133話 「同じ思いを抱く者たち」
二週間ぶりにエリミナーレのみんなに会える。考えるだけで胸が弾み、足取りは軽くなっていく。空はやや曇り気味だが、私の心はいつになく快晴だ。
この道の先にあるかもしれない困難など、今の私にとってはどうでもいいこと。今はただ、みんなに会えるという事実が、この心を照らしている。
「おっ! 沙羅ちゃんじゃないっすか!」
六宮駅の改札口でばったりナギに出会った。
タンクトップにパーカー、膝丈のズボン。ナギの格好は非常にラフなものだったが、髪だけはちゃんと三つ編みにしてある。
「おはよっす!」
彼は相変わらず元気だ。挨拶もテンションが高い。
私は普通に返す。
「おはようございます」
武田だったら良かったのに、と少し思った。ただ、ナギでも、一人でいるよりかはいい気がする。一人より二人の方が、何か起きた時に安心だ。
「いやー、久々っすね」
「ナギさんも家に?」
「先週なんで、沙羅ちゃんよりは短い休みだったっすけどね。……あ。そーだ!」
何か思い出したようなナギに首を傾げていると、彼は尋ねてきた。
「武田さんとは進んだんすか?」
「メールとかしてますよ」
「そうなんすか。なんというか、初々しいっすね」
「初々しい、ですか?」
自覚がなかったので、内心驚いた。
確かに私も武田も恋愛に詳しくはない。慣れてもいない。ただ、初々しいなどと言われる年代は、とうに過ぎている。
だから余計に驚きだったのだ。
「初々しいっすよ! しかも健全。いいっすね!」
「ありがとうございます」
よく分からないが褒めてくれているようなので、私は一応、礼を述べておく。
それから私たちは、事務所までの道のりを、隣り合って歩いた。ナギの格好がラフなので、まるで遊びに来たかのような気分になってくる。
「ぽかぽかしますね」
「もう少ししたら夏っすからねー」
思えば、もう春も終わりだ。日差しが強くなりつつあるのは、夏の兆しなのかもしれない。
「旅行、楽しみっすね!」
「え?」
「あ、そっか。沙羅ちゃんは初っすもんね」
私はまだ一周目。
だから、まだ知らないことがたくさんあるのだろう。
「毎年六月頃になると、旅行があるんっすよ」
「そうなんですか。どこへ?」
「例年は観光地とかだったっすけど……今年はどうなるんすかねー。そもそも旅行があるかもまだ分からない状況だし、どうなることやら、っすわ」
ナギは、若干黒の混じった金の頭を、意味もなく掻いていた。掻き方を見た感じ痒いから掻いているのではなさそうなので、恐らく、癖か何かなのだろう。
「どうなることやら、なんですか?」
私が何げなく質問すると、ナギは困り顔で答える。
「そうなんすよ。っていうのもね?エリナさんがエリミナーレをなくすとか言い出して」
「えっ!?」
やはりそっちだったのか。
違ってほしかった方が正解だったとは。私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「俺、頑張って説得してるんすけど、なかなか上手くいかないんすよね。エリナさん『エリミナーレの役目は終わった』の一点張りなんすよ」
そう話す彼の表情を見ていると、わりと真剣に困っているということが、ひしひしと伝わってきた。
「どうすりゃいいんすかねー」
「エリミナーレがなくなるなんて……私は嫌です」
「そりゃ俺もっすよ! 可愛い女性陣に囲まれて働けるこんな良い職場、滅多にないっすから!」
調子を強めるナギは、妙に真剣な顔つきをしていた。
周囲の女性というのは、彼にとっては、そのくらい重要なものなのかもしれない。もっとも、私にはいまいち理解できないのだが。
ただ、エリミナーレを大切に思う心は彼も同じなのだと知ることができたのは、有意義だったと思う。
一時間後。
私を含むエリミナーレのメンバー全員が、事務所のリビングに集まっていた。集合の時特有の引き締まった空気は、休業明けでも変わらず健在だった。
エリナはいつもの席に腰掛け、足を組み、相変わらずの調子である。
「……さて。まずは、お久しぶり。休業中の期間は有意義に過ごせたかしら」
レイはすっかり元気になっており、普段通りパンツスーツを着こなしている。長い脚、スレンダーな体形、ピンと伸びた背筋。抜けは一切なく、完璧だ。
「はい!」
爽やかな声は、短い返事であっても良い印象を与える。
「それなら良かった。……じゃ、本題に入るわね」
口紅の塗られた唇の端を僅かに持ち上げ、色気のある大人びた笑みを浮かべるエリナ。
「私としては、これを機に、エリミナーレを解散するつもりでいるの。宰次への復讐は終わったもの、これ以上危険なことを続ける気はないわ」
エリナの口調に迷いはない。ここまで迷いのない真っ直ぐな声で述べられるのは、彼女の中でもう決まっているからだろう。
これを説得するのは難しいな、と密かに思った。
だが、説得が難しいから、と諦めるわけにはいかない。エリナ以外、誰も、エリミナーレを辞めたがってはいないのだから。
「待って下さい、エリナさん。そんなこと、勝手に決められては困ります……!」
「レイ。嫌ね、そんな顔しないで。安心していいわ。次の就職先はちゃんと」
「あたしたちはエリミナーレにいたいんです。みんなで一緒に働きたい。それはきっと、みんな同じ思いです!」
レイが躊躇いなくハッキリと言い放つ。するとナギがそこへ乗っていく。
「ほら、エリナさん。やっぱ俺だけじゃないっしょ!? 他にもここにいたい人いるじゃないっすか!」
「……うん。みんなで……」
日頃は無口なモルテリアまで乗っかってきた。口はもぐもぐしているが、表情はいたって真面目である。
「あぁ。皆と共にありたい」
武田まで。
ちなみに彼は、ソファに座っている。体が治りきっていないことを考慮してなのかもしれない。
「ほら! 武田さんもモルちゃんも言ってるじゃないっすか!」
ナギはエリナの方へ歩み寄り、彼女の手をとる。
「だから解散はナシ! それが賢明っすよ」
「どさくさに紛れて触るんじゃないわよ!」
エリナの手をいきなり掴んだナギは、鋭い言葉と共に、手をパシンと叩かれていた。
さすがはエリナ。遠慮がない。
「とにかく!」
彼女は手を合わせ、「静かに」と言わんばかりに、二回ほど音を鳴らした。
それから、唇を動かす。
「決定事項ではないけれど、その方向で進めるわ。ということで、これがエリミナーレでの最後の活動になるかもしれないわね」
「……新しい仕事ですか?」
レイが真剣さのある怪訝な顔で尋ねると、エリナはふっと、いたずらな笑みをこぼした。
「いいえ。社員旅行よ」
その瞬間、ナギとモルテリアの視線がエリナへと集中する。二人はそれぞれ、いつになく瞳を輝かせていた。
モルテリアの狙いは、恐らく、美味しい食事だろうが——ナギの狙いは不明だ。
「マジっすか! え、どこ? どこ行くんすか!?」
旅行に興味津々のナギ。
彼はエリミナーレ解散の件など忘れてしまったかのようだ。今や旅行のことに夢中である。
そんなナギを目にし、エリナは呆れたように溜め息を漏らす。数秒してから、彼女は気を取り直して、告げた。
「在藻温泉よ」