150話 「舞い」
レイはキーホルダーを買いに雑貨屋へ。モルテリアは淡々煎餅を買いに日本建築風の店へ。エリナとナギは道へ残された。
そんな二人は今、凄まじく冷ややかな空気に包まれている。
「何を言い出すの……」
驚きに目を見開きながらエリナは呟く。
こんなことになった原因は、ひとえに、ナギが「エリナのことが好き」といった主旨の発言をしたことだ。
「わけが分からないわ。こんな冗談、笑えない」
「俺は本気っすよ」
「ナギ、いい加減にして。つまらない冗談は止めてちょうだい」
エリナが冷ややかな声で突き放すような発言をすると、ナギは彼女の腕を掴んだ。
「だから、これは本気なんすよ」
「離して!」
鋭く叫び、ナギの手を払うエリナ。彼女は敵を見るような鋭い目つきでナギを見ていた。
さすがのナギも、強く手を払われては、引くしかない。
「……すいません。出すぎた真似してしまったっすね」
ナギは金に染めた三つ編みを指でいじりながら謝る。
指を動かしながらという一見不真面目そうな謝り方。しかし、その声色は落ち着いていて、真剣そのものだ。
らしくなく真面目に謝るナギを目にし、エリナは、「言い過ぎた」といった顔をする。だが彼女のことだ、素直に謝れるはずもない。一応謝罪しようという心はあったようだが、言葉にはできず、視線を逸らしてしまう。
そんなエリナを見て、どこか寂しそうに笑うナギ。
「あーえっと、今のはただの俺の気持ちなんで。言わせてくれただけで嬉しかったっすよ」
しん、と静まり返る。
あまり人の多い場所ではないが、人通りがまったくないわけではない。だから、過ぎ行く人の足音や話し声は確かに響いている。
けれどもこの時、エリナとナギだけは静寂の中にいた。深海のような、宇宙のような、静寂の中に。
どのくらい時間が経っただろう。
長い沈黙を破り、ナギが口を開く。
「エリナさん、さっきはいきなりあんなことしてすいませんでした」
「……もういいわ。過ぎたことよ、今回だけは忘れてあげる」
エリナは申し訳なさそうな顔をしながらも上から目線で返した。
それから数秒して、ナギは話を変える。
「ところでエリナさん。エリミナーレ解散、マジなんすか?」
「えぇ。そのつもり」
「どうして続けないんすか?」
「これ以上活動を続けることに意味を感じないからよ。何度も言わせないで」
「本当にそれだけっすか?」
ナギの真剣な問いに、エリナは黙り込む。眉を寄せ、考えるような顔をする。何かを言うべきか否か迷っているような、そんな顔だ。
「……疲れたの」
やがてそう漏らしたのはエリナ。
「ただ一つ、ずっと見据えてきた復讐は、終わってしまった。私にはもう何もない」
エリナはポケットから一枚の写真を取り出す。それは、白い女性——保科瑞穂の写った写真だった。
「誓いは果たした。けれども、それは私の生きる理由をなくしてしまった。もう……」
瞳を潤ませるエリナの手から写真を奪うナギ。
「ちょ、ちょっと。何を?」
「こんなのもう要らないんすよ!」
ナギは強く言い放ち、一瞬にして瑞穂の写真を縦に裂いた。真っ二つになった写真をズボンのポケットに突っ込むナギを見て、エリナは声を荒らげる。
「なっ。いきなり何をするの!?」
「没収しとくっす」
「返しなさい! それは私と瑞穂の」
「だから没収しとくんすよ」
ナギは妙に真剣な顔。
そのことに気づいたエリナは、違和感を覚えてか、声を荒らげるのを止めた。少ししてから、彼女は改めて尋ねる。
「どういうつもりなの?」
ようやくエリナとナギの視線が交わる。
「エリナさん、もう過去に縛られるのは止めた方がいいっすよ。そんなに良い容姿を持ってるんすよ? 男に愛されない人生を選ぶなんて損じゃないっすか」
真剣な顔のまま口を動かすナギを見て、エリナは不思議なものを見たような表情を浮かべる。
「あの武田さんですら、人を愛することを覚えたんすよ? エリナさんもそろそろ……」
「無理よ」
首を左右に一度振り、キッパリと返すエリナ。
「無理に決まっているわ」
絶対、というような言い方である。
「何で? エリナさんは美人じゃないっすか。何で?」
「中高時代のあだ名は鬼。大学時代のあだ名は鉄。社会に出てからは高圧的な女と罵られた。これで私の言いたいことは分かるでしょう」
「気がきついってことっすか?」
「……敢えて言うのね」
はっきり答えを言われ、不満げに漏らすエリナ。
しかし彼女はすぐに気を取り直し、続ける。
「まぁいいわ。とにかく、そういうわけだから。私に男遊びなんて無——っ!?」
エリナが話し終わるのを待たず、ナギは彼女を抱き締める。
意図が分からない、といった顔をするエリナ。だが彼女は、抵抗はしなかった。本当は既に、ナギに心を許していたからかもしれない。
「俺じゃ駄目?」
ナギは上目遣いでエリナの心を揺さぶろうと試みる。
「……そんな目で私を見ないでちょうだい」
「やっぱり、俺じゃ駄目なんすか?」
「あぁ、もう! 分かったわよ!」
上目遣いに負け、エリナはそう言った。
「一応言っておくけれど、私、そんなに若くないわよ。それでも良いと言うのね?」
「もちろん! ドーンと来い!」
「ならいいわ。本当に良いのね?」
「もちろんっすよ!!」
ナギは躊躇いなく答えてから、太陽のように明るい笑顔でガッツポーズをとる。
そして雄叫び。
「よっしゃ、キター!」
全身から喜びを溢れさせるナギを、呆れ顔で見つめるエリナ。
「やった、やった、やったー! キタッ、キタッ、キター! よっしゃ、よっしゃ、よっしゃしゃーっ!」
謎の歌と共に歓喜の舞を披露するナギ。軽やかにステップを踏み、瑞々しい笑顔で、全身全動作から喜びを表現する。
「やった、やった、やったー! キタッ、キタッ、キター! よっしゃ、よっしゃ、よっしゃしゃーっ! やったたー、やったたー! キタッター、キタッター! よっしゃよっしゃよっ、しゃー! よっしゃよっしゃキタァー!」
ちょうどそこへ、レイとモルテリアが戻ってきた。
「えっと、これは何の騒ぎ?」
「……ナギ、故障した……」
満面の笑みで激しく躍り狂うナギを目にした二人は、場の状況についていけず、ただただ戸惑うばかりだった。