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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
温泉旅行編
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146話 「彼女の背負うもの」

 目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。視界は一面白、汚れのない清潔な天井である。蛍光灯がついているため室内は明るい。しかし静かだ。

 意識は戻ったもののまだ体が重たい。だから私は、目を開けたり閉じたりしながら、しばらくぼんやりしていた。

 動かした手足の感覚で、床が畳の和室だということだけは分かる。しかし、それ以外はよく分からなかった。



 そうして数分くらい経った頃、誰かが声をかけてくる。


「沙羅。目が覚めたようね」

「……エリナさん?」

「そうよ。特に異常はなさそうね」


 首を少し動かすと、エリナの姿が見えた。桜色の長い髪がよく目立つ。


「今は何時ですか?」

「午前五時。まだ早朝よ」

「皆さんは……?」


 武田やレイはどうしているだろう。意識が戻ってくるにつれ、心配になった。重傷ではないだろうが、無傷でもない。


「レイは足首を捻っていたから、軽く手当てを済ませて、今は眠っているわ。隣の部屋でね。ナギとモルが見張っているわよ」

「そうなんですね。良かった……」


 私が半ば無意識に安堵の溜め息を漏らすと、エリナはクスッと笑う。


「随分心配症ね」

「は、はい」

「どうせなら、他人のことより自分のことを心配しなさいよ」

「すみません……」


 謝るほかなかった。


 確かに、自分の心配をした方が良いのかもしれない。

 だが、どうしても、武田やレイのことの方が心配になってしまうのだ。大切な人だから、である。


「貴女、武田を助けようと男に挑んだそうじゃない」


 少し沈黙があってから、エリナが唐突に口を開いた。

 赤い口紅を塗った、まさに大人の女性といった雰囲気の唇が、非常に魅力的だ。良い意味で情熱的である。


「腕の傷、それで負ったのでしょう?」

「は、はい……」


 正直少し恥ずかしい。

 体術や射撃ができるわけでもなく、特別賢いわけでもない無力な私だ。武田を助ける、なんて完全に笑い話である。

 もちろん、あの瞬間は本気だった。しかし今冷静な状態で考えると、馬鹿げているとしか思えない。


「随分な度胸ね、武田を助ける側になろうなんて」


 恥ずかしいので、あまり言わないでほしい……。


「ちょっとやそっとでやられるほど脆い武田じゃないって、貴女なら分かっているでしょう。それなのに彼を助けようとしたのは、恋人だから?」


 うっ。そこに繋げてくるか。

 これはエリナと一番話したくない話題だ。


「恋人だからなの?」

「……それも、ありますけど」


 多分、それだけではない。


「武田さんには何度も助けてもらいました。だからたまには私が武田さんを助けないと、と思って」


 恩返しに近い感覚かもしれない。

 立て籠もり事件の時、初めて助けてもらった。それからエリミナーレに入って、更に何度も助けてもらった。だから、せめて一度くらい彼を助けたいと思ったのだ。


 ……結局たいして上手くいかなかったわけだが。


「武田さん、大丈夫だといいですけど」


 そう言うと、エリナに笑われた。


「沙羅、貴女、本当に人の心配ばかりね。自分も怪我しているというのに」

「あっ……、すみません」

「謝らないでちょうだい。そんな意味で言ったわけじゃないわよ」


 そうだったんだ。

 私はエリナの穏やかな顔を見て安堵の溜め息を漏らす。今の発言は、どうやら、嫌みではなかったようだ。


 すると、エリナは一度深呼吸をする。そして言葉を放つ。


「……それにしても。このタイミングで襲撃、なんてね」


 意外にも、彼女の表情は憂いを帯びていた。予想していなかった流れに内心驚く。


「きっと神様はエリミナーレ解散を促そうとしているんだわ」


 神様、なんて言葉はエリナには似合わない。彼女は「我こそが神」といった感じの人間だから。

 

 こんなことで解散の意を固められてしまっては困る。何とか解散しない方向へ持っていかなくてはならないのだ。

 だから私は言った。


「そんなことないですよ! 昨夜の事件は多分、エリミナーレの結束を固めるための試練に違いないです!」


 これは苦しい。かなり苦しい言い分だ。しかし、エリナを気を逸らすためになんとか頑張らねば。


「だから、神様は解散を促そうとなんてしてませんよ!」

「……随分必死ね」


 冷ややかな目で見られた。

 何とも形容し難い気分である。


「変えようとしても無駄よ。エリミナーレは解散する」

「そんな。どうして……」

「決まっているでしょう。もう目的は果たされた、これ以上皆を危険な目に遭わせる理由はない」


 エリナは淡々とした調子で話すが、その表情はどこか切なげだ。本当は彼女もみんなとの別れを寂しく思っているのかもしれない——私はそんな風に感じた。


「……でも、犯罪がなくなるわけではありませんよね。これからは純粋に治安維持のための組織にすれば……良いのでは?」


 私は一応提案してみる。

 無能な私が偉そうに言うのも何だが、エリナの心を変えられる可能性がまったくないことはないと思うからだ。

 しかし、エリナは頑なな態度を取り続ける。


「今まで危険なことを引き受けてきたのは、目的があったからよ。もうこんなこと、ごめんだわ」

「でも、みんな……」

「もう止めてちょうだい!」


 ついにエリナは叫んだ。

 強く鋭く、しかし悲しさを含んだ、そんな声である。彼女の心を映す鏡のような声だ。


 私は解散を止めさせようと何度もしつこく言ってしまったことを、心から後悔した。彼女が背負っている重い荷物のことなど微塵も考慮せずに発言してしまうとは、なんて未熟者なのだろう。


「……とにかく、この話は止めましょう。おかしな空気にして悪かったわね」


 エリナは桜色の長い髪を掻き上げ、はぁ、と溜め息を漏らす。そして、扉の方へと歩き出してしまう。

 スライド式の和風な扉を開け、エリナは部屋から出ていってしまった。



 室内に一人ぼっちになってしまった。

 私一人が過ごすには広い部屋だ。しんとしていて何だか寂しい。寂しさを紛らすには眠ってしまえば良いのだが、都合よく眠れそうにもなく、どうしようもない状況だ。

 取り敢えず上半身を起こしてみることにした。


「……っ!」


 起き上がろうと床についた腕に痛みが走った。その瞬間になって、怪我していることを思い出す。

 すっかり失念してしまっていた。

 しかし動けないほどの痛みではないので、上半身を起こすことは簡単にできる。


「和室……」


 周囲を見回し確認する。

 畳が敷かれた平凡な和室で、窓はない。扉は先ほどエリナが出ていったスライド式のものが一つ。私が寝ている布団以外、ほとんど何もない。

 殺風景な部屋だ。もしかしたら客室ではないのかもしれない。



「沙羅。起きているか?」


 私が室内を見回していると、突然、扉の向こう側から武田の声が聞こえてきた。身構えていなかったため、心臓がバクンと鳴る。しかし私は平静を装い、「はい」と返事をした。

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