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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
温泉旅行編
145/161

144話 「目覚め」

 レイは目にも留まらぬ速さでニット帽へ駆け寄り、右手で片腕を掴み、強く捻り上げる。想像を越えるレイの素早さに、青ざめるニット帽。


「くっ、女のくせに……! なぜ強い……!」

「エリミナーレだからだよ」


 ニット帽は一瞬怯えたような顔をした。

 しかし、すぐに気を取り直し、レイの空いている左腕を掴む。力でなら男性の方が有利——普通ならそうだ。


 けれどもこの場面に限ってはそうではない。

 なぜなら、レイだからだ。


「ふっ!」


 レイはニット帽の脛を払うように蹴る。彼女は、痛みによってニット帽の手の力が緩んだところを逃さず、左腕を抜く。そして逆にニット帽の腕を掴む。これでニット帽は両腕を動かせなくなった。

 そこから、捻りをかけつつ投げるレイ。受け身を取ることすらできなかったニット帽は、畳の床に強く叩きつけられ、すぐには起き上がれない。


「アカン。これはヤバいわ……」


 呟いたのは私が壁に押さえ付けているサングラス。彼はあまり抵抗する気がないらしく、ほとんど動かない。


 これは余裕でいける。

 そう思った瞬間、武田が鋭く叫ぶ。


「レイ! 油断するな!」

「え?」

「下だ!」


 私も武田が言うまで気づかなかったが、ニット帽がレイの右足首を掴んでいたのだ。しかも両手でがっちりと。


「お姉チャン、詰めが甘いんじゃないですかー?」


 レイは右足を動かすが、両手でがっちり握られてしまっているため動けない。


「おりゃっ!」

「あっ」


 足首を無理に引っ張られ、レイは転倒してしまう。即座に立ち上がろうとするレイだったが、ニット帽に上に乗られ身動きが取れなくなった。レスリングのような体勢になっている。


「よっしゃ、上とった!」

「レイさんっ!!」


 ニット帽はレイを床に押さえ付け、彼女の背を踏みにじる。足の裏と膝を定期的に変え、レイの背中をまんべんなく痛めつけていく。

 レイが苦痛の声を漏らしても、ニット帽は決して止めない。むしろ興奮気味に目が爛々と輝く。


「おらあっ!」

「くうっ……」


 ニット帽は大きく叫びながら、レイの腰を蹴った。痛みに顔を歪めながらも、レイは隙をみてなんとか抜け出す。


「何をしている! 情けない!」


 憤慨する武田。


「分かってるよ!」

「沙羅はあれだけ頑張ったんだ! お前が不覚を取ってどうする!」

「分かってるって! すぐ片付けるから!」


 言い終わるや否や、レイはニット帽の顔面に開いた手のひらをぶち当てる。そして、ニット帽の視界が戻るより早く、右から左から、何度も蹴りを入れた。バランスを崩すニット帽。レイは尻餅をつきかけた彼を持ち上げ、一気に落とす。


「ぎゃっ!」


 ニット帽は、情けない声を出し、床に伸びた。

 床は畳なのでさほど痛くはないものかと思っていたが、今回の一撃は結構なダメージを与えられたようだ。過剰防衛になるような重傷を負っていないか若干心配だが、レイのことだから加減はしているだろう。


「はいっ!」


 うなじの辺りで一つにまとめた青い髪が揺れる。


「次は武田の方?」

「いや、沙羅の方に行け!」

「オッケー!」


 レイはこちらへ駆け寄ってくる。私のすぐ横まで来ると、彼女は微笑んで、「よく頑張ったね」と褒めてくれた。

 なぜか妙に胸が高鳴る。

 ……いや、落ち着け。今はレイにときめいている場合ではない。


「ひっ、ひぃっ。何や!」


 レイの接近に怯えるサングラス。彼は三人の中で最も気が弱いようで、既に戦意を喪失している。


「頼むから投げ飛ばすのは勘弁して! 痛いのは嫌いやねん!」

「沙羅ちゃんに乱暴しないでくれてありがと。ま、警察には引き渡すけど」

「そんなぁ。また父ちゃんに鞭打ちされるやん……」


 何を言い出すのやら。

 サングラスの発言はたまに笑いそうになるので危険だ。



 ——その時。


 ガン、と何かが壁にぶつかるような音が鳴った。私もレイも、同時に、音がした方へ視線を向ける。そうして視界に入ってきた光景に、私は愕然とした。

 武田が壁に押し付けられていたからだ。左肩を手で押され、喉元には果物ナイフを突きつけられている。


「あー、なるほどなぁ。肩痛めてんのか」

「……それがどうした」

「さっきまでと違って、顔がひきつってるぜ」


 水玉マスクは武田の肩の傷に気がついているようだ。

 あれは私を庇って銃弾を受けた傷。結局また私のせいで武田が苦しむ。そう思うと、私はまた憂鬱な気分になってくる。


「テメェ、調子こきすぎなんだよ」

「……っ」


 左肩を手で押され、顔をしかめる武田。


「受け答えがムカつくから、テメェだけはしばいてやる」

「……好きにしろ」

「そういうところがうぜぇんだよ!」


 調子に乗っている水玉マスクは、武田の頬をビンタする。

 しかし武田は何も言い返さなかった。一言も発さない。研がれた刃のような鋭い視線を向けるだけだ。


「武田さんっ……」


 私は不安に駆られ、半ば無意識に呟いていた。

 治りきっていない傷を責められ、刃を向けられ、それでも何も言わない武田が心配で堪らない。


「情けない男だな、テメェはよ。あの女に偉そうなことを言っておきながら、自分の方がよろよろじゃねぇか」

「…………」

「まずはお前を再起不能にして、それから京極を探しに行くぜ。京極のお嬢様を捕まえりゃ、いくらでも金を巻き上げられる」

「…………」

「おい! 何か言えよ! ま、無理か。かなり痛そうだもんな」


 少しの沈黙。室内が静寂に包まれる。


 それから数十秒くらいして、武田は小さく言う。


「……レイ。沙羅を頼む」


 予想外の発言に戸惑いを隠せないレイ。


「沙羅を連れて逃げろ」

「何を言い出すの!?」

「私は、足を引っ張る」

「待ってて、今助けるから……」


 立ち上がりかけたレイに、武田は、「来るな!」と叫んだ。数秒してから彼は、「沙羅を一人にするのが嫌」という理由を付け加える。


「叫ぶ元気がまだあるんじゃねぇか!」


 水玉マスクは武田の腹部に蹴りを入れる。

 いかにも痛そうな蹴りだ。

 やはり私のせい——、そんな嫌なことが脳裏に浮かんできた。私は不幸を呼び寄せる。平和な時間さえ、悲しみに染めてしまう。


「どうする? 沙羅ちゃん。逃げる?」


 レイが尋ねてくる。


 私はその問いに頷かなかった。

 逃げてはいけない。いや、もう逃げない。


「……助けます」


 もうこれ以上、彼を苦しませたくないから。

 武田は多分何も言わない。どんな苦しい目に遭っても、私に恨み言を吐いたりはしないだろう。

 だが、それに甘える私ではいたくない。


「助けないと」

「えっ……?」

「武田さんを助けないと!」


 心は決まった。

 今ならきっとできる。大丈夫。

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