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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編

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127話 「甘いポタージュとほろ苦い明日」

 少しすると九時になったので、私は武田のいる病室から出た。

 その時になって知ったが、面会時間は九時まで、とのことだったらしい。ちょうど良かった。


「あっ。沙羅ちゃん、終わったんすね?」


 部屋から出るとナギがいて、声をかけてくる。一人のようだ。恐らく、私たちに気を遣って、入ってこなかったのだろう。


「ナギさん。お疲れ様です」

「お疲れ様でっす。沙羅ちゃん、腕大丈夫だったんすか?」

「はい。包帯巻いてもらってますけど、大事ありません」


 するとナギは安心したような顔になる。

 彼は優しく気が利く人だ。だから、私のことまで気にかけてくれていたのだろう。ありがたいことである。


「武田さんはどんな調子だったっすか?」


 そう聞かれた時、私はドキッとした。心臓がバクバク鳴り出す。


 落ち着け。

 私は密かに動揺する自分に命じる。


 ナギは何も知らない。私が挙動不審になりさえしなければ、怪しまれることはないのだ。普段通り振る舞っていれば問題ない。何事もなかったかのように、平静を保ち、普通に振る舞ってさえいれば……。


「特に何もなく、普通でしたよ」

「普通、っすか?」

「横になっていれば大丈夫という感じで、その、普通です!」


 明らかに不自然な私の発言に、ナギは困惑したような顔になる。


「どうしたんすか?そんなに慌てて」


 うっ。

 痛いところを突く発言が来た。


「あ。もしかしてー、何か進展したんすか?」

「そっ、そんなことは……」

「やっぱり! ついに進んだんすね? いやー、良かった! おめでとっす!」


 ナギは否定する隙を与えてくれない。どんどん話を進めていく。


「で、どこまで行ったんっすか?」


 彼は興味津々だ。目をぱちぱちさせながら、私の顔を凝視してくる。ここまで熱心に見つめられると、「言わない」と突っぱねるのは難しい。


「……恋人になりました」


 するとナギはぷっと吹き出す。そして、腹を抱えて笑いだした。笑いは徐々に大きくなり、ついに大笑いとなる。


「ちょ、恋人ってー! 普通、彼氏彼女とか、言わないっすか!? ひゃーっ。おかし」


 どうやら「恋人」という名称を使っているのが面白かったらしい。

 他人の笑いのツボとは分からないものだ。


「変ですか?」

「いやいや、武田さんらしくて最高っすよ! ひゃー。面白すぎっすわ!」


 腹筋が崩壊しそうな勢いで笑い転げるナギを眺めていると、ふと思った。ナギに広められたらまずい、と。

 武田はみんなに伝えると張り切っていた。だから、ナギから広まっては困るのだ。武田の楽しみをぶち壊しにしてしまいたくはない。


 そこで私は勇気を出してお願いすることに決めた。


「ナギさん。このことはまだ黙っていて下さいね?」

「もちろん! 分かってるっすよ。秘密っすね!」

「本当に頼みますよ。武田さんが、みんなに言うのを楽しみにしているので」


 念のため、もう一度言っておく。

 するとナギはニコッと笑い、片手の親指を立てた。お茶目な子どものように。


 それから、彼は大きな背伸びをする。疲れを吹き飛ばすような、とても心地よさそうな伸びだ。


「もちろんっすよ!」


 その後、私はタクシーに乗ってエリミナーレの事務所へと帰ることにした。ナギが言うには、事務所にはモルテリアがいるらしい。一人でないなら安心である。

 ナギは「エリナのところへ行く」と言っていたので、病院のエントランス付近で別れた。



 タクシーに揺られることしばらく。車はエリミナーレ事務所が入った建物の前へ到着した。料金を小銭で払い、小さめの声で運転手に礼を告げる。そして、事務所の部屋へと急ぐ。


