124話 「お迎え」
レイは速やかに私たちのところへやって来る。
彼女は凛々しい目で私の顔をじっと見つめ、それから私の体を抱き締めた。
武田とはまた違った柔らかな感触と、女性らしくも爽やかな柑橘系の香り。レイの包み込むような抱き締め方に、私は思わず照れてしまった。同性であるにもかかわらず。
「どうしてレイさんが……ここに?」
私は顔を彼女の引き締まった胸元に埋めたまま尋ねる。
レイは先日吹蓮の自爆に巻き込まれ負傷した。まだ病院で安静にしておかなくてはならなかったはずだ。にもかかわらず彼女はここへ来た。不思議でならない。
「驚かせちゃってごめんね」
彼女はそう言いながら私の体をギュッと抱き締める。
「いえ。レイさんが来て下さって、安心しました」
私は胸に抱いた思いを素直に言葉にし、シンプルに述べた。
こんな時にまで飾り気は必要ないだろう。わざとらしく飾らずとも、私たちは分かりあえる。そう思ったからである。
私がレイとの予想せぬ再会を喜んでいると、床に横たわっている武田が唐突に言葉を発した。
「……レイか」
「あ、うん。武田大丈夫?」
「……沙羅に助けてもらった。情けないが……」
「えっ! そうなの!?」
武田の告白にレイは驚きを隠せない。
それにしても、「助けてもらった」なんて黙っておけばいいのに。言わなくても良いことを敢えて言うとは、武田は妙に正直だ。
直後、レイの凛々しい瞳が私を見据えてくる。
「沙羅ちゃん、凄い! 成長したね」
彼女の瞳は透き通り、キラキラと輝いている。
「で、でも、怪我して武田さんを心配させてしまいました」
「痛みに耐えて仲間を助けるなんて凄いよ!」
レイの勢いは凄まじかった。
体のあちこちに火傷を負いながらも数日で復帰したレイの方が百倍凄いと思うのだが。
普通あの程度の火傷なら、数日で動けるようにはなるまい。さすがはエリミナーレ、といったところか。彼女もまた、人の域を超越したしぶとさを持っている。
「取り敢えず武田を運ぶね。あ、沙羅ちゃんは一人でも歩けそう?」
「はい」
「それじゃ、一足お先に引き上げようか」
レイの声には彼女らしい爽やかさが戻っていた。晴れやかな笑みも戻り、表情が生き生きしている。
恐らく、一人の時間を過ごしたことで、少しは心の整理ができたのだろう。
「エリナさんたちは放っておいて大丈夫なんですか?」
「うん。モルとあたしの役目は、沙羅ちゃんと武田を回収することなんだ」
「なるほど。じゃあ宰次はエリナさんたちにお任せするんですね」
その時、不意に思い出した。
父親のことだ。
爆発以降、私は父親の姿を目にしていない。宰次は無事だと言っていたが、彼の言葉を信じるのはさすがに無理がある。卑怯な彼のことだ、父親に危害を加えていてもおかしくはない。
「そうだ!」
「沙羅ちゃん?どうしたの?」
武田を担ぎ上げている途中のレイが、ぱちぱちまばたきしながら首を軽く傾げる。
「父がどうなったのか、確認しないと……!」
すると彼女は、ふふっ、と笑みをこぼす。
「お父さんなら大丈夫だよ。もうちゃんと保護されてる」
「えっ。そうなんですか」
「隣の部屋に連れていかれてたみたいだよ。今はモルがちゃんと見張ってるはず」
モルテリアが見張りとは。少々心配だ。
ただ、彼女はやる時はやる。戦闘するところはあまり見たことがないが、そこらの女の子よりかは確かに強いはずだ。
きっと大丈夫だろう。
「沙羅ちゃん、帰ろう」
窓の外の光を受けて、レイの青い耳飾りが煌めく。
どんよりしていたはずの空は、いつの間にか晴れていた。重苦しい灰色の雲は一つも見当たらない。青い空に、眩しいくらいの太陽光が差し込んでいる。
まるで、戦いを終えた私たちを祝福しているみたいだと、そう思った。
「はい! 帰りましょう!」
エリナとナギは宰次を連れて、新日本警察へ向かうらしい。だから、彼女らとは、ここからしばらく別行動だ。
建物を出てすぐのところには救急車が待っていた。武田を乗せると、その救急車は速やかに出発した。
一緒に乗っていっても良かったのだが、私はレイと共に帰る方を選んだ。深い理由はない。なんとなく彼女といたかったから。それだけである。
「沙羅ちゃん。本当に良かったの?」
救急車を見送った後、レイが声をかけてくる。
「武田と一緒に行かなくて、良かったの?」
「……はい」
その頃になって、左腕の痛みが戻ってきた。ヒリヒリするというか、ズキズキするというか。上手く言い表せない痛みだ。
傷が痛むなら救急車に乗っていけば良かったかな、なんて少し思った。
「ま、そうだね。いずれにせよ病院には行かなくちゃならないもんね。沙羅ちゃん怪我してるし」
それからレイはクスッと笑う。
「あたしは絶対怒られる。安静って言われてるのに、飛び出してきたから」
「本当ですね」
「でも、呼び出されたから仕方ないよね!」
「はい。まずは言い訳を考えましょうか」
呼び出されたからだとしても、来てくれたことが嬉しい。
彼女はエリナの復讐には参加しないと言っていた。だから、呼び出されても断る可能性だって、おおいにあったのだ。
しかし彼女は来てくれた。それは純粋に嬉しいことである。
「……レイ。沙羅……」
明るく澄み渡る空の下、レイと話していると、背後からモルテリアがヌッと現れた。
あまりに気配がなかったものだから、レイも私もビクッとなってしまう。いきなり驚かせないでほしいが、それは敢えて口から出さなかった。わざとではないと分かっているからだ。
「モル! どうしたの?」
「……沙羅の、お父さん」
視線をモルテリアの向こう側へ向ける。そこには、私の父親の姿があった。見た感じ怪我や体調不良はなさそうで、私はほっとする。
「ええっ。沙羅ちゃんのお父さんなの?」
驚き尋ねてくるレイ。
私は控えめに「はい」と答える。彼女に父親を紹介するというのは、なんだか少し恥ずかしさがある。
するとレイは私の父親に会釈し、「一色です」と名乗りつつ微笑む。父親の方も、頭を下げ、「沙羅がいつもお世話になっています」などと言っていた。
「あの、一色さん」
「何ですか?」
「武田くん……でしたっけ。あの男性にもお礼を伝えていただけると嬉しいです。もちろん、後ほど僕も伺って、直接伝えさせていただくつもりですが」
「はい。武田に伝えておきます」
「娘を護って下さり、ありがとうございました」
まるで私が護衛対象だったかのような言い方だ。私もエリミナーレの一員なのだが——いや、偉そうなことは言えない。実際、私は護られてばかりいた。父親の言い方は正しいのかもしれない。
「天月さん……もう行く?」
「そうだね、行くよ。一言言わせてくれてありがとう、モルちゃん」
「……大丈夫」
父親はモルテリアといつの間にやら親しくなっているようだ。普通に会話している。
それからモルテリアは、レイに向かって述べる。
「……また後で」
「え。一緒に帰らないの?」
「……うん。天月さん警察……行くって……」
「そうだね。関係者だもんね」
「……多分」
会話を終えると、モルテリアと私の父親は去っていた。
本当にレイと二人きりだ。
彼女は私に眩しいくらいの笑みを向けてくれる。太陽のような、明るくて晴れやかな笑み。
「お疲れ様!」




