139話 「部屋割り」
ひとまず全員客室の中に入る。
エリナの話によれば、この部屋は三人用なので、もう一部屋確保してあるらしい。ただ、誰がどの部屋というのは決まっていない。なので一旦ここで話し合うようだ。
「その辺に適当に座って。部屋割りをさっと決めましょう」
エリナはちゃぶ台の近くに座ると、そう言った。こういう時に主導権を握ってくれるのは、積極的に入っていくのが苦手な私からすると、非常に助かる。
私はレイに手を引かれ、ちゃぶ台から少し離れた壁の辺りへ座った。後をついてきていた武田も、私のすぐ隣へ腰を下ろす。レイと武田に挟まれ、妙な狭苦しさを感じた。
その頃になって、部屋の奥からモルテリアが出てくる。
「……来てた」
「モル、待たせて悪かったわね」
「ううん……。下で、お土産……買ってた」
よく見ると、彼女の手には大量の紙袋が持たれていた。すべての紙袋がこれ以上入りきらないくらいに膨らんでいて、凄まじい量のお土産を買ったということが一目で分かる。
「あら、そうなの。下のお土産屋、色々ありそうだったものね。楽しめて何より」
「うん……!」
モルテリアは満ち足りた顔をしていた。色々と買い物ができて幸せだったのだろう。
「三人三人に別れることになるけれど、どうする?」
言い終わるや否や、ナギがバッと手を挙げる。それから、凄まじい勢いで、「俺、エリナさんと一緒がいいっす!」と言い放つ。
「いいっすか?いいっすか!?」
追い討ちをかけるようにしつこく続けるナギ。
今時小学生の席替えでももう少し慎みがあるはずだ。
「あ、モルちゃんも一緒にどうっすか?」
「……ナギは、嫌……」
「酷っ! 可愛いから誘ったのに!」
「……そこが、嫌……」
はっきりと断られたナギは、一度がっくりを肩を落とす。しかし、すぐに気を取り直し、エリナに向き直る。
「エリナさんは嫌とか言わないっすよね?」
「貴方と同室なんてお断りよ」
「があぁん! ショック! マジっすか!」
頭を抱えるナギを見て、ニヤリと笑うエリナ。彼女はしばらくしてから、「冗談よ」と付け加えた。
「……え? 今、何て……」
「冗談だと言ったの。いいわよ、同室でも」
暫し目をぱちぱちさせていたナギだったが、やがて、明るい顔になる。
「よっしゃあ! キターッ!」
ガッツポーズをし、盛大に歓喜の声をあげるナギ。実年齢に不相応な言動が、まるで幼い子どものようだ。
これは以前も思ったことだが、またしても、「彼が一般企業に就職していたらどんなことになっていたのだろう……」と思ってしまった。エリミナーレでなければ、悪い意味で幼稚な人認定されていたに違いない。
「よっしゃあっ! ひゅーっ! キター!」
「……ナギうるさい」
嬉しさのあまりか激しく騒ぐナギを、じっと見つめるモルテリア。小さめの口を真一文字に結び、翡翠のような丸い目を細めている。若干苛立っているようだ。
そんなモルテリアの苛立ちを素早く察したエリナは、鋭く、「静かに」と注意する。
だが、ナギの暴走は止まらない。
「熱ーい夜を過ごせそうっすね、エリナさん!」
……そして、エリナはついに怒りを露わにした。
「騒ぐなと言っているでしょうっ!」
情けない悲鳴をあげてしまいそうなくらい恐ろしい怒声が、室内の空気を揺らす。
だが今回の場合は、エリナが悪いとは言えない。注意されているにもかかわらず騒ぎ続けていたナギに非があるのは、誰の目にも明らかだ。
「いいわね? 次余計なことを言ったら、貴方は野宿よ!」
「え、えぇっ。そんなぁ……」
「当然でしょう。空気を乱す者にみんなと過ごす資格はないわ」
「そりゃ酷すぎっすわ……」
怒って厳しいことを言うエリナと、怒られてすっかり落ち込んでしまったナギ。このようなシーンは、もう数十回は見たことがある気がする。もはや定番の流れだ。
「モル、私たちの方でも構わないかしら」
「……その方が、いい……?」
「無理にとは言わないわ。でも、そうしてもらえると助かるの」
モルテリアは少し考え、小さく「分かった」と返した。多少嫌なことでも、エリナに言われれば従うようだ。それを思えば、モルテリアは案外従順な質なのかもしれない。
一旦話を終え、エリナはようやく私たちの方を見る。
「武田とレイは沙羅と同じ部屋。それで良いかしら?」
エリナは落ち着いた口調で確認する。それに対し、武田とレイは素早く頷く。
「もちろんだ」
「喜んで!」
レイは返事をしてから、私の顔を見て笑いかけてくる。
今日もいつもと変わらぬ爽やかな笑みだ。快晴の空のような、曇りはなく眩しい笑顔。見習いたいくらい魅力的である。
「二人を頼むわよ。レイ」
「えっ。二人、ですか?」
「沙羅と、武田も。よろしくね」
「あ、なるほど。分かりました」
武田は負傷しているから、ということなのだろう。
確かに、今の武田はまだ、十分には動けない。あれから二週間以上経ち、かなり回復してきているとはいえ、普段通りとはいかないのだ。
もし何かがあった時に武田では対処しきれないかもしれない。それを考慮して、エリナはレイに「二人を頼む」と言ったのだろう。
……あくまで推測だが。
部屋割りが決まったところで、私たち三人はもう一つの部屋へ移動することとなった。エリナから部屋の鍵を受け取り、荷物を持って、移動する。
「夕食の時間に呼びに行くわね」
見送りに出てきてくれたエリナは、手を振りながらそう言った。
廊下を歩いていると、武田が唐突に話しかけてくる。
「沙羅、楽しみだな」
「部屋ですか?」
「いや。それもだが、夜を過ごすのが楽しみだ」
夜を過ごす……?
戸惑っていると、彼は続ける。
「枕投げをしたり、恋の話をしたりするのだろう? 楽しみだな」
修学旅行レベル……。
いや、それが悪いとは言わないが。
だがこの年で枕投げはないだろう。それは思う。




