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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
結末編
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158話 「純白の花」

 ナギの宣言から少しして、エリナは立ち上がる。瞳はかつての強い輝きを取り戻し、表情に迷いはもうなかった。


「武田。貴方の番よ」

「私ですか」

「えぇ。瑞穂に言いたいことがないわけじゃないでしょう?」


 言われた武田は一度小さく頷き「はい」と返事をする。それから、私の肩をそっと抱き、瑞穂の墓の前へと、ほんの数歩足を進めた。

 武田の心を察してか、エリナとナギはすっと退いてくれる。


「瑞穂さん。私は人の心を得ました。もう心配しないで下さい」


 今は亡き先輩——瑞穂へ、語りかける武田。その口調はいつになく丁寧だった。それだけ尊敬しているということなのだろう。


「彼女、沙羅と幸せになります」


 ……なんだろう、この結婚報告会のような状況は。


 私の脳内が疑問符で満たされていく。


 恋い焦がれ続けてきた武田が、私と幸せになると宣言してくれているのだ。嫌なはずはない。むしろ喜ばしいことのはずである。だが、みんながいる場で宣言されると、なんとも言えない気持ちになった。嬉しいは嬉しいのだが、やや恥ずかしい。


「良き家庭を築いていけるよう努めます」


 するとそこへナギが口を挟んでくる。


「えっ! 武田さん!? 武田さんて、結婚前提でお付き合いしてるんすか!?」


 顎が外れるくらいの勢いで口を開け、大きな声を出すナギ。彼のいかにも活発そうな若々しい声が、静かな墓地に響き渡る。

 今は幸い誰もいないから良い。だが、もし近くにエリミナーレ以外の者がいたならば、驚かれたに違いないだろう。


「あぁ、そうだが」

「マジすか!?」


 驚きを隠そうとは微塵もせず、むしろ大袈裟に反応するナギ。そんな彼を見て、武田は、ふっと穏やかな笑みをこぼす。


「お前はいつもそうだな」


 するとナギは怪訝な顔になる。


「どういう意味っすか?」


 一瞬険悪な空気が漂いかけた。だが、武田が微笑みを止めなかったため、喧嘩には発展せずに済みそうだ。


「感情を躊躇いなく外へ出せるお前が、少し羨ましい」

「どうしたんすか? いきなり」

「私もお前のように感情表現が上手ければ、沙羅への想いをもっと伝えられるのに。愛情をもっと注ぎ込めるのに。そう思ってな」


 武田は少し寂しそうな顔をする。


 彼の愛情表現が十分だと思うのは、私だけだろうか……。


 するとナギは、呆れ顔で「既に愛情たっぷりじゃないすか」と、言い放つ。だが武田は「しかし……」と言って納得しない。その面倒臭さに少々苛立ったのか、ナギは口調を強めて「今のままで十分っすよ!」と言いきった。


