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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
温泉旅行編
149/161

148話 「足湯カフェ」

 旅行二日目のお昼前。

 私が着替えて部屋の外へ出ると、扉のすぐ近くに武田が立っていた。


「準備できたか」


 彼はいつも通り黒スーツを着用している。そのきっちりとした着こなしは、もはや、さすがとしか言い様がない。

 それに比べて私は、七分袖のブラウスに膝丈のフレアスカートという、目立たない服装だ。スーツの似合う凛々しい武田に相応しい格好とは思えなが、この程度しかないので仕方がない。


「はい。できました」

「夕方に集合することになったのでな、それまでは自由行動だ」


 自由行動って……。

 時折思うのだが、彼の言葉選びは本当に謎が多い。特に旅行のことに関しては。


「ところで、さらぼっくり」


 唐突に切り出す武田。

 さらぼっくり呼びには慣れてきたが、唐突に話しかけられるとつい癖で言葉を詰まらせてしまう。最近は、心の準備さえできていればちゃんと話せるのだが。


「そのスカート丈、少々短くはないだろうか」

「えっ。そうですか」


 私は正直驚いた。というのも、武田がそんなところを見ているなんて思いもしなかったから。


「その程度の長さが普通なのか?」


 軽く首を傾げながら尋ねてくる武田。

 その表情から邪な感情は微塵も感じられない。純粋に、知りたい、といった表情をしている。


「普通かどうかは分かりませんけど……。私はこのくらいのスカート、わりと持ってます」

「なるほど、そういうものなのだな。私はスカートを穿いたことがないので分からなかった」


 いやいや。

 穿いたことがあったら逆に驚きだろう。


「さらぼっくりといると、新たな発見がたくさんだ」


 武田は頬を緩めつつ、こちらへ片手を差し出してくる。今まで何度も目にした光景だが、いつ見ても新鮮な感じがするから、不思議なものだ。


 嬉しそうな彼の顔を見ていると、私も段々嬉しくなって、自然と笑みをこぼしてしまった。

 二人揃ってニヤニヤしているなど、端から見れば完全に不審者コンビである。けれどそれが私たちの幸せの形だとしたら、悪くはないと思う。


 そんなことで、私と武田は、早速出掛けることにした。



 旅館から出た瞬間、快晴の空から降り注ぐ太陽の光に目を細める。武田の陰に潜んでいても眩しいと感じるほどの強い日差しだ。目を痛めそうである。

 しかし、気温は低め。六月には似合わない、ひんやりとした空気が印象的だ。


 そんな中、歩くこと数分。足湯カフェへ到着する。


「ここですか?」


 ロッジのような木造の建物で、『足湯カフェ・アッシュ』と描かれた大きな看板が掲げてある。「足湯だけにアッシュ……?」と、余計なことを考えてしまった。


「あぁ。予約は済ませている」

「用意周到ですね」

「もちろん。万全だ」


 武田は胸の前でグッと拳を握り頷く。その顔は自信に満ち溢れていた。


「では行こう」

「はいっ」


 張りきるあまり早足になる武田。私はその黒い背中を懸命に追う。


 木造の建物の中へ入ると、極めてお洒落な空間が広がっていた。コーヒー店を彷彿とさせる大人びた店内は趣がある。派手さこそないが、私の目には非常に魅力的に映った。


「何名様ですか?」

「二名。予約済み、武田で」


 なぜそこで倒置法なのか……。


「あっ、はーい! エリミナーレの武田さんですね、お待ちしておりましたー」


 店員の女性が元気に言うと、店内にいた客の視線が一気にこちらへ向く。おじいさんからお姉さん、女子会やカップルなど、色々な立場の者がいるが、誰もがこちらを凝視している。


 席へ案内されるまでの間に、小声で武田に聞いてみる。


「凄く見られてません……?」


 すると彼は、思いの外、淡々とした調子で返す。


「エリミナーレと言ったからだろうな」


 確かに店員の女性はエリミナーレという言葉を言った。だが、果たして本当にそれが、これほど注目されている理由だろうか。とてもそうとは思えない。


「それだけでここまで注目されますかね……」

「エリミナーレの武田、といえばここらではわりと有名だ」

「そうなんですか?」

「あぁ。以前一度仕事で来たことがあってな——」


 ちょうどその辺りで、席にたどり着く。二人席だ。テーブルの下に四角い桶が設置されており、透明のお湯がなみなみと入っていた。


 店員の女性はテーブルにメニューと水を置き去っていく。


 私は靴を脱ぎ、素足を、テーブル下の四角い桶へと入れ——た、その瞬間。私は「熱っ!」と声を出してしまった。

 またしても、周囲からの視線の雨が降り注ぐ。あまりに注目されるものだから、恥ずかしくなり、「すみません」と小さく頭を下げる。


 よし、気を取り直して。


 私はわざとらしくメニューを見て言う。


「武田さん、何注文します?」


 しかし返事がない。

 私はメニューに向いていた視線を武田へと移す。すると彼の様子がおかしいことに気づく。


「……武田さん?」

「…………」

「どうしたんですか?」

「……あ、いや」


 何やら様子がおかしい。昨夜温泉へ行く直前と同じような表情だ。


「もしかして、浸けるのが怖いんですか?」

「……実は」

「なら早く言って下さいよ!」

「す、すまん」


 テーブルの上に置かれた彼の手を掴み、励ます。


「はい! これで頑張って下さい!」


 十歳以上年上で、しかもとうに三十を越えた大人を、こんな風に励ます日が来るとは夢にも思わなかった。


「よし。ゆっくり入れてみる」

「はい」


 武田は爪先を、ゆっくりと、四角い桶に近づける。水面に触れた瞬間僅かに動きが止まったが、すぐに再び動き出し、見事足を湯に入れることができた。

 やはり昨夜の練習は無駄ではなかったようだ。


「意外と熱いな」

「大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない。ほどよい熱さだ」


 確かに、と思う。

 というのも、湯に浸かっているのは膝から下のみなのに、全身がポカポカしてきているように感じるのだ。

 最初のうちは冷えた足先がじんわりと温まるだけだった。しかし、時間の経過とともに、他の部分にも温もりを感じるようになってきている。


「じんわり温まりますね」

「あぁ」

「ところで、何を注文します?」


 私は開いたメニューを武田へ差し出す。彼は口に水を含みながら応じる。


「昼食でいいか?」

「はい。あ、サンドイッチとか美味しそうじゃないですか? サーモンとアボカドとか、照り焼きチキンカツとか、トマトチーズとかありますよ」


 メニューの写真を指差しながら話す。


「どうします?」

「難しいな。ええと……」

「ガッツリ系ですか? それとも軽め?」

「さらぼっくりに合わせよう」

「合わせなくて大丈夫ですよ。武田さんが食べたいので」


 武田は再び口に水を含み、大袈裟にゴクンと飲み込む。それから、少々言いにくそうな顔をして、控えめに答える。


「……では、ガッツリ系にしよう」

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