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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編
133/161

132話 「エリミナーレ休業」

 武田と病室でクッキーを食べ、連絡先を交換し、別れて事務所へ帰りかけたちょうどその時に、エリナからの電話。それによって私は「今から二週間、エリミナーレは休業する」ということを知った。

 二週間も休みなら、と自宅へ帰ることに決めたが、散らかしてきた荷物もあるので一旦事務所へ帰る。


 そして翌日の午後、電車に乗って自宅へ帰った。

 一人で電車に乗るのは凄く久々な気がする。座席のしっかりしていながらも弾力のある感触が懐かしく、つい手のひらで撫でてしまった。どこにでもある特別さなど微塵もない座席なのに、今は妙に愛おしい。


 私は席に座ってほっとしてから、鞄の中の携帯電話を取り出す。


【家に帰ります。 沙羅】


 極めて短い用件だけのメールを書き、武田へ送る。画面に表示された「送信完了」の文字が目に映ると、胸が熱くなる。


 こんなことを言えばダサいと笑われるかもしれないが——大切な人とやり取りするのに、実は憧れていたのだ。

 携帯電話を閉じ、わざとらしく鞄にしまう。電車に揺られながら窓の外に広がる空を眺め、返信を待つ。


 数分後、携帯電話についた小さなランプが点灯し始めた。返信の合図だ。私は平静を装いつつ確認する。


【気をつけて。 武田】


 予想外の短いメールだったが、それでも心は弾む。武田が私のために時間を使ってくれているのだ、嬉しくないわけがない。


【ありがとうございます。今、御陰(おかげ)です。 沙羅】


 どうでもいいことだが、一応返信しておいた。

 その間にも電車は進んでいく。駅は遠ざかり、風景は流れ、目的地である自宅へと向かう——。



 久しぶりに帰宅した私は、母親と二人で、まったりとした時間を過ごした。

 テレビを見る、母の手料理を食べる、浴槽に浸かりぼんやりする。あらゆる行為が懐かしく、それでいて新鮮に感じられるから、不思議だ。


 一ヶ月以上共同生活を送ってきたエリミナーレの面々に会えないのは少し寂しい。けれども、武田とは連絡できるし、レイとも電話で話せる。だから、そこまで困ることはなかった。


 今はただひたすらに休もう、と私は決めた。


 いつか再び来る、エリミナーレとして働く日に向けて、心身を休ませることが大切だと思ったからだ。ぐっすり眠り、楽しいことをして、美味しいものを食べて。二週間後また頑張れるよう、今は準備をしておくのだ。



 ——それから二週間。


 久々の集合が明日に迫った日の夕刻。武田から唐突に電話がかかってきた。


『さらぼっくり、明日は大丈夫か? 事務所まで一人で来れそうか?』


 さらぼっくり呼びは健在らしい。……もっとも、そこはあまり肝心なところではないが。


「はい、大丈夫です。あ。そういえば武田さん、もう退院なさったんでしたっけ?」

『あぁ。これからしばらくは通いだな』

「退院の日、会いに行けなくてすみませんでした」

『気にするな。お前はゆっくりしていればいいんだ』


 一呼吸おいて、武田は続ける。


『明日会えるのを楽しみにしている。たくさん抱き締めたい』

「あ……えっと、誰もいない時でお願いします」

『そうだな。時間があれば、で我慢する』


 ふふっ、と笑う武田。電話越しに声を聞くだけで、彼の笑みをイメージすることができた。柔らかいあの笑みを、である。


 恐らく今彼は、幸せに満ちた表情をしていることだろう。

 私と同じように。


『そうだ。新日本新聞の昨日の夕刊、見たか? 宰次のことが載っていたんだが』

「えっ! 見てないです。うち、新日本新聞じゃないので……」


 宰次のことなどすっかり失念していた。しばらくそういったこととは無縁の生活を送っていたからだろう。


『そうなのか、それは残念だ。では明日事務所で見せよう』

「助かります。ありがとうございます」


 私と武田は、たいして重要ではない会話を、のんびりと続けた。川を流れる水のように、次から次へと言葉が流れていく。

 やや歪さはあるが、お互いに、だいぶ自然な会話ができるようになってきた気がする。いや、それでも普通の恋人同士にしてはぎこちないかもしれない。だが、取り敢えず沈黙に包まれることは減ってきた。大きな進歩である。


『そういえば、レイや他の者たちとは連絡をとっているのか?』


 武田は急に話題を変えてきた。しかし、この程度の話題変更なら、私でもついていけないことはない。


「レイさんとは何度か電話でお話しました。あと、一度だけモルさんとも」

『なるほど』

「どうしてそんなことを?」


 私は質問の意図を尋ねてみる。特に深い意味はないのかもしれないが、少々気になったからだ。


 問いに対し、武田は答える。


『いや、深い意味はない。ただ少し、どんな感じか気になっただけだ』


 やはり深い意味はなかったようだ。


 その後武田に別れを告げ、通話を終えた。


 携帯電話の画面に表示された通話時間は、一時間をとうに越えている。私はそのことに凄く驚いた。なぜなら、今まで誰かと一時間以上も電話し続けたことなどなかったからである。

 私はもとより、長電話はできない質だ。しかし、武田となら苦なく長電話できた。

 その事実に、やればできる、といった類いの妙な達成感を感じた。お金になるわけでも人の役に立つわけでもないが、私の心が満たされたような感じがする。



 翌朝。

 身嗜みを整え、鞄を抱え、見送りに出てきてくれた母親に手を振る。

 行ってきます! と。

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