表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
最終決戦編
119/161

118話 「この身にまとわりつくは、闇」

 爆発、だろうか。結構な大きさだった。


 狭い視界の中でなんとか見えるのは灰色の煙だけ。焦げ臭い匂いが鼻を通り抜けていく。ただ、状況はいまいち理解できない。確実なのは、地面に仰向けに倒れていることだけだ。

 武田が上に乗っかっているのか、得体の知れない重みを全身に感じる。胸や腹が圧迫され、非常に息苦しい。


「武田さん?」


 私は恐る恐る彼の名を呼んでみた。

 すると、私の上にある物体がごそっと動く。そして、それと同時に、生暖かい液体が額へこぼれ落ちてくる。

 動かしにくい腕をなんとか動かし、自分の額を触る。それから手を見ると、指先が赤く濡れていた。


「血!?」


 私は思わず大きな声を出してしまった。

 痛みはなく、傷らしきものもないのに、指先は赤黒い。私の怪我ではない、ということなのだろうが、それでも衝撃を隠しきれなかったのだ。


「……すま、ん」


 武田の声が耳へ入ってくる。

 目を凝らすと、彼の頬から血液が滴り落ちているのが見えた。


「後頭部、打っていないか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 彼は流血しているわりに呑気だった。この期に及んで私の心配をしているとは、やはり少々ずれている気がしてならない。


「武田さんこそ、怪我してますよ。血が出てます」

「血?あぁ、これか……というより、沙羅! お前! 額に血が!」


 どうやら今さら気がついたらしい。まるで時差があるかのようである。


「一体どうしたんだ!?」

「あ、いや……多分……」

「多分?」

「武田さんのがついただけかと……」


 凄まじい勢いに圧倒されながらも私は答えた。すると彼は、胸元のポケットから、慌ててハンカチを取り出す。そして、差し出してくる。

 もっとも、一番の驚きは、彼がハンカチを持っていたことだが。


「これで拭け。清潔なハンカチだ」

「そんなのいいですよ」

「いや、駄目だ。他人の血液に触れるのは良くない」

「……分かりました。では甘えさせていただきます」

「それでいい。頼ってもらえると嬉しいからな」


 私が大人しくハンカチを受け取ると、武田はふっと笑みを浮かべた。温もりを分けてくれるような、柔らかく自然な笑みだ。



 ——だが。

 そんな穏やかな時間が続くはずもなかった。



「ぐあっ」


 突如詰まるような声をあげ、床に倒れ込む武田。


 直前まで微笑んでいたのに。

 あまりにいきなりのことだったので、私はただ、呆然と見つめることしかできなかった。


「油断は最大の敵、ですな。ふふ」


 それからしばらく。煙は徐々に晴れ、視界が広がってきた。ようやく周囲の状況を捉えられる状態になってくる。

 倒れ込む武田の向こう側にいたのは宰次だった。


「爆発が致命傷にならないとは、驚きですな」


 宰次は黒い棒を持っている。先ほど私が父親から奪い取った、電撃を浴びせる棒だ。

 恐らく武田はこれにやられたのだろう。背後から棒を当てられたに違いない。それならいきなり倒れ込むのも理解できる。


「何をするんですか!」


 私は半ば無意識に叫んでいた。

 しかし宰次は不快な顔をしない。それどころか、軽く笑みを浮かべている。勝ち誇ったような、感じの悪い笑みだ。


「沙羅さん、ご安心を。お父さんは無事ですからな」

「そうじゃなくて! 武田さんになんてことを……!」


 言いかけて、私は息を飲み込む。宰次の表情が固くなっていたからだ。

 宰次はまったく怒らないわけではないが、どちらかといえば笑みを浮かべていることの方が多い人間だ。日頃あまり怒らない人間の固い表情というのは、目にすると自然と危機感を抱いてしまう。


「この男には、苦しみながら死んでもらわねばならない」


 そう言った宰次の顔つきは、まるで人間でなくなってしまったかのようだった。冷たく、触れればすべてが凍りついてしまいそうな、そんな顔つきだ。

 宰次はそれからも、黒い棒を使い、動けない武田を攻撃する。


「よくもこそこそとかぎ回ってくれましたな……京極エリナの下僕が!」


 肩を、腕を、そして背を。

 宰次は武田のあらゆるところに棒を当て、既にほとんど動けない武田へ追い討ちをかけていく。

 電撃を浴びせられ続けた武田は、もはや何もできず、ただ床に伏せて震えるだけ。棒を当てられるたび、辛そうに呻き、呼吸を乱す。


 このままでは彼は危ない。命を落とすかもしれない。

 どうにかしなくては、と考える。けれども良い案は思い浮かばない。私一人で宰次を止めることなど不可能に近しい。


「エリナさん……ごめんなさい……」


 思わずそんなことを漏らしていた。

 レイがいない今、頼れそうなのはエリナくらいしかいない。しかしそのエリナともいつ合流できるか分からない状況で。


 私にはもう希望はなかった。

 得体の知れない黒いものがまとわりついて、私を闇へ引きずりこもうとする。底のない闇の沼へ連れ込まれるような感覚。それは凄く恐ろしい。なのに、「まぁ、もういいや」と思ってしまっている自分がいる。


 扉からまたしても男が現れて、さらにどうしようもない状況になってしまった。



 すべてが、私のせい。

 私が茜についていく道を選んだから。そのせいで武田はこんな目に遭っている。


「ごめん……なさい……、私……」


 思えば、迷惑をかけてばかりだった。私が力のない人間なせいで、迷惑をかけて、みんなを不幸にした。

 結局私は役立たず。

 誰も護れないし、誰かの支えになることすらできない。


「……こんな私は、もう……」


 父親が宰次と手を組まざるを得なくなったのだって、私がいたからだ。弱い私の存在が、父親を罪人にした。


「いらない」


 渦巻く闇が心を飲み込んでいく。


 そんな時だった。


「沙羅!」


 武田の叫ぶ声が耳に入ってきた。

 彼はまだ床に倒れ込んでいる。だが、懸命に声を絞り出していた。


「そんなことを言うな!」

「……でも私は」

「要るんだ! お前が要らなくても、私は沙羅が要る!」


 予想外の元気さ、そして突然の発言に、宰次は動揺している。もちろん、先ほど部屋へ入ってきた宰次の手下の男たちも。


 それに、私も。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