112話 「絶好調」
正面玄関から突入する。
最初にエリナとナギ、その少し後方にモルテリア。私と武田は、三人の背を追うように駆け出す。
一階の通路では、黒服の男たちが待ち受けていた。
男たちの体形に統一感はなく、がっしりした者もいれば、しゅっと背の高い者もいる。髪色や髪型も様々だ。全員に共通しているのは、黒服であることと、何かしら武器を装備していることだけである。
「捕らえろ!」
リーダー格の男が叫んだ。同時にそれぞれ戦いの構えをとる黒服の男たち。だが、エリミナーレは、そんな構えに臆するほど弱虫の集まりではない。
「……やるしかないみたいね」
エリナは呟き、黒光りした鞭をいつでも使えるように持ち直す。ナギは拳銃を取り出しつつ、エリナに話しかける。
「このむさ苦しい奴ら、一掃するっすか?」
「えぇ。ただ、なるべく死なせないこと」
「もちっす! 心配せずとも、ちゃーんと弾入れ替えてるっすよ!」
ナギは、片手で握った拳銃を、かっこつけるようにクルッと回す。
その時、リーダー格の男が「かかれ!」と叫んだ。それを合図に一斉に動き出す。銃器を持つ者は引き金に指を当て、刃物を持つ者は走って接近してくる。
「撃たせやしないわよ」
銃器を持つ黒服の男たちが引き金を引くより先に、エリナは黒い鞭を振るう。鞭は蛇のようにうねり、男たちの手から銃器を払い落としていく。長い鞭を自由自在にコントロールするエリナを眺めていると、いつの間にか、感動に近いような何かを感じていた。
華麗に舞うエリナに見惚れていると、背後から一人の男が迫ってきていた。
「まずは一人っ!」
手には刃渡り三十センチほどの刃物。刺されてはまずい、と本能的に察知する。しかし既に距離を詰められていて、逃れられそうにない。
私は思わず身を縮める。
もう駄目かもしれない——そう思いかけた。だが、男の気配に気づいた武田が、すぐに身を返す。男は武田に気づかれ睨まれたことで怯む。
「沙羅に刃を向けるな」
怯んだ一瞬の隙を逃さず、武田は、男のナイフを持った腕を掴む。そして、空いているもう片方の手で男の手首を捻り、ナイフをもぎ取った。
十秒もかかっていない。
恐らく何度も経験があるのだろう、非常に慣れた手つきである。
「くっ、くそっ!」
ナイフを奪われても男はまだ諦めていない。既にそれを理解している武田は、男の腹に蹴りを入れる。武田にしては軽めの蹴りだが、一般人の動きを封じるには十分な威力のようだった。
男を蹴り飛ばしてから、彼は小さく「よし」と呟く。そして、私の方へ視線を向けてくる。
「大丈夫そうだ、沙羅。鎮痛剤は十分に効いている。今日は傷を気にせず戦えそうだ」
「本当ですか?」
「あぁ。今日は調子が良い」
それからも、武田は、接近してくる黒服の男を続々と退けていく。
その中で彼は一つも傷を負わなかった。今日の武田は、今まで私が見た中で一番の強さを誇っていた。動きに切れがあり、乱雑さもない。見事な戦い方だ。
おかげで黒服の男たちはすぐに片付いた。
「進むわよ!」
エリナの声が聞こえたので、武田と共に走り出す。今はまだ予想できぬ未来へと。
しばらく進み、二階へ上がる。全員揃っているので心細くはない。それだけが救いだ。
二階の通路を歩いている時、モルテリアが唐突に声をかけてきた。その手には一枚のりんごチップス。
「……沙羅、平気……? これ、食べて……」
「あ。ありがとうございます。でも今は結構です」
りんごチップスを食べている余裕はさすがにない。いつ何があるのか分からないのだから。
「りんご嫌い……? ……赤くて、丸くて一生懸命……生きてる、りんごなのに……」
「嫌いじゃないですけど、さすがに今は……」
断りたいが断りづらい。困っていると、武田が話に参加してきてくれる。
「こら。モルは沙羅に絡むな。沙羅が気を遣って疲れるだろう。たとえ良心であっても、押し付けは良くない」
「でもりんご可哀想……。食べられるの、せっかく……待ってたのに……」
「沙羅で消費しようとするな。残った物は残しておいて構わないから」
「でも、余ったら……りんごが可哀想……」
「とにかく。話は後だ」
面倒臭くなったのか、武田は無理矢理話を終わらせた。彼が面倒臭がる立場というのはなんだか新鮮である。
「モルちゃん。りんごチップスは後で俺が貰うっすよ」
「本当……?」
「嘘つくわけないっしょ! 本当っすよ」
「嬉しい……!」
心から喜んでいるらしく、モルテリアは頬を赤く染めていた。
——その時だった。
通路の向こう側から、こちらへ歩いてくる人影を発見する。成人女性にしても小さな人影だ。
先頭を行っていたエリナは立ち止まり、警戒したような顔つきになる。
「……来たね、エリミナーレ」
「えへへっ。待ってたよぉ」
人影はよく見ると二つだった。背は低く、短い髪。子どものような顔つき。
「紫苑? それに、茜!?」
懐かしい顔の登場に驚きを隠せないエリナ。平静を装うことも苦手ではない彼女だが、こればかりは平静ではいられなかった。
私の前にいる武田も、みるみるうちに目つきを鋭くする。
「そうだよぉ。覚えてもらえてて嬉しいなぁ、久しぶりぃ」
燃えるような赤い瞳の茜は、前と変わらない口調で挨拶してくる。
「貴女たちは新日本警察が保護していたはずじゃ……」
「おじさんが解放してくれたんだよぉ。優しい人だよねぇ、畠山宰次さんって!」
茜の言葉に、エリナは愕然として固まっていた。言葉が出てこないみたいだ。口紅の塗られた唇が微かに震えている。
「エリミナーレは、祖母の仇。……覚悟!」
声は冷淡で、顔は無表情。ただ、紫色の瞳には闘志が燃えているようである。ずっとにこにこしている茜とは対照的に、紫苑は真剣な空気を漂わせていた。