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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
温泉旅行編
143/161

142話 「誰に向かって言っている」

 布団の中を何かが動くような、カサッという小さな音で目が覚めた。

 室内は暗く、何も見えない。


「……っ!?」


 少しして、驚く。私の布団の中に武田の体があったからだ。

 よく見ると彼は起きているようだった。最初は寝惚けて寄ってきたのかと思ったが、意識があるようなので、寝惚けているのではなさそうである。

 だからといって、いかがわしい理由で近づいてきている感じもない。


「これは?」

「……極力話さず、じっとしていろ」


 短くそう言った武田の顔つきは険しかった。鋭い目つきに、つり上がった眉。戦闘中のような、固い面持ちである。


 彼の言葉に従い黙ると、室内の空気が普通ではないことに気がつく。肌を刺すようなピリピリした空気に包まれている。


「……何事ですか?」


 一つの布団に二人で潜り込んだかなり狭く息苦しい体勢のまま、私は武田に尋ねた。数十秒前に目覚めたばかりの私は、まだ状況が飲み込めていないのだ。


 すると彼は、低く小さな声で、「怪しい物音がする」と教えてくれた。


「物音……ですか」

「聞いてみろ」


 はい、と頷き耳をすます。すると、意識を集中させなくては聞こえないくらいの、小さな話し声が耳に入ってきた。三人くらいの話し声で、恐らく、この客室の前辺りから聞こえてくるものと思われる。


「他の泊まっている方では?」


 夜中とはいえ、廊下を誰も歩かないという保証はない。宿泊客数名が移動しているという可能性もおおいにある。なので、廊下から話し声が聞こえるだけで「怪しい」と判断するのは、やや早計ではないか。

 私はそう考えていたのだが、武田から「数十分この調子だ」と聞いたことで、段々、本当に怪しい者かもしれないと思ってきた。


「どうしましょう?」

「取り敢えずレイを起こそうかと思う」

「私の方が近いので起こしてみましょうか」

「あぁ、そうだな。よろしく頼……」


 武田が言い終わる直前、突如、部屋の入り口付近からガンガンと大きな音がした。夜の静寂を揺らす荒々しい音に、私は思わず身を縮める。


「……まずいな、これは」


 いよいよ起き上がる武田。

 布団から出た彼の顔つきは、間違いなく戦闘時のそれだった。


 直後。

 またしても、ガァン、と音が響く。


「これは……?」

「沙羅。レイを起こしてくれ」

「は、はい」


 続けてガチャガチャッと音が鳴る。鍵穴に太めの針金を突っ込みでもしたような、先ほどまでとは違った音。


 それを耳にした瞬間、私は身の危険を感じた。何者かが入ってくるかもしれない、と本能的に感じたからだろう。

 私はすぐに、隣で眠るレイを起こそうと試みる。腕や脇腹をトントンと叩いたり、彼女の名を呼んでみたりしたが、レイはなかなか起きない。

 その間も鍵穴を弄るような音は鳴り続ける。


「レイさんっ……」


 可能なら大声で起こしたいものだが、それは無理だ。あまり大きな声を出すわけにはいかない。

 そこで私は、両手で彼女の片腕を掴み、大きく揺すぶってみる。すると、よく眠っていたレイもさすがにこれには気がついたらしく、目を開け、「何?」と漏らす。


「まだ夜じゃ……」

「起きれますか? 不審な音が」

「不審な音? 沙羅ちゃん、それ多分夢だよ……」


 呑気なことを言うレイ。

 彼女の意識はまだ完全には戻っていないようだ。半分寝ていると言っても過言ではない状態である。



 その時。ガタッ、と低くも大きな音が室内に響く。


 扉が開いたのだろうか……。


 それと同時にパタパタと足音が聞こえた。


 入り口と、私たちが寝ている部屋の間は、一枚の襖で仕切られている。なので、仮に誰かが侵入してきたとしても、襖を開けるまで姿は見えない。

 だから今も、誰が入ってきたのかは分からない。けれども、数人はいるということだけは、気配で分かる。

 私が彼女の目を覚まさせようとして、揺らしたり小声で呼んでいると、武田が唐突に「沙羅、やはりもういい」と言ってきた。


「でも」

「騒ぎになれば起きるはずだ。それまで私がやる」

「そんな。怪我が治りきっていないのに……!」


 せっかく温泉旅行でゆっくりできると思っていたのに、なんてアンラッキーなのだろう。

 私が不運を引き寄せたのだろうか——。

 ついマイナス思考になってしまう私に、武田は淡々とした調子で言う。


「恋人だからな、沙羅。必ず護る」


 いやいや。恋人になる前から護ってくれていたではないか。

 脳に突っ込みが浮かんできたが、この緊迫した空気の中で言うのは駄目だと思い、言葉を飲み込む。


 既に立ち上がっている武田は、威嚇するような険しい顔で待ち構える。



 刹那、襖が開く。

 そこに立っていたのは、いかにも怪しい二十代くらいの男性三人組だった。

 虹色のニット帽、顔の半分ほどある巨大サングラス、赤と緑の水玉柄のマスク。それぞれ個性的なアイテムを着用している。想像を絶するカラフルさに、私はしばらく何も言えなかった。


「何をしに来た。それに、戸は閉めていたはずだが」


 武田は三人組を睨みながら、静かな低音で尋ねる。今の武田は、柔らかい表情の時とは別人のような顔つきだ。


 すると、ニット帽が軽い調子で述べる。


「スミマセーン。京極さんて、いらっしゃいますかー?」


 ……京極さん?

 エリナのことだろうか。


「ここにはいないが」


 不審者と対峙しても、武田は心を乱さない。夜中の湖のように静かな瞳で、ニット帽を凝視している。

 ちょっとやそっとで動じないところはさすがだ。


「あ、じゃあどこにいるー?」

「そんなことを教えると思うか」


 武田がキッパリ言い放つと、赤と緑の水玉マスクを着用した男が、どすの利いた声で吐く。


「勘違いすんなよ?」

「その言葉、そのまま返す」

「ぐっ……クソがっ!」


 淡々と言い返され苛立ったマスクは、ついに果物ナイフを取り出す。

 私は怖くて思わず布団に潜り込んでしまった。隙間から様子を見つつ、恐怖によって荒れた呼吸を整える。


「刺されたくなけりゃ、とっとと答えろってんだ!」

「誰に向かって言っている」

「あぁ!? 調子こいてんじゃねぇぞ!」


 どすの利いた声はマスク越しでもしっかり聞こえる。


「答えられねぇってことは! ここに隠してるんじゃねぇのかよ!」


 なんと悪い言葉遣い。


「黙ってんじゃねぇよ、おっさん!」


 果物ナイフを持った水玉マスクが武田に接近していく。怒りで興奮しているのか、男の瞳は大きく見開かれていた。


「何か言えってんだ!」

「誰に向かって言っている」

「ぐっ……テメェ! 馬鹿にしてると痛い目に遭うぞ!」


 真正面から果物ナイフを向けられても武田の表情は揺れない。刃で彼を動揺させるなど不可能だ。


「私が誰か、知らないのか」

「知るかよ! 京極出せ!」

「そうか、知らないか。まぁ……仕方ない。ニュースには滅多に出ないからな」


 武田は少し残念そうだった。



 ——次の瞬間。

 水玉マスクが果物ナイフを突き出す。武田は咄嗟にその手首を掴む。尋常でない武田の反応速度に、水玉マスクは顔をひきつらせた。


 怪我が治りきっていなくても、武田はやはり早い。彼の戦闘能力が常人の域を越えていることに変わりはなかった。

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