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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編
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126話 「恋人」

 夜の病室。好きな人と二人きり。最高のシチュエーションのはずなのだが——最悪の状況だ。あんな恥ずかしい発言を武田に聞かれていたなんて。


「……すみません。忘れて下さい。私、あの時、ちょっとどうかしていました」


 自然と口から出ていた。


 私が武田を好きなのは事実。彼の大切な人になりたいと思ったりするのも事実だ。だから、このまま勢いに任せて関係を進めてしまえるのなら、それはそれで悪くはないはずである。


 なのに私は、心と逆のことを言ってしまった。


「勢いで言ってしまっただけなので。もう忘れて下さい」


 自分の言葉を肯定する勇気さえなかったのだ。


 すると武田は、なぜか、少し残念そうな顔をした。


「勢い、か。そうだったんだな」


 彼は切なげに微笑んだ。

 それから彼は、片手をきゅっと握り、胸元に寄せる。目を伏せ、戸惑いの色が混ざった声色で呟く。


「……何だ、これは」


 武田らしくない、弱々しい顔つきをしている。


「どうかしました?」


 念のため尋ねてみると、彼は言葉を詰まらせた。本来口を開くであろうタイミングより数秒遅れて言う。


「胸が、痛む」


 彼が発したのは予想外に短い言葉だった。まるでモルテリアが話しているかのようである。


「えっ。どんな風にですか」

「なんというか、こう、心臓が締めつけられるような感じだ」

「そ、それって、心筋梗塞の前兆か何かじゃ……! ナースコールしますっ!?」

「いや、それは要らない。そこまでの痛さではない」


 ナースコールしなくてはならないほどの痛みではないと分かり、私は小さく安堵の溜め息を漏らした。

 たいしたことがないなら良かった、と内心安心する。


「ただ、沙羅を見ていると、胸が痛んで仕方ないんだ。あまり上手くは言えないが、なんというか……複雑な心境になる」

「複雑な心境?」

「あぁ、そうだ。自分の心に混乱させられる。触れたいのに、触れるのが怖い。傍にいたいのに、言い出せない……」


 何の相談だろう、これは。

 思わずいろんな突っ込みを入れたくなるが、なんとか堪えた。だが、それにしても、今日の彼は少々謎である。様子がおかしい。

 怪我したせいでおかしくなったのか、あるいは、精神的にかなり追い詰められておかしくなったのか。

 理由はよく分からないが、とにかく妙だ。


「沙羅。お前はなぜ、あの時、結婚しようなどと言った? 驚かせて私の意識を引き戻すためか?」

「……それも、あるかもしれません」

「なら、ナギにも同じようなことを言うか?」


 まさか。

 私が言ったのは、武田を好きだから。好きでもない人間に「結婚しよう」なんて言えるわけがない。

 ただ、正直に打ち明ければ、先ほどの発言が嘘だったと証明することになってしまう。それはそれでまずい。

 そんなことで悩んでいると、彼はさらに言ってくる。


「沙羅が私の良き理解者であるように、私もお前の良き理解者でありたい。だから教えてくれ。お前はなぜあんなことを……」


「好きだから」


 私は結局、本当のことを言った。それしかなかったから。

 嘘をつくなら何とでも言えただろう。「勢いで」とか、「冗談のつもり」とか、いくらでも言い様はある。けれども、それでは私の心が武田に伝わることはない。

 数年間ずっと抱き続けてきた気持ちを隠し、変わらない日々へ戻ってもいいのか。そんな心の問いに、私は頷けなかったのだ。


「好きだからです」


「……好き?」


「私は武田さんのことが好き。貴方は私にとって特別な人です。だから、傷ついてほしくないし、死なないでほしい。あんなことを言ったのも、それと同じ理由です」


 今度は彼が硬直する番だった。

 彼は変わらず横たわっているが、顔が強張っている。頭がついてこれていないような感じだ。私の言葉の意味がいまいち理解者できないのだろう。


 狭い病室に、静寂が訪れた。

 武田も私も話さない。一言も。それは恐らく、お互い何を言えばいいのか分からない状況だったからだろう。


 壁にかけられた時計を見ると、時間は既に九時に迫っていた。


「……沙羅は、私を、恋愛として好きだというのか」


 静寂を破り、先に言葉を発したのは、武田。


「はい」


 ここまで来ては引き返せない。私はただ、彼が受け入れてくれることを願うしかない。


「いつからだ」

「二○四○年十二月。貴方が私を助けてくれた日からです」

「なぜだ」

「初めて手を繋いだ男の人だったんです。武田さんが。私、一生誰かと手を繋ぐことなんてないと、そう思ってた……」


 何を言っているのだろう。こんなの、武田からすればどうでもいい話に違いないのに。

 だが彼は嫌そうな顔はしていなかった。


「そうだったのか。ずっと気づいてやれなくてすまなかった」


 言いながら、武田はゆっくりと上半身を起こす。やはりまだ体が痛むらしく、時折顔をしかめている。ただ、それでもなんとか自力で起き上がった。

 本当はまだ起きてはならないのだろうが、「起き上がれない」ということではないようである。


 完全に座った状態になってから、彼は私の目をじっと見つめてくる。そして、握手を求めるように、開いた左手を差し出してきた。

 私はそこに手を乗せる。

 その瞬間、体を一気に引き寄せられた。


「あ……えと……」


 意味不明なことを漏らしてしまう。突然すぎて対処できない。

 武田の頬に貼ってあるガーゼが耳に触れた。肌の温もりが感じられるほどの接近ぶりである。


「私も、沙羅が好きだ」


 彼は私の耳元で囁いた。本当に、小さな声で。


「実は今もまだよく分からない。だが、多分これが恋愛感情、世に言う『好き』なのだろう。だから」


 一呼吸おいて、彼は続ける。


「恋愛感情を抱かないというあの言葉。今ここで撤回する」

「は、はい……」

「気づいたんだ。私は逃げていたのだと。誰かを愛し弱くなることを、今までは恐れるばかりだった。だが、これからは立ち向かおうと思う」


 多少ずれている気もするが、それはもうご愛嬌だ。武田の可愛いところ、と軽く流せる。


「たくさん頑張る。だから、これからは恋人として、私を傍で見守っていてくれ」

「こ、恋人!?」

「違うのか? 恋人になる、結婚する、夫婦になる。そういう順序だと聞いていたのだが」

「い、いえ。ただ、私が恋人なんて本当にいいのかな……と」

「何を言う。当然だろう」


 武田は私を抱き締め終えるや否や、笑みをこぼす。

 作り物ではない、柔らかな笑み。こちらまで温かな気持ちになってくるような、優しい表情だ。


「早速明日報告しよう」

「え」

「エリミナーレのみんなに報告するんだ。喜んでくれるに違いない」


 滅茶苦茶だ。

 私たち付き合います、なんて言えば絶対修羅場になる。

 喜んでくれるなんて夢のまた夢だろう。きっと恐ろしいくらい気まずい状況になるに違いない。


「それにしても、初めての恋人が沙羅になるとは。なんだかドキドキしてきた。私で務まるだろうか……!」


 しかし武田の頭には、修羅場の「し」の字も存在していないらしい。その方がある意味幸せかもしれないな、と私は思った。


 とにかく今は、武田が幸せそうで何より。

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