「それに、そんなこと、ここで話す内容じゃないっしょ!」


 確かに、と私は思う。

 若干忘れてしまっていたが、ここは瑞穂の墓前。愛情表現について議論する場ではない。

 きっと今瑞穂は戸惑っていることだろう。昔の仲間が久々に訪ねてきたと思えば、こんな話。戸惑わないはずがない。


「あら、ナギ。珍しくまともなことを言っているじゃない」

「珍しくって! その言い方は酷いっすよ! エリナさん!」

「私は口が悪いのよ」

「そんなの答えになってないっす!」


 もはや定番化した言い合いが始まった。エリナとナギはすっかり普段通りである。ついさっきまでの暗い空気はどこへやら、といった感じだ。


「ナギ、落ち着きなよ。お墓の前で騒ぐなんて、迷惑この上ないからさ」


 レイは、ギャーギャー騒ぐナギを、姉のように注意する。見慣れているからか、微塵も焦っておらず、表情からは余裕が感じられる。


 一方モルテリアは、じゃがいもチップスを食みながら、小さく漏らす。


「迷惑……の、極み……」


 さすがはモルテリア。

 静かながらもバッサリいく言葉選びは相変わらず。これでこそモルテリア、といったところであろうか。


「レイちゃんモルちゃん、今日は妙に厳しいっすよ! 何でっ!?」


 ナギが半泣きのような声で叫ぶと、レイはやや冗談混じりの冷ややかな目つきで返す。


「エリナさんを幸せにするなら、もっと賢い男にならないとね」


 モルテリアは、レイの発言に合わせて、コクコクと首を縦に動かしている。ぼんやりしがちなモルテリアだが、今のレイの発言には彼女なりに納得しているようだ。


「じゃないと、瑞穂さんに怒られるよ?」

「うっ……。それはありそうっす……」

「さっき、幸せにするーって、誓ってたもんねー?」


 何度も繰り返し言うことで圧力をかけていくレイ。


 その圧力についに耐えきれなくなったナギはエリナの背後へ逃げる。そして、あろうことか、エリナを盾のようにした。

 だがエリナは嫌な顔をしない。ただ、呆れたように笑うだけである。


「女性を盾にするとか駄目だよ!」

「レイちゃんたまに怖いんすよ! エリナさんっ! 助けて!」

「……ナギ。隠れても構わないけれど、さりげなく腹回りを触るのは止めなさい」

「うっ、バレたっすか」


 腹回りを触るって……、と、私は武田と一緒に苦笑する。


 墓地には似合わない騒々しさ。だが、これこそがエリミナーレの真の姿だ。不必要に飾ることはせず、みんなで楽しく盛り上がれる——こんなに幸せなことはない。



「ありがとう」


 そんな時。

 私の背後から、ほんの一言、小さな声が聞こえてきた。


 よく知った声ではない。けれど、どこかで聞いたことのある女声だ。透き通った、ガラスのように繊細な声色が、なぜか妙に耳に残る。


 急なことに驚き、振り返ると、背後に真っ白な女性が立っていた。


「貴女は……」


 私は思わず呟く。

 一目見て、彼女が瑞穂なのだと分かった。髪や肌、服も、すべてが白い。彼女は間違いなく瑞穂である。


「ありがとう」


 彼女はもう一度そう言って、優しく微笑んだ。穢れのない、天使のような微笑みに、拍動が加速する。


「瑞穂、さん……?」

「沙羅ちゃん。貴女は、今も、私が見えるのね」


 目を凝らしてみる。

 すると、彼女の体が透き通っていることに気がついた。……いや、当然ではないか。実体があるわけがない。

 瑞穂は亡き人なのだから。


「武田さん! 瑞穂さんが!」


 私はすぐ隣にいる武田へ声をかけてみる。もう一度会えたなら、伝えたいことがあるかもしれない。そう思ったから。

 しかし武田は首を傾げるだけ。


「どうした?」

「そこに、瑞穂さんが! 瑞穂さんがいます!」

「何を言っているんだ、沙羅」


 もう一度視線を戻すと、瑞穂の姿は確かにあった。だが武田は、私が瑞穂の存在をいくら訴えても、首を傾げるだけ。彼には瑞穂が見えていないようだ。


「沙羅ちゃん、今はもう、貴女にしか見えないの。吹蓮の術がないから」


 瑞穂の白い髪は風が吹いても揺れない。恐らく、肉体そのものはないからだろう。


「なるほど……」


 吹蓮の術がなくても私には見えるということが謎だ。ただ、今はそこまで突っ込まないことにした。


「その代わり、何でも話せる。本当のことを」


 瑞穂のアーモンド型の瞳がじっとこちらを見つめてくる。


「エリナに伝言を頼んでも構わない?」

「は、はい。私で良ければ」

「もちろん」


 純白の彼女は、音もなくこちらへ近づき、私の耳元でそっと囁く。


「全部分かっているから、これからは笑って過ごして」


 瑞穂は一度二度まばたきし、改めてこちらを見て微笑む。


「ありがとう」


 強い風が吹き、私は思わず目を閉じる。少しして風が止み、瞼を開くと、瑞穂の姿はもうなかった。


 その代わりに、地面のアスファルトの隙間から、一輪の花が咲いていた。

 白い花弁の、小さな花が。

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