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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
温泉旅行編
152/161

151話 「温泉を堪能したい」

 私と武田は、足湯カフェでゆったりと昼食をとった。

 武田は照り焼きチキンカツサンドイッチ、私はおにぎりセット。お互いのものも食べてみたため、サンドイッチも食べたが、なかなか美味しかった。


「あのカツサンド、美味しかったですね」

「そうだな。脂身だけが口に入った時には焦ったが」

「脂身お嫌いなんですか?」

「あまり好みではない」


 左右に和風の建物が並ぶ石畳の道を私たち二人は歩く。集合場所へと向かうためだ。


 歩き出して十分ほど経った頃、武田が唐突に口を開く。


「それにしても今日は、よく晴れているな」


 スーツをきっちり着ているのもあってか、武田の額には汗の粒が浮かんでいる。彼は何度か手の甲で拭っていたが、それでも暑そうだ。


 その時になって私は、武田の様子がおかしいことに気づく。

 今の武田はどことなく疲れた顔つきをしている。それに加え、足取りが重い。歩きにくそうだ。そして更に、呼吸が早まっている。


 私は足を止め、ついに質問した。


「武田さん、少し休みますか?」


 彼に無理はしてほしくない。純粋にそう思うからだ。


「いきなり何を言い出すんだ、さらぼっくり」


 前振りもなく尋ねたものだから、武田は私の問いの意図が分からなかったらしい。首を傾げている。


「体調が悪そうだったので」


 私が簡単に説明すると、彼は独り言のように「なるほど」と呟く。


「心配ない、少々暑かっただけだ。それより、もうすぐ集合時間だ。急がなくては」


 言いながら、武田はまた手の甲で額の汗を拭う。

 いつもは鋭い視線を放っている細い目も、今はぼんやりとしていて、力を感じられない。若干視点が定まらないような感じだ。


「やっぱり辛そうですよ。どこかお店にでも入って、休憩しましょう」

「いや、駄目だ。集合時間に遅れ……」

「体の方が大事ですっ!」


 自身の体調を考慮せず集合時間ばかり気にしている武田に苛立ち、私は口調を強めた。

 しかし、口調を強めた理由は苛立ったからだけではない。本当は、大好きな彼に対して、こんな言い方をしたくはない。だが仕方ないのだ。こうでもしないと武田は頷かないから。



 それから私と武田は近くの茶屋へ入り、休憩した。淡々煎餅や餡蜜、抹茶ラテなどを注文し、飲み食いする。

 私はレイへ電話をかけ事情を話す。そして、最後に「店を出る時にまた連絡します」と添えて、通話を終える。


 そうこうしている間に、武田の体調はみるみる回復してきた。顔つきも普段と変わらないくらいに戻っている。強い日差しにやられてしまったのだろうな、と私は思った。今日は妙に眩しかったので、体調を崩すのも仕方ない。


 武田の体調がかなり回復したのを確認してから、レイに知らせ、茶屋を出た。


 だいぶ寛いでしまったせいで、集合時刻はとっくに過ぎてしまっている。けれども、武田が元気になったので、一旦休んで正解だったと思う。


 再び石畳の道を歩き出した頃、私たちを見下ろす空は、切ないくらい綺麗な夕焼けだった。

 赤く染まる空の下、私たちは集合場所へと向かう。


 繋いだ手の温もりに癒やされながら。



 夜、私は大浴場へ向かった。

 昨夜は部屋で入浴したが、今夜は温泉へ行くことにしたのである。


 理由の一つは、武田が「温泉に入る」と張りきっていたこと。もう一つの理由は、せっかく在藻温泉へ来たのだから、温泉を堪能したいということ。

 この二つに尽きる。


「今日は沙羅ちゃんも入るんだね。一緒に入れて嬉しいよ。あたし、温泉大好きだから」

「温泉、お好きなんですね」

「うん。沙羅ちゃんは? あまり好きじゃない?」


 私は少し考えて返す。


「熱いお湯がちょっと苦手で」


 するとレイは「そっか」と笑う。私の大好きな、彼女特有の爽やかな笑みだった。



 脱衣室に一歩踏み込んだ瞬間、温かな湯気が私を包む。とにかく湿気が凄い。真夏だったらずっとはいられないだろうな、と思ったくらいだ。


「モル、脱いだ服はまとめて置いておくのよ」

「……うん」

「お菓子は持ち込んじゃ駄目。そこへ置いておきなさい」

「お腹空く……」

「そんなに長時間入らないわ。だから出るまでお菓子は禁止!」


 エリナとモルテリアの会話がなぜか妙に面白く感じられて、私はクスッと笑ってしまう。しかし聞こえていなかったらしく、誰にも何も言われなかった。



 こうして、いよいよ浴場へと入っていく。


 そこは、私の想像を遥かに越える広さだった。しかも綺麗である。

 タイルの床は滑りそうなほど磨かれ、天井は高く、様々な大きさや形の湯船が並んでいる。まるでテーマパークのようだ。


「す、凄いっ……!」


 私は思わず感嘆の声をあげる。

 すると隣にいたレイが、ふふっ、と愉快そうに頬を緩める。


「沙羅ちゃんは今日が初めてだもんね」

「色々ありますね……!」

「軽く体流して、それから全部巡ろうか。楽しいよね。しかも体にも良いらしいし」


 歩き出すと、束ねていない青い髪がさらさらと揺れる。真っ直ぐな背筋に、私は暫し見とれてしまった。



 その後。

 体や髪をシャワーで洗い、好きな湯船へ直行するエリナとモルテリア。片手の包帯を濡らすわけにいかずもたもたしていた私は、二人よりかなり遅れた。


 エリナは『美肌』と書かれた看板のついた小さめの湯船に浸かっている。腕や脚を伸ばし、まるで温泉番組の撮影かのような優雅さで、湯を堪能していた。髪を上にまとめていることによって見える首筋からは、健全な色気を感じる。

 しかし、『美肌』という湯船へ直行するのは恥ずかしくないのだろうか……。


 一方モルテリアはというと、上から細く湯が流れてくる滝のようなエリアにいた。ここだけは湯船が浅く、湯船らしからぬ形態だ。

 彼女はちょうど上からの湯が当たる位置に立ち、びくともせず、修行僧のように湯を浴び続けている。


「沙羅ちゃん! もうどこか入った?」


 大浴場内にレイの声が響く。彼女のよく通る声が、なおさら大きく聞こえた。


「まだです。今洗い終わったところで」

「じゃあこことかどうかな」

「桜湯……ですか?」


 レイが指し示したのは、かなり大きい湯船。

 白い湯に桜の花弁が浮いていて、いかにも女性に人気がありそうな雰囲気だ。


「せっかくだし浸かってみようよ」

「桜って、季節外れですね」

「それは言っちゃ駄目だよ!?」


 まぁ確かにそうかもしれないが……。

 しかし、六月に桜というのは、どうも違和感を覚えずにはいられない。もう少し六月らしい風呂でも良いと思うのだが。


 けれども、入ってしまえば違和感は気にならなかった。それどころか、桜餅のような香りの湯気が頬を撫で、穏やかな気持ちにしてくれる。


「後で露天も行こうね、沙羅ちゃん」

「はい。でも寒そうです……」

「平気平気! お湯が凄く温かくて気持ちいいよ」


 レイに言われると、「そうなのかも」という気がした。

 私は、ひんやりする中で温かな湯に浸かることを、想像してみる。すると、非常に幸せな気持ちになれた。

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