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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
最終決戦編
122/161

121話 「生を刻む時計」

「沙羅ちゃん! 武田さん! 大丈夫っすか!?」


 エリナの指示を受け、ナギが素早くこちらへ駆け寄ってきた。上体を起こすことすら自力ではままならない状態の武田を目にし、彼は驚きを隠せない。


「ちょ、武田さんっ!?」

「……ナギ、か……」


 ナギの声が聞こえたらしく、武田は応じる。しかし、生気のない弱々しい声だ。


「何があったんすか?」

「宰次から私を庇って、それで、色々……」


 涙のせいで上手く話せない。するとナギは慌てたように声をかけてくる。


「あ、いいっすよ! 沙羅ちゃんは無理しなくていいっす!」

「ごめんなさい……」

「いやいや。気にしなくていいっすよ。って、あっ!沙羅ちゃんも怪我してるじゃないっすか!」


 ナギに言われて初めて思い出した。私も怪我人だったのだ。……いや。だが武田の方が重傷である。今は彼が優先だ。


「まだちょっと出てるっすよ! すぐに止血するから。ええと、ハンカチハンカチ」

「そうだっ。これがあります」


 私は武田から借りたハンカチを出す。その光景を目にした武田は、掠れた声で「それは駄目だ」と言う。

 よく考えると、確かにこれは武田の血液が付着している。しかし、私としては、そんなことはどうでもいい。


「あ、ちょうどいいっすわ」


 ナギがハンカチを使って止血してくれる。案外すぐに止まったので、「これなら自分でやっておくべきだったな」と少々後悔した。だが、これで失血死は免れただろう。取り敢えず私は。


 それからナギは武田の方へ目をやる。


「うーんと、これはどうすればいいんすかねー」


 武田は見た感じあまりたいした怪我には見えない。銃創こそあるが、そこまで酷い出血でもない。だが、らしくなくぐったりしている。


 困り顔になるナギ。


 ナギはここへ至った経緯を知らない。だから何がどうなってこのような状態になっているのか、どのように対処するのが適切なのか、分からないのだと思われる。

 本来なら、ちゃんと私が、一部始終を説明するべきなのだろう。しかしそんな時間はない。なんせ、まだ宰次の魔の手から逃れきったわけではないのだ。


「……ナギ。私は放っておけ……」

「ちょ、武田さん? いきなり何言い出すんすか」

「沙羅が……無事なら、それで……」


 浅く速い呼吸をしながらも、武田は懸命に言葉を紡ぐ。苦しそうなのは変わらないが、ほんの少し安堵しているようにも見える。


「いやいや、駄目っしょ。そんな——」

「ナギ!」


 唐突に飛んできたのはエリナの鋭い声。驚いて声がした方を見ると、エリナが宰次と紫苑に挟まれていた。

 黒光りした鞭を竜巻のように縦横無尽に振り回し、宰次と紫苑が接近してこないようにしている。攻撃というよりかは、牽制に近い感じだ。


「援護!」


 エリナとて普通の女性ではない。一対二になったくらいで怯みはしないし、容易くやられることなどありはしないだろう。

 ただ、今彼女は、ナギを求めていた。宰次と紫苑——二人を同時に相手にするには、ナギの力が必要だと感じているのだろう。


「すぐ行くっす!」


 反射的に返事をしてから、ナギは私の顔を見た。申し訳なさそうな顔になる。


「大丈夫、っすか?」


 私や武田のことを案じてくれているようだ。ナギは善人なので、怪我している私たちに気を遣ってくれているのだろう。

 けれど私には分かる。

 彼がエリナを心配している、ということが。


「私たちはもう大丈夫です」

「やっぱこっちにいた方がいいんじゃ……」

「いえ。ナギさんはエリナさんを護って下さい」


 私が武田を心配するのと同じように、ナギはエリナを心配しているに違いない。これは確信が持てる。なぜって、彼は時折、エリナを凄く気にかけていたからだ。


「そして、宰次を倒して!」


 後から「倒して、という言い方はおかしかったかな」などと思う。勢いで発してしまったのだが、考えてみれば、この年で「倒して」は変だ。ヒーローを応援する子どもではないのだから。