 暗い夜道、一人は危険だ。

 事務所の近くといっても油断はできない。恐らくもうないだろうが、何かあってもおかしくはない状況である。私は気を抜かず、モルテリアが待つ事務所へ早足で向かう。


 結果、何も起こらなかった。



「……沙羅。お帰り、なさい……」


 モルテリアの緑みを帯びた短い髪は、空気を含んだようにふんわりしている。いつもよりボリュームがあるように感じられる。


「今……お風呂出た、ところ……」

「あ。そうだったんですね」


 よく見ると、彼女はニンジンの柄がついたタオル地のポンチョを着ていた。膝くらいまでの丈なので肌の露出はほとんどない。露出といえば、裸足なくらいのものである。


「……誰もいない。お風呂……使い放題……」


 モルテリアは嬉しそうな顔をしている。

 彼女が入浴を好むというのは少々意外だ。こんなことを言っては失礼かもしれないが、彼女は食以外に興味があるように見えなかったからである。


 食べられればいい。

 そんな感じなのだと、勝手に思い込んでいた。


「……沙羅、使えた?」


 モルテリアは突然尋ねてきた。言葉が少なすぎて、話がまったく理解できない。


「いきなり何ですか?」

「拳銃の……おもちゃ。……使えた?」


 そこまで言われて初めて分かった。モルテリアが言っているのは、ナギから借りた拳銃のことなのだろう。

 あれは一応役立った。


「はい。使えました。ただ、何だか不自然な拳銃でした」

「あれは……胡椒……」

「え?」

「あれは胡椒の……弾丸」

「えぇっ!?」


 耳を疑ってしまった。

 モルテリアがいきなり「胡椒の弾丸」なんて言い出したからだ。そんな話、すんなり受け入れられるわけがない。


 では、撃った時に飛び散った粉末は、胡椒だったというのか。

 私は暫し、開いた口が塞がらなかった。


「作るの……頑張った」


 言いながら微笑むモルテリアの丸い頬は、まるで白玉のようだ。指でつつきたくなるくらい、見るからに柔らかそうである。



 それから私も風呂に入り、モルテリアと二人で遅い夕食をとった。

 近所のコンビニに売っているロールパンと、モルテリアが作りおきしていたコーンポタージュ。非常に質素な内容ではあったが、それなりに美味しかった。


「そういえば。宰次はどうなったんですか?」


 モルテリアのことだ、まともな答えは返してこないだろう。だが聞かないよりはましだ。一つくらい何か分かるかもしれないから。

 彼女はもきゅもきゅとロールパンを頬張っていたが、私が尋ねた瞬間、咀嚼を中断する。


「……宰次?」

「はい」

「……捕まった。不法取引……殺害……脅迫、殺害予告……傷害……」


 ロールパンを見つめているモルテリアの口からは、次から次へと物騒な言葉が出てくる。

 それらを聞いているうちに、宰次の罪深さを改めて感じた。それと同時に、彼はなぜそんなところまで至ってしまったのか、と思う。

 宰次はいい人に見えないことはなかった。笑っていれば気さくなおじさんといった雰囲気で、どこにいてもおかしくはない感じの人だった。愛想悪くはないので、誰かから非常に嫌われていたわけでもないだろう。


「今までの罪は公になりますか?」

「……うん。多分、そのうち……」

「そうしたら宰次は一体どうなるんでしょうね」

「……痛い目に遭う」


 モルテリアはコーンポタージュを一気に飲み干し、会話に戻ってくる。


「……エリミナーレの、エリナの、願いが叶う……」


 彼女は嬉しそうだった。


 その時ふと、父親のことを思い出す。

 彼はどうなったのだろう。彼も裁かれ、罪人扱いとなるのだろうか。


 もしそうなったら、仕事はどうなる?取り敢えず新日本銀行はクビになるに違いない。また新しい職場を探すのか……いや、それが可能ならまだいい。罪人として捕まり働けなくなったら最悪だ。母親は私の給料だけで暮らすしかなくなる。


 私は甘いコーンポタージュを啜りながら、そんなことを悶々と考えていた。

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