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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
最終決戦編
124/161

123話 「犯した罪を認める時」

「……さて。紫苑もひとまず片付いたことだし」


 エリナは片手で持っていた鞭をナギに託し、腰のホルスターからゆっくりと拳銃を抜く。それから、余裕のある表情で、宰次に銃口を向ける。

 宰次は拳銃を使ってくる。だから、拳銃には拳銃で、ということなのだろう。


「宰次。観念なさい」

「観念? ……やれやれ。一体何のことですかな?」

「犯した罪を認める時よ」


 エリナの鋭い眼差しを目にし、私は内心動揺する。自分に視線を向けられているわけでもないのに。


 今の彼女の眼差しは入念に研がれた刃のようだ。ほんの僅かに向けられるだけでも突き刺さりそうな、傷を抉られそうな、そんな眼差しである。


「そもそも、僕は罪を犯してなどいないのですがな」


 白々しく返す宰次に対し、エリナは顔つきを更に厳しくする。


「とぼけるんじゃないわよ! 貴方は過去、関わってはならない者たちと取り引きをした。それだけでも十分な罪だわ。けれども貴方はそれだけでは終わらなかった!」


 宰次は過去の自分の罪を揉み消すために瑞穂を殺害した。それは、人としてどうなのか、というような行為だ。卑怯の極みである。


 人間なら誰しも間違うことはある。長い人生の中でなら、「罪」と呼ばれるようなことをしてしまうこともあるだろう。人は失敗から学ぶものである。

 だが宰次は、罪を犯してしまったことを微塵も反省しなかった。それどころか、揉み消すためにさらなる罪を重ねた。それが大きな問題だ。


「貴方は、心から貴方を慕っていた者の命を奪った。それは許されることではないわ」

「僕を慕っていた者? ふふ。誰のことですかな?」

「……まだそんなことを言えるのね」


 エリナの大人びた顔から、感情が消えた。夜の湖畔のように静かな顔になる。


 ——次の瞬間。

 彼女の拳銃から弾丸が放たれた。


 宰次は反応がやや遅れながらも、銃弾をなんとかかわす。「いきなりとは、酷いですな」などと呟いている。


「ナギ!」

「はいっ」


 エリナはナギに渡していた鞭を、目にも留まらぬ素早さで回収する。あらかじめ練習していたかのような、スムーズな受け渡しだ。


 そしてエリナは宰次に向けて鞭を振った。

 黒光りした鞭は生きているかのようにしなり、ほんの数秒で宰次の腕に絡みつく。


「こ、こいつっ」


 苦虫を噛み潰したような顔になる宰次。

 彼は逃れるべく、腕に絡んだ鞭を振りほどこうと試みる。だが人一人の力くらいでは鞭はほどけない。それどころか、下手に動いたせいで余計に締まってしまった感じすらする。


 そのうちにエリナは宰次との距離を詰めていく。


「よくも瑞穂に手を出してくれたわね!」


 エリナは鞭で宰次の動きを制限しつつ、彼の頬にビンタを加えた。パシッ、と乾いた音が鳴る。さほど大きくはないが痛そうな音だった。


「い、いきなり人の顔を叩くとは」


 ビンタされた宰次は、顔面を不快と怒りの色に染めている。


「野蛮な女めっ」


 かなり激しく怒っている宰次は、叫びながらエリナに銃口を向ける。しかし、このタイミングを待っていたらしきナギが、宰次の手から拳銃を奪った。

 これでもう宰次には抵抗する手段がない。

 エリナは目にも留まらぬ早さで、宰次の腹部に膝蹴りを入れる。そして彼がむせている隙に、一気に床へ押さえつけた。


「ぐ……」


 男性の宰次でも、エリナに馬乗りになられれば逃れられない。


「貴方の罪はすべて公にするわ。今までのこと、全部ね。然るべき罰を受けなさい」

