると物珍しい感じがする。しかし嫌な感じではない。むしろ、人間らしさを感じられて、愛着が湧くぐらいだ。


 だが、武田が自分を責めると可哀想なので、私は一応言う。


「落ち着いて下さい、武田さん。時間はまだありますから。というより、まったく遅れてませんから。ゆっくり準備して下さい」


 すると彼は「そ、そうか」と短く言い、コクリと頷く。モルテリアみたいな頷き方だ。

 その頃になってようやく落ち着いてきたらしい武田は、「では準備をしてくる」と言い、素早く洗面所へと向かった。


「まったく。朝から騒々しいわね」

「ホントホント。武田さんダサいっすねー」


 溜め息を漏らすエリナと、ブドウジュースを注いだグラスを運んでくるナギ。二人はもうすっかりお似合いだ。


「エリナさん、俺にして良かったっしょ?」

「そういうのはいいから。それより、グラスをさっさと渡してちょうだい。喉が渇いて、もう死んでしまいそう」

「マジっすか!? 遅くてすいません!」

「……冗談よ」


 エリナとナギが仲良く話している光景を見ると、私はなぜか、少し嬉しい気持ちになった。幸せそうな人を見ているとこちらまで幸せになってくるから、人の心とは面白いものだと思う。



 十分後。


 再びリビングへ現れた武田は、いつも通り、完璧な姿だった。黒いスーツをきっちり着こなし、髪や顔も清潔そのもので、隙がない。


 これぞ、できる男。

 そう言っても過言ではない。


「待たせてしまってすまなかったな、沙羅」

「いえ、大丈夫です。十分くらいしか待っていません」

「……優しいな、お前は。こちらのミスを責めず、優しく受け止めてくれる……そういうところが好きだ」


 好きだ、なんて、みんなのいる場でははっきり言わない方が良い気がする。

 だが、この妙な積極性は、武田の美点の一つだ。普通は恥ずかしくて言えないようなことを、躊躇なく言えてしまう——それは、ある意味才能かもしれない。


「ではエリナさん。打ち合わせへ行ってきます」

「そうね。行ってらっしゃい」

「抜けてしまいすみません」

「いいわよ、心配しなくて。エリミナーレの務めは私たちがちゃんと果たしておくわ」

「ありがとうございます」


 珍しく親切なエリナに礼を述べ、軽くお辞儀をしてから、武田は私へと視線を向ける。

 そして、その手をこちらへ差し出してきた。


「よし、行こう」


 差し出された手のひらに、私は手を重ねる。


 これまで幾度も握ってきた武田の手。けれども、今日は今日の、特別な良さがあった。



 事務所を出て、道を歩いている時、武田が唐突に尋ねてきた。


「さらぼっくり。新たな道へ歩み出す今、お前は何を望む?」


 私の望みは武田の大切な人になること。そして、それはもう叶った。しかも非常に良い形で叶ったのだ。


 これ以上何かを望むなど贅沢だろう。

 そう思っていたけれど。


「私はエリミナーレの一員だが、その前に、さらぼっくりの一番の理解者でありたい。そして、お前の望みを叶えられる男でありたいと、そう思う。お前は私に幸せを教えてくれた。だから、これから長い時間をかけて恩返しをしたい」


 彼は言ってから微笑んだ。


 今の私にはまだ、彼のような、はっきりとした目標はない。そして、それを大きな声で述べる勇気も、恐らくない。

 ただ、一つだけ、忘れたくないことはある。


「……私は」


 たいしたことではないけれど。

 他者からは笑われるようなことかもしれないけれど。


「いつも前を向いていられる人でありたいです」


 どんな小さな光も見つけられる、そんな人間でありたいと思う。

 困難にぶつかった時、悲しくても辛くても、真っ直ぐに前を向いていられる人。希望を探すことを諦めない人。


 それが私の理想だ。


 そんな人になれるように、私はこれから先の人生を生きたい。


 こんなことを言えば、良い子ぶっていると思われるかもしれない。理想は所詮理想で現実にはならない、と言われるかもしれない。


 それでも私は、理想を信じる。信じて、歩むのだ。

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