140話 「豪華な料理の一番星」
到着したのは、いかにも旅館といった感じの和室だった。
先ほどの部屋と同じく、中央にちゃぶ台がぽつんと置かれている以外は何もない。だが殺風景だとは感じない。きっちりと整頓されていて、広々としているので、むしろ好印象だ。しかも、部屋の角や畳の隙間——部屋中どこにも、埃は見当たらない。
私たちは、早速、壁に添うように荷物を置く。
布団はまだ敷かれていないので、全力でゴロゴロできそうだ。……もちろん、そんなことはしないが。
夕食まではまだ時間があるので、少しでも寛ごうと、壁にもたれて足を投げ出す。埃一つない清潔な室内は居心地が最高で、ついついだらしない格好をしてしまう。
私がそんな風に寛いでいると、武田が隣に座り込んできた。五十センチメートルほど離れていて、しかもなぜか体操座りだ。
どうせ隣に座るなら、もっと近くに座れば良いのに。
「これを覚えているか?」
そう言って武田が差し出したのは、カニのピンバッジ。水族館へ行った時に、私が買って、彼に贈ったものである。
まだ持っていたとは少々意外だ。
「カニのピンバッジ!」
「沙羅が私にくれた大切な贈り物だ。確かお前も持っているんだったな。持ってきたか?」
「あ、はい」
「今まで特に意識したことはなかったが、お揃いというのは良いものだな。最近になって良さにようやく気がついた」
親子、兄弟姉妹、親友、恋人——いずれにしても、好意を抱いている者とお揃いというのは、嬉しいものだ。
いや、中には進んでお揃いにはしたくないという者もいるかもしれない。けれども、お揃いに対し激怒する者はいないはずである。
「特別感がありますよね」
私は笑みを浮かべて返した。
武田が人間的な感情を抱いてくれて嬉しい。
「あぁ。沙羅となら、特に嬉しい」
満足そうに頷く武田を見て、私は心から「良かった」と思った。
ちょうどその時、ふと、一つのことを思い出す。
「そういえば武田さん。瑞穂さんの写真はどうなさったんですか?」
あれ以来一度も見かけていないことに今さら気がついたのだ。
「瑞穂さんの写真?」
私の問いに、武田は首を傾げた。
「はい。武田さん、持ってましたよね。あれはどうなったんでしたっけ」
武田は黙り込む。少しして、思い出したように述べる。
「……あぁ、誓いの写真のことか」
「誓い?」
「そうだ。必ずや仇を。その誓いを忘れないために、とエリナさんに渡された」
だが、と彼は続ける。
「壊れた車と一緒に廃棄されたと思われる。だがどのみちもう要らないものだ、処分されても困らないがな」
どうやら狙撃によって壊れた車と共になくなってしまったようだ。
お気に入りだったわけではないにしても長年持っていた物がなくなったら多少は落ち込むものかと思っていた。しかし武田は案外けろりとしている。どうも気にしていないようだ。
何も考えていないような武田の様子を目にし、まぁいいか、と思ってしまう私だった。
そして、八時頃。
エリミナーレ全員で、広間へ向かった。
「宴会場みたいですね」
「あぁ。そんなイメージだな」
三十人入っても余裕がありそうなくらいの広いだ。こんなに広い部屋をエリミナーレの六人で使えるのだから、この上なく贅沢である。
「どこに座るか迷いますね」
「もちろん隣同士だろう」
「いや、そうじゃなくて」
説明するのは面倒臭いため、私はそこで言葉を切った。結果、得体の知れない突っ込みのような感じになってしまったが、それに関して武田は何も言わない。だから私も、それ以上は触れなかった。
エリナやナギが着席してから、私たちはその近くに腰を下ろす。
「……お腹、空いた……」
「モル、もう少し我慢してちょうだいね」
「栄養……失調なる……」
モルテリアはお腹を空かせてすっかり弱ってしまっている。とはいえ、さすがに栄養失調になることはないと思うが。
エリナは空腹で弱ってしまったモルテリアの頭を優しく撫でる。モルテリアの気を紛らわせようとしているのだろう。
「大丈夫よ。栄養失調になんてならないわ」
「お腹、空いた……!」
「分かった分かった。落ち着いてちょうだい。もうすぐだから」
誰かの世話をしているエリナは、完全に母親に見える。
「あー。俺も撫で撫でされたいっすわー」
「野宿が嫌なら黙っていなさい」
「……はい。野宿は嫌っす」
私はエリナら三人の会話を、ぼんやりしながら聞いていた。
そうこうしているうちに、料理が運ばれてくる。白や赤に輝く刺身盛り合わせに、野菜を和えた和風のサラダ。食への執着がさほどない私ですら、色とりどりの料理から目が離せなくなる。
「す、凄い……!」
半ば無意識に漏らしてしまっていた。
「とっても綺麗だね」
「はい! レイさん」
「こんな豪華な食事していいのかなって思ってしまうよ」
「豪華ですよね。結構な量ありそうなので、食べきれるか少し心配です」
どれも美味しそうなのだが、私には多いかもしれない。
「それじゃ、全員で」
エリナの号令で、全員揃って、「いただきます」と言った。小学校の給食の時間を彷彿とさせる光景である。
しかし、次の瞬間には、そんなことは脳から吹き飛んだ。
挨拶をするや否や、凄い勢いで食べ始めるモルテリアを見てしまったからである。
気迫が凄まじく、いつものようにゆったりとした咀嚼ではない。私の目では捉えられないくらいの速度で、目の前に並んだ料理を食らいつくしていく。私が食べる速度の三倍くらいの早さはある。
「……美味しい……」
彼女はそれを何度も繰り返し、ひたすら食べ続けた。白ご飯は何度もお代わりする。空腹になっていたせいか、獣のごとき食べぶりだ。
そして、あっという間に自分の分を平らげてしまった。
「……なくなった」
「あらあら。完食が早いわね、モル」
焼いた鯛の身を箸で口に運びながら笑うエリナ。
「いやー、凄い食べっぷりっすね! モルちゃん!」
「……美味しかった」
「どれが一番好みだったっすか?」
「…………」
モルテリアは考えている。
「やっぱ鯛? それとも刺身? あるいはサラダっすか?」
「…………」
まだモルテリアは考えている。
「モルちゃん甘いものが好きだったっすよね。えーと、じゃ、麩団子とか?」
「…………」
やはりモルテリアは考えている。
ナギの問いには答えない。それどころか、何も発することをしない。
「えーと、それじゃないなら……」
眉を寄せるナギ。自分から話を振ったがゆえに終わらせることができず、困っているのだろう。
それから待つこと数分、モルテリアの翡翠のような瞳が大きく開く。
「米……!」
白ご飯、ということだろうか。
これほど贅沢な料理の中で一番美味しかったのがご飯とは、かなり衝撃だ。茶碗蒸しや煮物などもあったというのに。
「ま、マジっすか……」
ナギは驚き戸惑った顔をしていた。
モルテリアの答えに衝撃を受けたのは、どうやら、私だけではないらしい。




