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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編
135/161

134話 「うっかりに注意」

 エリナは見事に話を逸らした。

 ……いや、逸らしたと言うと聞こえが悪いかもしれない。変えた、という方がいいだろうか。とにかく、話題を変えることで空気を変えたのだ。


 もちろん、全員の気を逸らせたわけではない。レイはまだ何か言いたげな顔をしているし、武田も難しい顔だ。しかし、ナギとモルテリアは、既に旅行の方に夢中である。


「いいっすね! 温泉! あ、でも何で温泉なんすか?」

「体の不調に良いらしいわ」

「最高っすね!」


 そこへすかさず口を挟むのはモルテリア。


「……料理、あり?」

「もちろん。ちゃんとした旅館よ」

「旅館……!」


 エリナの返答を聞き、モルテリアは紅潮する。多くの言葉は発さないが、凄く嬉しそうだ。喜びの感情が体全体から溢れている。


「……行く」


 ててて、と小鳥のようにエリナへ寄っていくモルテリア。

 その頭を優しく撫でつつ、エリナは視線を私たちの方へ向ける。


「それじゃ。このメンバーでの恐らく最後のイベント、楽しみましょう」

「待って下さい! 旅行はいいですけど、解散は納得できません!」

「レイ。黙って」


 そう言い放ったエリナの表情は、非常に鋭く、冷ややかなものだった。背筋が凍りつくような目つきである。


「私も悩んで決めたのよ。決定事項でないとは言ったけれど、恐らくもう変わりはしないわ。余程のことがない限り、ね」

「そんなことを急に言われても困ります!」

「だから今すぐにとは言っていないでしょう。方向性の話よ」

「けど……!」


 さらに何か言おうとしたレイを、ナギが制止する。


「止めといた方がいいっすよ」

「ナギだって!」

「今言い争っても、無駄に体力消耗するだけっすよ」


 ナギは妙に冷静だった。

 そんな彼がレイに「旅行中に説得するから」と耳打ちしたのは、私以外、誰も気づいていないようだ。

 レイから二メートルほどしか離れていない私がぎりぎり聞こえるくらいの小声だったので、気づかないのも理解はできる。それに、ほんの一瞬のことだったので、見逃してしまったとしてもおかしくはない。


「分かったよ」


 レイはナギの声かけによって、これ以上の発言を控えた。

 凛々しい顔にはまだ何か言いたげな色は残っている。しかし、それ以降、エリミナーレ解散の件については何も言わなかった。彼女も子どもではない。

 ただ、言いたいことを言えない辛さは多少理解できるので、レイが可哀想な気はした。


「ところでエリナさん。在藻温泉へはどうやって行くんすか? 電車とか? バス?」


 重い空気を払拭すべく、話題を旅行へ戻すナギ。今日に始まったことではないが、彼の空気を変える能力はそこそこなものだ。彼は、重苦しい空気になった時には欠かせない存在である。


「車をレンタルするつもりでいるわ」

「そうなんすか! そういや、エリミナーレの車は、この前壊れちゃったっすもんねー」


 眩しいくらいの笑顔でエリナと接するナギ。まるで少年のような活発な言動——彼は今日も平常運転だ。


「えぇ。買い直すには時間が足りないのよね」


 エリナは足を組んだ座り方のまま、顔に垂れてきた一房の髪を片手で払う。それから、大袈裟に溜め息を漏らした。


「まさか壊されるとは思わなかったわ」

「狙撃してくるとか、誰も予想してなかったっすからね。でも、それによる負傷者はいなくて良かったっすよー。ね? 沙羅ちゃん!」


 ナギはいきなり、私に話を振ってきた。予測していなかったため、「は、はい」と返事するのが精一杯だった。


 そういえば私、あの時も足を引っ張ったな……。


 その時、ソファに腰掛けていた武田が、唐突に口を開く。


「沙羅、体調不良か?」

「え」

「暗い顔をしているが、どうした?」


 どうやら私を心配してくれているらしい。彼とてまだ本調子ではないだろうに、私の心配をしてくれるとは、実に優しい人だと思う。


「不安があるのか?」


 全員が揃っている場所であからさまに心配されるというのは少し恥ずかしかった。

 エリナやみんなの目があるので嬉しさを表すわけにもいかない。なので、私は黙って首を左右に振った。赤面してしまっていたらどうしよう、と思いながら。


「沙羅ちゃん、大丈夫?」


 やっと武田の問いに答えたと思ったら、今度はレイが聞いてきた。今日はやたらと心配される日だ。……もっとも、ありがたいことではあるのだが。


「はい。少し考え事をしていただけです」

「そうなんだ。良かった良かった」

「心配させてすみません」

「ううん。あたしが勝手に心配したんだよ。気にしないで!」


 やはりレイは話しやすい。

 なぜだろう——上手く言えないのだが、彼女が相手だと言葉が自然と口から出る。


「待ってくれ、沙羅。なぜレイとは話すんだ」


 ソファに座っている武田は、なにやら不満げな様子。

 どうしたのだろう。


「武田さん?」

「私には首を振るだけだったのに、レイとは言葉を交わす。なぜだ」

「え、えっと……」

「私はお前の恋人だ。もっと積極的に、何でも話してほしい」


 今日の武田は押しが強い。妙である。


「遠慮しなくていい。もっと気楽に話して——」


「止めなさい、武田」


 武田の勢いに圧倒され、「どうしよう」と困っていたところ、エリナの声が割って入ってきてくれた。ある意味救世主かもしれない。


「恋人なのなら、ちゃんと相手の顔を見なさい。沙羅が困っているでしょう?」

「あ……」

「誰しも言えないことはあるものよ。それに、沙羅は大人しいタイプでしょう? 恋人になったからといって、いきなり積極的になんて、できるわけがないわ」

「……確かに。その通りです」


 エリナに真剣な顔で注意された武田は、小さくなってしまう。大きい体なのに、凄く小さく見えた。


「自分の望みを押し付けるのは駄目よ。そんなことをしていたら、すぐに捨てられるわ」

「……そんな」

「さよならって言われるわよ。いいの?」

「……嫌です。沙羅がいない世界など、地獄でしかない」


 今、さらっと凄いこと言った……?


「大人なのだから、相手を尊重しなさい。いいわね?」

「……分かりました」


 武田はすっかり落ち込んでしまっていた。


 そんな彼を可哀想に思った私は、ソファへ近づいていく。慰めてあげたいと思ったのだ。


「そんな顔をしないで下さい。大丈夫ですよ、武田さん。私はいなくなったりしませんから」


 ずっと好きだったのだ、自ら彼のもとを離れるわけがない。


「沙羅、すまない……。私は自分勝手だった……」

「大丈夫です。気にしないで下さい」

「……優しいな、さらぼっくりは」


 その刹那、レイとナギがほぼ同時に、「さらぼっくり!?」と驚く。私は焦ったが、当の武田は冷静に、「聞き間違いだろう」と返していた。


 やらかしても淡々としていられる武田を少し尊敬した——のは、私だけの秘密。

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