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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編
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128話 「すぐには馴染めないけれど」

 翌日、私が目覚めたのは午後三時過ぎだった。眠りについたのが特別遅かったわけでもないのに。

 入浴によって若干湿ってしまった左腕の包帯をモルテリアに交換してもらい、それからすぐに眠りについたのだが、ちゃんと朝には起きられなかった。


 しかし、幸いモルテリアは待ってくれていた。話を聞いてみると、彼女も先ほど起きたところらしい。彼女との話の中で「病院にて集合」と知った私は、すぐに用意を始める。


 服を着替え、短い髪を整え、鞄の中身を確認。私が一人バタバタしている間、モルテリアは待ってくれていた。


「……これでよし」


 最終チェックで鏡に映る自分を見た時、ふと思い、一人呟く。


「髪、伸ばそうかな」


 これまでは何も考えてこなかった。

 周囲がファッションや美容に夢中でも、私には関係ない。だから髪は便利な短めにしていたし、服もあまり考えずなんとなく選んできた。


 でも、武田の恋人になるなら、彼に相応しい女性にならないといけない。

 今はそんな風に思う。



 私とモルテリアは病院へ着くと、武田の部屋へ向かった。


 長い廊下には人が歩いている。夜の薄暗い廊下とは、まったく異なった雰囲気だ。入院している高齢者、忙しそうな看護師、そして、面会の帰りらしき笑顔の咲いた子ども連れ。

 同じ廊下でも、夜間に比べるとかなり活気がある。


 やがて、武田の病室の前にたどり着く。私は二回ほどノックして、扉を開けた。


「沙羅ちゃん! モル!」


 静かに入っていった私たちに一番早く気がついたのはレイ。今日もすっきりした顔をしている。やはり、もうだいぶ吹っ切れたようだ。


「随分寝坊したわね」


 続けて、エリナの鋭い言葉が飛んでくる。

 彼女は相変わらず厳しい。


「すみません」

「さては、浮かれて夜遅くまで騒いでいたから寝坊したのね?」

「えっ」


 するとそこへナギが口を挟んでくる。


「沙羅ちゃんと武田さんが付き合うことになったって話、もう発表されたんすよ!」

「あ、そうだったんですね……って、え!?」

「驚かなくていいっすよ。みんな、さっき武田さんから聞いたんすから」


 どうやらナギがばらしたのではないらしい。ちゃんと武田が言えたのなら良かった。


「沙羅」


 その時、低い声が聞こえてきた。私は声がした方を向く。

 すると、ベッド上で上半身を起こしている武田が、「こっちへ来い」と言わんばかりに手招きしていた。

 よく分からないが私は彼の方へ行ってみる。


「何ですか?」

「ほら。少し」


 武田は私の体へ手を伸ばしてきた。彼の意図が掴めない。しかし、別段拒む意味もないので、身を委ねることに決める。


 直後。

 彼の唇が私の額に軽く触れた。ほんの一瞬だけ。


「今日も可愛い」


 耳元に絡みつくような甘い声。柔らかくも厚みがあり、甘さの中に確かな男らしさを感じさせる声色である。

 いつも淡々とした調子の武田が放ったとは到底思えない声だ。しかし発したのは間違いなく武田。それ以外の可能性はない。


 私は予想外の流れに困惑し、それと同時に激しく動揺して、何もできなくなる。ほとんど身動きできないし、相応しい言葉が出てこなかった。


「……と、こんな感じか? 沙羅。一応試してみたが、どうだろうか」


 武田はワクワクした表情で私の返答を待っている。

 だが私は、ここでどう返すべきなのか、いまいち分からなかった。


 一体何の試しだったのか? そもそもどこで仕入れた知識を試してみたのか? それに、今の行為にどのような意味や必要性があるのか?

