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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
温泉旅行編
153/161

152話 「煌めく星空、露天風呂」

 桜湯に浸かることしばらく、突然レイが立ち上がった。水面が揺れ、飛沫があがる。顔面にかかると熱い。


「そろそろ露天の方行かない?」


 はきはきした声で提案するレイ。


 私としてはこの桜湯で十分満足だ。

 しかし、露天風呂も気にならないことはない。屋外で入浴という、日頃はできない体験をできる機会というのは、大切にしたいものである。


 だから私は頷いた。

 行きましょう、と。



 それから、私はレイと、露天風呂へ向かった。


 浴場内にあるガラスの扉を開けるとそこは屋外。六月にもかかわらず、空気はひんやりしている。六宮や芦途などよりかやや高い位置にある在藻の夜は、こんなものなのかもしれない。


「さ、寒めですね……」


 ほんの数十秒前まで熱い湯に浸かっていたのもあってか、肌寒く、真っ直ぐに歩けない。千鳥足のようになってしまう。

 先に行くレイは、浴槽へ入ってから私を見上げる。


「沙羅ちゃん大丈夫ー?」

「は、はい」

「酔っぱらいみたいになってるよ?」

「すみません……」


 頼りない足取りで何とか浴槽へ入る。すると、全身を温かな湯気が包んだ。


 そこへやって来るエリナとモルテリア。


「気が早いわね、レイ」

「……さむい……」


 二人も浴槽へ入ってきた。


 エリナは縁にもたれて、魅力的な脚を伸ばす。そして、暗い空を見上げる。

 一方モルテリアは、レイの方までちゃぷちゃぷと泳いできた。


「……あったか、あったか……」

「モル。あまり泳いじゃ駄目だよ?」

「……うん。あったかい……」


 当たり前に分かっていたことではあるが、モルテリアの返答はやはり少々ずれていた。途中までは良かっただけに惜しい。


 その時、急にエリナが声を出す。


「ナギー! いるのー?」


 すると、浴槽の端にある仕切りの向こう側から、ナギの声が飛んでくる。


「何すかーっ? 今やっと武田さんが膝まで浸けたとこなんすよ! ちょっと待ってほしいっす!」


 どうやら、結構近いらしい。もしかしたらどこかが繋がっているのかもしれない。


「覗く気満々なのでしょう? なんなら、来ても良いわよ!」


 クスクス笑うエリナ。

 傍で聞いていたレイが「それはさすがに」と止めようとする。しかしエリナは続ける。


「隠れて覗くくらいなら、堂々と来なさい!」


 なんということを言うのか。

 そんな風に思っていると、仕切りの向こう側からまた声が飛んでくる。


「覗くわけないっしょ! 俺、そんなヤバい奴じゃないっすよ!」

「あら、そうなの」

「そうっすよ! それにほら! 覗いたりしたら俺、武田さんに殺されるから! 沙羅ちゃんいるっしょ!? いや、今既に睨まれてるから!」


 漫画ではないのだから、いくらナギでも、風呂を覗きなどしないだろう。

 私は内心そう思った。


「今日は武田もいるのよね? ナギ」

「イエス! いるっすよ!」

「沙羅を覗きたいか聞いてみて」


 ……なんということを。

 エリナの妙なノリに私はついていけない。


「オッケーっす!」


 ナギは元気よく返事した。


 それから数秒して、ナギは言ってくる。


「そんなことを聞かないで下さい。らしいっすよ!」


 まっとうな返しだ。

 小中学生なんかのお年頃の男子ならともかく、大人の武田がそんなノリに乗っていくわけがない。


 そう思っていたところ、ナギの大きな声が聞こえてくる。


「あー! 武田さん赤くなってる! もしかして沙羅ちゃんのこと想像し……って、痛い! 痛いっすよ!」


 何やら騒々しい。


 そんな中、ふと見上げた暗い空には、いくつもの星が煌めいていた。空気が澄んでいることが分かる。


「……綺麗な空」


 私は一人ぽそりと呟きながら、露天風呂を堪能するのだった。



「いやー、いい湯だったっすねー!」


 入浴を終え合流するなり、ナギが元気よく言う。敢えて言うほどのこともない、いつものことだが、ナギは声が大きい。


「そうね」


 あっさりと答えるエリナ。

 するとナギは妙なテンションで彼女に飛びつく。


「風呂上がりのエリナさん、いいっすね! ほかほかっす!」


 エリナの胴に腕を絡め、肩に頬擦りするナギ。行動がかなりおかしい。


「触らないで」

「えー? どうしてっすか?」

「締め上げるわよ」

「あ……すいません」


 今日の夕方辺りから完全にテンションがおかしいナギだが、エリナに恐ろしい言葉を放たれると、ほんの少し普通に戻った。


 先頭には、エリナと彼女に絡むナギ。その後ろをレイとモルテリア。そして最後は私と武田。その順で旅館内の廊下を歩いていく。


「ところでエリナさん! エリミナーレ解散は、もう、なしっすよね!?」


 ナギはまたしても解散に関する話題を振る。

 またか、と一瞬思った。しかし、「いや、必要な話だな」と、すぐに心を変える。エリナが持つエリミナーレ解散の意思をこの旅行中に変えなくてはならないのだと思い出したからだ。


 既に二日目の夜。

 つまり、もうあまり時間がない。

 ナギが無理矢理その件について話し出したのには、そういう理由もあることだろう。彼としては今日中にエリナの心を動かしておきたいはずだ。


「ありよ」

「ちょ、なんでっ!?」

「解散はする。そう言ったはずだけれど」


 廊下を歩きながら「解散は決定事項」と心を変えないエリナ。彼女の口調は落ち着いていた。だが、その表情はどこか暗い。


「なんでなんすかっ!?」

「私にはもう背負えないわ。何も」


 エリナは前だけを見据え、淡々とした足取りで歩いていく。私はその背中を黙って眺めていた。


「じゃあ俺が背負うっすよ!」


 ナギがキッパリと言いきった瞬間、エリナは足を止めた。

 彼女の大人びた顔は、驚きと戸惑いの混じった色に染まっている。大きなことをさぞ簡単そうに言ってのけるナギを訝しむような表情でもある。


「責任も、他のものも、全部俺が背負う! それで、エリナさんの身は俺が護るっす!」


 前を行っていたエリナが急に立ち止まったため、つまづきそうになりながらも、何とか止まったレイとモルテリア。二人はキョトンとした顔をしている。


「エリナさんは何もしなくていい! それなら解散止めてくれるっすか!?」

「……できないわ。そんなのは無責任よ」

「何もしなくていいんすよ!? 何も背負う必要ないんすよ!?」


 ナギは半泣きのようになりながら続ける。


「だから、エリミナーレ解散だけは勘弁して下さいよ!」


 彼の必死の訴えに、エリナは言葉を失う。さすがの彼女も、目の前で強く訴えられては心を揺すぶられるようだ。


「頼むっす! エリミナーレ解散は、なしの方向で!」


 頭を下げるナギを見つめる、エリナの茶色い瞳は揺れていた。

 決して揺るがなかった彼女が持つ解散の意思は、今、間違いなく揺らぎ始めている。それは、ナギの言葉や行動が真剣そのものだったからに違いない。


 エリナの瞳は嘘を見抜く。

 真実だけを捉える瞳だ。

 だから、今のナギの言動が心からのものだと、彼女は理解していることだろう。


 私はそんなナギとエリナの様子を見守りながら、心の中で小さく願った。


 ——ナギの、みんなの、想いがエリナへ伝わりますように。

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