 しかしナギは、私の言葉に、握り拳の親指をグッと立てる。そして口角を上げ、「もちろん!」と元気に応じてくれた。


 ナギはエリナと共に戦うのだ。形は違えど、私も武田のために戦おう。



 私は横たわる武田へと視線を注ぐ。彼の虚ろな目も、ぼんやりと私を捉えていた。

 やがて、彼の口が動く。


「……沙、羅」


 声は掠れている。なのに、どこか穏やかな顔をしている。今にも眠ってしまいそうな顔だ。


 迫るような浅く速い呼吸。徐々に青白く染まる顔面。

 見ているのも辛い。私のせいで彼がこんな風になった、と思ってしまうから、なおさら辛いのだ。ただ、私はこの辛さを、口には出さないと強く決める。

 弱気な言葉は不幸を呼ぶ。だから駄目だ。


「……生きて、いるんだな」

「はい。だから武田さんも頑張って下さいね。もうこれ以上痛い目には遭いませんから」

「あぁ。……もう、遭いたくは、ない……」


 ゆっくりと言葉を紡ぎながら、彼は一度、静かに瞼を閉じる。一筋の涙が頬を伝っていく。


「……すまなかったな。沙羅」

「どうして武田さんが謝るんですか」

「私は、お前を……もう、悲しませたくなかった……」


 涙の粒が落ちてから、彼は再び瞼を開く。虚ろな瞳は涙で滲んでいた。鋭い光を湛えていた頃の面影は、もうない。


「……だが、できなかった。本当にすまない……」

「いえ、いいんです! そんなの。私は泣き虫なので、簡単に泣いちゃいますから! 私はただ、武田さんが生きていてくれれば」


 無理をして明るく振る舞う。

 そんな私を見て、武田は、どこか切なげに微笑んだ。


「その唯一の願いすら……私は、叶えてやれそうに、ない」


 泣きながら笑う。彼はいつから、こんなに複雑な表情をするようになったのだろう。


「……ごめんな。沙羅」


 細い目を閉じる。


 彼の生という名の時計が止まってしまったみたいだった。


「ま、待って。そんな急に。冗談……ですよね?」


 しかし返事はない。

 その光景を見て、私は、「このままでは彼が死んでしまう」と思った。確証があるわけではないが、本能的に感じたのである。


「待って。待って下さい、武田さん!」


 このままではいけない。どうにかしなくては。

 私は、彼を引き止めることができそうな言葉を、なんとか探す。


 懸命に。必死に。



 ——そして。



「結婚しましょう!!」



 とんでもないことを言ってしまった。


 私は一体何を言っているのか。自分でもわけが分からない。

 無理矢理言葉を探すと、いつもこうだ。嫌になってくる。けれど今さら引き返すことはできない。


「いいですか、武田さん! 結婚するんです! 一時間後くらいに! だから、死んじゃ駄目ですからね!」


 長時間にわたる強いストレスのせいで、私は若干おかしくなっていた。そこに、武田が死ぬかもしれないというストレスが加わり、私の頭は色々とんでもないことになってしまったようだ。


「いいですね? 返事して下さいっ!」


 床に横たわる武田の体を揺すってみる。だが反応がないので、私はさらに激しく揺すりつつ耳元で叫ぶ。


「返事して! 武田さん!」


 少しの沈黙。

 もう駄目か、と諦めかけた時、武田の唇がほんの少しだけ動いた気がした。じっと見つめてみる。


「…………」


「武田さん? 武田さん?」


「…………」


「聞こえてるなら返事をして下さい!」


「……沙羅」


 確かに、彼の声だ。

 間違いない。


「目が覚めたんですね!? 武田さん!!」


 武田は寝起きのように細く目を開ける。とても眩しそうだ。


「……瑞穂さんに、なぜか」

「瑞穂さん?」


「……今死ぬと、とんでもないことに、なると……笑われた……」


 奇跡。

 そんな言葉、信じてはいなかった。だがこの瞬間、私は生まれて初めて、その言葉の本当の意味を知った。


 こうして、二人の時計は再び動き出す。

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