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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
恋人編
126/161

125話 「あれは本気か?」

 私はレイと共に病院へ帰ることとなった。

 レイは病院のエントランス付近にあるタクシー乗り場からタクシーに乗ってここまで来たらしい。だが、帰りはタクシーを呼ぶ時間もなく、結局電車帰りとなった。


 最寄りの駅は芦途駅。ここからは徒歩十数分の距離だ。


「ここって、芦途市だったんですね。知らなかったです」

「電車で来たことはないもんね」

「はい。それにしても……おかしな感じです」


 ナギに止血してもらった左腕は、こうして歩いている間も、脈打つように痛む。しかし、涙が出るほどの痛みではない。だから平気だ。

 爆発に巻き込まれ、電撃を浴びせられ、しまいには拳銃で撃たれ——やられ続けた武田を思えば、こんな怪我、たいしたものではない。


「本当にこれで終わったんですかね」


 曇りのない空を見上げると、なんだか奇妙な気持ちになる。


 エリナが宰次への復讐を夢見て生きた約十年。

 武田が人を愛さぬと決めて生きた約十年。

 その長い時間が、こんなほんの数時間で終わりを告げるなんて、不思議としか思えない。


 ……いや。もちろん、これですべてが解決したわけではない。宰次の罪を明らかにしたり、紫苑らをどう裁くのか決めたり、やるべきことはまだまだ山積み。

 ただ、一段落したことは確かである。


「……沙羅ちゃん?」

「宰次が捕まったとして、これからどうなるのか……私も父も、エリミナーレも」


 任務が終わればみんな揃って、仲良く帰ることができるのだと、そう思っていた。だけど現実は違って。結局、私たちはまた別行動だ。

 いまいち気分の晴れない私に、レイは言ってくれる。


「大丈夫だよ、沙羅ちゃん。きっと大丈夫」


 レイの励ましの言葉に、私は胸を握られたような感じがした。嬉しくて、温かくて、ほんの少し申し訳なくて。


「未来は見えない。けど、きっと上手くいくと思うよ」

「レイさんは、またエリミナーレに?」

「要安静が済んだらね。あたしは自分を誇れるあたしでありたい。だから、また人のために働くよ」


 そう語る彼女の表情に曇りはない。その瞳は、この先歩んでゆく未来を、真っ直ぐに見据えている。


「妹さんに恥じないように生きたいって仰ってましたもんね」

「そうそう」


 こんな風に真っ直ぐな表情をできればいいな、と私は思った。私もいつか、曇りのない瞳で未来を見据えられるような人になりたい。


「これからもよろしくね。沙羅ちゃん」

「なんだか最終回みたいな感じですね」

「え? 最終回って?」


 キョトンとした顔をするレイ。

 おかしなことを言ってしまっただろうか、と心配になる。優しい彼女のことだから悪くは言わないだろうが、些細なことも気になってしまうのが私の性なのだ。


「大きなことが終わって、帰り道に『これからもよろしくね』ですよ。物語の終わりみたいだなって」


 するとレイは楽しそうにクスクス笑った。


「沙羅ちゃんったら、変なの。明日も明後日も、変わらず続いていくのに」

「ですよね。確かに変です」

「思うんだけど、沙羅ちゃんってたまにユニークだよね」


 ユニークな自覚はないが、レイが言うならそうなのかもしれない。彼女は嘘はつかない。だから、恐らく私は、本当に、ユニークな人間なのだろう。

 自分のことは自分が一番分かっていない、という説も、あながち間違いではないようだ。



 ——夜。


 私は一人、病室前の廊下に設置された椅子に座っていた。

 蛍光灯のぼんやりとした光が、寂しい気持ちを掻き立ててくる。私は、包帯が巻かれた自分の左腕を眺め、退屈をまぎらわす。


 エリナかナギが来るという話だったので待っているのだが、一向に現れそうにない。

 レイは医師や李湖に叱られ、元々いた病室へと入れられた。武田は治療やら何やらで、面会できる状態ではない。だから、レイにも武田にも、会いたくても会えないのだ。


「……疲れた」


 私は一人、溜め息を漏らす。

 夜の病院は静かだ。薄暗い静寂の中でぼんやりしていると、まるで世界から音が消えてしまったかのように感じる。

 時計がないので、携帯電話でさりげなく時間を確認する。午後八時は過ぎていた。


 その時、廊下の向こうから、パタパタという小さな足音が聞こえてくる。

 私は特に意味もなくそちらを向く。清潔そうな服に身を包んだ三十代くらいの女性看護師が、小走りでこちらへ向かってきていた。

 まさか私ではないだろう、と視線を逸らす。


 しかし彼女は声をかけてきた。


「天月さん! 良かった、まだいらっしゃって」

「え。私に用事ですか?」

「はい。一緒に来ていただいても構いませんか?」


 また誘拐されたりして。

 そんなことを心の中で呟き、一人密かに笑う。


「構いませんけど……何の用ですか」

「先ほどお目覚めになった武田さんが、天月さんに会いたい、と」

「そうでしたか。分かりました」


 武田の意識が復活したなら良かった。そして、彼が私に会いたいと言ってくれて、凄く嬉しい。

 私は明るい気持ちになりながら、女性看護師に案内されて、武田のもとへ向かった。



 入り口付近に『武田康晃』と書かれた小さなネームプレートがかかっている病室へ入る。

 ベッドと椅子、そして小さなテーブル。ほとんどそのくらいしかない、殺風景でこじんまりした病室だった。一人用の個室だから、あまり広くないのだろう。


 私は女性看護師に礼を述べ、ベッドへ駆け寄る。


「武田さん……!」


 らしくなく、武田はベッドに横たわっていた。

 まだ点滴中だが、意識ははっきりしているように見える。彼の瞳はしっかりと私を捉えている。


「沙羅。来てくれたんだな」

「はい、大丈夫でしたか?」

「問題ない。お前のおかげで堪えられた」


 そう話す武田の表情は柔らかなものだ。


 頬の傷にはガーゼが貼られていた。ゆるりとした白い上衣の隙間からは、包帯が巻かれた体が僅かに見える。


「ところで、沙羅」


 唐突に武田が話題を変える。

 一体何だろう、と思っていると、彼は言いにくそうな顔で言う。


「その……あれは本気か?」


 話についていけず黙っていると、彼はゆっくりと続ける。


「私は構わないが、本当のところ、お前はどうなんだ」

「え。あの、何のお話でしたっけ?」


 武田と話したことを忘れるはずはないのだが……今は本当に思い出せない。お互いの意思を確認しあうような話をした記憶はない。

 私が首を傾げていると、彼はいつもと変わらない淡々とした口調で言う。


「私が死にかけていた時、言ってくれただろう。結婚しましょう、と」


 それを聞いて私は、この場から走り去りたいほど恥ずかしくなった。


 確かにあの時、私はそう言った。だが、あの時の私はどうかしていたのだ。だから勢いに任せてそんな恥ずかしいことを言えたのである。

 どう考えても、正気の沙汰ではない。


「あれは冗談だったのか?」


 まさか聞こえていたとは。

 そのことに大きな衝撃を受け、私は暫し何も言えなかった。

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