「そうですな……ただ、良いのですかな?」


 宰次は何やら話し出す。


「僕の罪を公にするということは、天月の罪も表に出るということ。天月が罪人となれば、娘である沙羅さんの社会的地位も危ぶまれますよ?」


 この期に及んで、まだ私を利用するのか。卑怯の極みだ。

 私がそう思っていると、エリナはほんの僅かに口角を上げて、はっきりと答えた。


「心配ないわ。沙羅はエリミナーレが護るもの。裁かれるのは、貴方だけよ」


 微塵も動揺していないエリナの返答に、宰次は言葉を詰まらせる。捕まるという焦りでか、その額には汗の粒が浮かんでいた。


 エリナは彼の両腕を背中側に回し、両手首をくくる。ナギは体を押さえるのを手伝っている。


「……野蛮の極みですな。無理矢理拘束するなど」

「何とでも言っていなさい。負け犬の言葉に興味はないわ」

「負け犬? ふざけたことを! 僕は君たちよりずっと権力者ですよ」


 宰次は「負け犬」という言葉に敏感なようだ。


「負け犬は君たちのことですな! 新日本警察から追い出された君たちのような人間を、負け犬と呼ぶのです!」


 あまりにどうでもいい。

 徐々に、宰次に対する興味が薄れてきた。


 それよりも武田だ。そう思い膝元の彼を見ると、彼も私を見つめていた。視線がぴったり合って恥ずかしくなり、つい視線を逸らしてしまう。


「……生きているからな」


 彼は静かに言った。

 それから、少し不安そうな顔つきで尋ねてくる。


「腕の出血、ちゃんと止まって……いるのか」

「武田さんの腕ですか?」

「いや、違う。沙羅のだ」

「あ。私のですか。はい、ナギさんに止めてもらいました」


 武田に借りたハンカチを血まみれにしてしまったことは、今は黙っておくとしよう。帰ってから綺麗に洗って返せばそれでいい。


「ナギか……。おかしな止め方をしていないといいが……」

「大丈夫ですよ」

「……強いな、お前は。華奢な体にもかかわらず……何度も私を助けてくれた」


 華奢な体はあまり関係がない気もするが——ただ、彼を死なせずに済んだのは非常に嬉しいことだ。

 もし彼があのまま逝ってしまっていたら、正常な私は消えていたことだろう。今頃、気がふれていたかもしれない。


「……帰ってきてくれて、ありがとうございます」


 私が武田に対して言える言葉はこれだけだ。



「みんな! いるっ!?」


 突如、勢いのある歯切れのよい声が耳に飛び込んできた。

 はっきりしていて非常に聞き取りやすい声だ。雨上がりの晴れた空みたいな、一種の爽やかさを感じる声色である。


 声から数秒遅れて、扉が開く。


「え、レイさんっ!?」


 驚きを隠しきれず、思わず声をあげてしまった。というのも、室内に入ってきたのがレイだったからである。


 彼女を見間違うはずはない。

 一つに束ねられた、青く綺麗な長髪。耳元に輝く大人びた耳飾り。どこか男性らしさを感じる凛々しい顔立ち。


「あら、やっと来たわね」


 エリナは驚いていない。レイが来ることをしっていたようだ。


「レイちゃん!? え、ちょ、なんで!?」

「さっきモルに、レイを呼ぶよう頼んだのよ」

「そんなぁ。俺には秘密で、っすか」


 落ち込むナギを無視し、エリナはレイへ指示する。


「ありがとう、レイ。早速だけど、沙羅と武田を頼むわよ」

「はいっ!」


 レイは返事してから、私たちの方へやって来る。その光景を目にした時、ようやく、「私たちは助かるんだ」と思えた。


 宰次はエリナとナギによって捕らえられている。この状況でレイが来れば、エリミナーレの勝利はほぼ確定に違いない。

 私は微かに、安堵の溜め息を漏らすのだった。

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