 脳内が疑問符で満たされていく。


「えっと……、今の行為にどんな意味があるんですか」

「口づけをすることで愛が深まると聞いてな。取り敢えず試してみたのだが、嫌だったか?」

「もっとライトでお願いします」


 嫌ではないが、いきなり想像を越えてこられては、さすがに少し引いてしまう。距離を縮めるならもう少し時間をかけてほしい。もっとも、彼は彼なりに頑張ってみたのだろうから、あまり強くは言えないが。


 そんな奇妙な光景を近くで見ていたエリナは、突然立ち上がり、武田に向けて毒を吐く。


「何なの? 意味不明ないちゃつきを見せつけて!」


 エリナの顔は凄まじい迫力を帯びていた。

 こ、怖い……。


「貴方、怪我人でしょう。ちゃんと横になっていなさいよ!」


 だが言っていることはまっとうだ。

 武田は昨日重い傷を負ったばかりで、本来ならまだ起き上がることも許されないくらいなのである。


「いえ。お話中に横になっているというのは失礼ですから」

「話している私が言っているの! いいから、横になっていなさい!」

「ですが……」

「沙羅を心配させる気?」


 急に私の名前が出てきて驚いた。しかもエリナの口から出てきてものだから、余計に驚きだ。ただ、私が怒られるような感じではないので、安心した。


 エリナは腕組みをして、上から目線で武田に言葉をかける。


「いい? 武田。これからは貴方一人の貴方ではないのよ。もっと自分を大切にしなさい」

「沙羅が悲しむから、ですか」

「そう。分かったわね?」

「分かりました。沙羅を悲しませないよう努めます」


 武田はエリナの言葉を素直に受け取り、ゆっくりと上半身を倒す。寝る体勢になるだけでも時折体が痛むようだった。


「大丈夫ですか? 武田さん。やっぱりまだ痛みますよね……」

「いや、平気だ。起き上がるのと横になるのくらいは、自力で軽々とできる」


 嘘。強がりだ。


 昨夜も今も、動く時、顔をしかめていたではないか。いかにも痛そうな顔をしているのを、私はちゃんと見ていた。

 まったく平気なら、あんな顔はしないはずである。


「それよりも、沙羅、お前の傷が心配だ。どんな傷からも、重い病気に発展する可能性はあるからな」

「大袈裟ですよ。大丈夫。このくらい、武田さんに比べればたいしたことありません」


 弾丸を受けたのは私だけではない。彼もだ。しかも、彼の場合は掠っただけでなく、もろに撃たれている。だから私よりも酷い。


「私に比べれば、だろう? 沙羅的に見れば十分重傷だ」


 彼は腕を伸ばし、私の左手をそっと取る。私の手を静かにギュッと握りながら彼は述べる。


「沙羅……いなくならないでくれよ。お前がいないと私は寂しいからな」


 武田の発言によって、病室内が微妙な空気で満ちた。

 レイやナギ、それにエリナも、戸惑ったような顔をしている。モルテリアだけはよく分かっていないらしく、ぼんやり天井を凝視しているが、他の全員は同じ反応だ。


 少しして、ナギが口を開く。


「武田さん。みんながいるところでそういうのは……」

「駄目なのか? ナギ」

「まぁ駄目とかじゃないっすけど……二人きりの時の方が盛り上がるっすよ」


 すると武田は、妙に素直に「そうか」と答える。更に「アドバイス感謝する」などと礼を言い出す。


 こうして微妙な空気が晴れたところで、レイが言う。


「エリナさん、そろそろ報告をお願いします」


 部屋へ入っていった私とモルテリアを一番に発見したのはレイだったが、彼女はそれ以降ほとんど話していなかった。だから彼女の声を聞くのは久々な感じがする。


 落ち着いたレイの言葉に対し、エリナは静かに「そうね」と返す。


「では軽く報告だけしておくわ」


 エリナの、口紅の塗られた唇には、うっすらと笑みが浮かんでいる。勝ち誇ったような、余裕を感じる強気な笑みだ。


 私は武田の手を握り返しながら、今にも話し出しそうなエリナに視線を向けた。

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