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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編
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129話 「これからのこと」

 エリナの報告によれば、茜と紫苑は新日本警察側で再び保護することとなったらしい。


 縁者のいない二人は、いずれにせよ行く当てがない。保護者的役割を担っていた吹蓮はいなくなってしまったが、自分たちで働くなりして暮らすにはまだ若すぎる。

 だから保護という形が最善だったのだろう。


「二人は本当に気の毒だったっすね。宰次のせいで吹蓮を失って、自らの手も汚さされて」

「まぁね。でもまだやり直せるわよ。若いもの」


 確かに、若さは武器かもしれない。若いということは、まだこの先長い人生があるということだから。茜たちには、宰次と違ってやり直すチャンスがある。

 私は心の中で密かに、「二人には普通の人生を歩んでほしい」と思ったりした。


「それで、宰次はどうなりましたか」


 唐突に口を挟んだのは武田。彼は、横たわりながらも視線はエリナへ向け、しっかり話を聞いている。


「牢屋へぶちこんできてやったわよ。今まで集めてきた証拠物も昨夜すべて提出したわ」


 昨日からそのままだからかくたくたになったスーツを着ているナギは、心なしか疲れたような顔。しかし、さりげなくエリナの隣を陣取っている。何食わぬ顔で距離を縮めるところは彼らしい気もした。


「証拠物って、瑞穂ちゃんとのメールのデータとかっすか?」

「それも一つね」


 メールのデータなんてあったのか、と私は少し驚く。綿密に計画を立てるタイプではないエリナがそこまで準備していたことが意外だったのである。


「でもあれ、普通に付き合ってる風の仲良しなメールとかも入って……」

「丸ごと出してきたわ。どこの何が証拠になるか分からないもの。ついでに、宰次は実に恥ずかしい目に遭うことでしょうね」

「エリナさん……悪意を感じるっすよ……?」

「そうね。むしろ悪意しかないわ」


 エリナとナギは案外仲良さげに話していた。エリナの機嫌が悪くない時は盛り上がるのかもしれない。


 しかし、エリナは、すぐに真面目な顔に戻った。


「まだどんな刑罰になるかは決まっていないけれど、宰次の社会的地位はもはや死んだも同然」

「目的は達成ですね」

「えぇ、武田。貴方には今まで色々と迷惑をかけたわ。長い間ご苦労様」


 病室の小さな窓の外に広がる空を、エリナはじっと見つめる。何かに思いを馳せるように。


 そんな彼女に向けて、武田は尋ねる。


「……エリナさん。これで瑞穂さんは救われますか」


 空を見つめていた茶色い瞳が武田へ向く。


「これで、あの人は本当に救われたのでしょうか」


 エリナは黙り込む。

 そして、少ししてから、彼女はようやく重い唇を開いた。


「瑞穂は喜んでいるわ。きっと」

「そうですか?」

「だって、貴方が人を愛する心を理解できるようになったんだもの」


 それを聞いた武田は、驚いたように、決して大きくはない目をパチパチ動かす。


 確かに、優しい瑞穂なら、武田の幸せを願うに違いない。彼女のことは直接は知らないが、武田から聞いた情報があるので、だいたいの感じは想像がつく。


「喜ばないわけないでしょう」


 エリナはほんの少し寂しそうな顔をしていた。

 言ってから、彼女は部屋の外に向かって歩き出す。病室から出ていくつもりなのだろう。一人になりたい気分なのかもしれない。


 ナギはそんな彼女の背中を追う。


「ちょ待って! 俺も一緒に行きたいっす!」

「好きになさい」

「よっしゃ! 同行オッケーっすね!」


 張りきった足取りでエリナを追っていくナギ。その顔には、疲れを感じさせるものなど一つもない。生き生きして、輝いている。

 こうして、二人は、病室から速やかに出ていった。



 一気に二人も減ると、狭い部屋が急激に広くなったように感じる。心に穴が空いてしまったような、不思議な感覚だ。


「エリナさん……」


 私は思わずぽそりと呟く。

 すると、扉の方をじっと見つめていたレイが述べる。


「どうしたのかな。エリナさん、ちょっと様子がおかしかったね」


 レイは「よく分からない」と言いたげに首を傾げている。私と同じで、彼女もエリナの行動の意味が理解できていないようだ。


「疲れてらっしゃるのかもしれないですね」


 エリナは昨夜あまり寝ていないはずだ。恐らく、そのせいで疲れているのだろう。私はそんな風に考えた。

 不安げに眉を寄せるレイ。


 そこへ、モルテリアがいきなり入ってくる。


「……エリミナーレ、辞めようかなって……言ってた」


 いつも通りの小さな声。

 しかし、その内容に、私は思わず「えっ」と言ってしまった。意識せず口から漏れたのである。

 ただ、モルテリアのいきなりの発言に驚いたのは、私だけではなかった。レイは戸惑ったような表情を浮かべているし、ベッドの上に横たわっていた武田も怪訝な顔をしている。驚くべきことを唐突に言われ、理解が追いつかないようだ。


「モル。それは一体、どういうこと?」

「……目的、達成したから……」

「目的って、宰次への復讐?」

「……多分。もう終わったから……。だからこれから……どうするか」

「悩んでる感じ?」


 レイが歯切れのよい声で問うと、モルテリアはさりげなく、小さな動作で頷いた。


 ちょうどその時。ふと疑問が生まれてきたので、私は一応尋ねてみる。もっとも、答えが分かる保証はないが。


「それって、エリミナーレがなくなるってことですか? それとも、エリナさんがいなくなってしまうということですか?」


 エリナ一人が辞めるのならまだいい。いや、もちろん寂しいし色々と困るわけだが、それでもなんとかやっていけないことはないからだ。

 だが、エリミナーレ自体がなくなるとなると、かなりまずい。エリミナーレに勤めている私たち全員が、失職することとなってしまうからである。

 比較的器用な質のレイやナギは新たな仕事を見つけるだろう。しかし私はどうだ。余程ラッキーでない限り、すぐに転職できるということは起こらないだろう。


「どうなの? モル」


 レイはモルテリアの顔を覗き込む。


「……分からない」


 私が質問してからずっと黙り込んでいたモルテリアは、しゅんとした様子で小さく答える。その様子を見て私は、分かるはずのない質問をしてしまったな、と若干後悔した。


「分かるはずのない質問をごめんなさい」

「……ううん。大丈夫……」

「そうだよ、沙羅ちゃんは何も悪くない! 実はあたしも気になってたんだ」


 モルテリアは許してくれ、レイはフォローしてくれた。おかげで気持ちが楽になった。

 ほっとしていると、横たわっている武田が声をかけてくる。


「レイの言う通りだ。沙羅が謝ることはない」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 礼を言うと、武田はなぜか不安げな顔つきになる。


「……よそよそしいな」

「え? そんなことないですよ」

「いや、今までと雰囲気が違う。恋人に遠慮はするな」

「普通にしてるつもりですけど……」

「もっと馴れ馴れしくして構わないからな。距離を縮めるよう、お互い努力しよう」

「馴れ馴れしく、ですか……」


 武田のことが好き。

 これは間違いない。決して揺らぐことのない、決して変わることのない、強く固い感情である。


 ただ、たまに、彼のしつこさに疲労感を感じることもある。それもまた事実——けれども、心にしまっておく。なぜなら、嬉しい疲労感だからだ。

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