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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
最終決戦編
112/161

111話 「恐怖を抱きながらも」

「……光った」


 モルテリアが静かな声で言ったのは、もうすぐ着く、という時だった。


 武田はすぐにブレーキを踏む。タイヤと地面が擦れる高く鋭い音が鳴り、車は停まる。シートベルトをしていて良かった、と安堵した。


 ——直後。

 弾丸がフロントガラスに突き刺さる。ちょうど武田の目の前だ。


 彼は一瞬にしてシートベルトを外すと、ドアを開け、切羽詰まった声で叫ぶ。


「降りろ!」


 次は私に弾丸が来るかもしれない、という恐怖が突然襲いかかる。私はあまりの恐怖に動けなくなってしまった。

 指、手、腕に足。すべてが激しく震え出す。


 後部座席の三人は既に車を降りていた。車内に私だけが残ってしまう。

 何とか速やかに外へ出ようとするが、シートベルトを外すことすらままならない。なんせ、手が震えてまともに動いてくれないのだ。


「沙羅! 何をしている!?」


 私がもたついていることに気づいた武田は、すぐに車内へ戻ってきてくれた。


「どうしたんだ」

「こ、これ……取れなくて……」


 私はシートベルトを指差す。それが限界だ。


「任せろ、すぐに外す」


 武田はその大きな手が私のシートベルトへ伸ばした——刹那。車外のエリナが叫ぶ。


「二発目が来るわよ!」


 怖い。純粋に。

 生まれて二十年以上経つが、これほど怖いと思ったことはない。


 シートベルトを外した武田は、私に被さるような体勢をとり、耳元で小さく呟く。


「目を閉じろ」

「……え」

「いいから。早く」


 日頃より厳しい声色だった。

 なので私は指示通り目を閉じる。彼がいるから大丈夫。そう信じ、その場でじっとすることに専念する。

 それから数秒、硝子が割れるような聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。鋭さはあるが、一瞬だけの音だった。


「沙羅、少しじっとしていてくれ」


 硝子が割れるような音が消えた後、武田の声が聞こえた。それとほぼ同時に体が持ち上がる。どうやら彼が抱えあげてくれたようだ。

 こうして、私はようやく車外に出られた。

 怪我なく済んだことは嬉しいが、逆に、早速迷惑をかけてしまったことは悔しい。改めて自分の弱さを感じてしまい、少し胸が痛くなる。


「怪我はないか?」

「は、はい」

「そうか。……良かった」


 安堵したように笑みを浮かべる武田。彼の笑みは、自然で、とても優しく、そして柔らかだった。

 そこへ飛んでくるエリナの指示。


「徒歩で建物へ向かうわよ!」


 指示を聞き、武田は立ち上がる。それを見習い、私も腰をあげる。


「沙羅、歩けるか」

「はい。大丈夫です」


 彼の問いに頷く。

 この頃になって、ようやく足の震えが収まってきた。色々と危ういが、何とか歩けそうだ。


「武田! 何してるの! もたもたしてないで、早く来なさい!」


 ナギとモルテリアを引き連れて先に駆け出していたエリナが、振り返り、遅れている私らに向けて叫ぶ。いつになく緊迫した声だった。しかも「的にされるわよ!」などと付け加える。物騒なことを言わないでほしい、と密かに思った。

 この状況下でそんな物騒なことを言われては、不安が高まって仕方ないではないか。やみくもに不安を煽るような発言は、極力避けていただきたいものである。


「行こう、沙羅」


 不安が募る中、私は武田に手を引かれ歩き出す。速度は徐々に上がり、いつしか小走りのようになっていく。


 足の回転が速まると同時に、胸の鼓動も加速していく。やがて呼吸も速くなる。

 もっとも、それが単に運動したせいなのか否かは、誰にも分からないが。



 やがて建物へたどり着く。

 一見どこにでもありそうに思える、何の変哲もない三階建てくらいの建物である。以前宰次に連れてこられた時に見たのとまったく同じ光景だ。


 入り口付近へ到着すると、エリナがやや大きめの声で言い放つ。


「約束通り来たわよ! 畠山宰次!」


 この季節にしては冷たい強風が、桜色の髪を激しく揺らす。エリナは面倒臭そうに、片手で髪を押さえていた。


「まさか逃げたんじゃないでしょうね!」


 代表してエリミナーレの到着を伝えるエリナには、真剣な顔つきのナギがぴったりと張り付いている。

 細身で高校生のような顔立ちのナギだが、真剣な顔つきをしていると、一人前のボディーガードに見えないこともない。今日は珍しくスーツを着ているので、その影響もあるのかもしれないが。


『……ふふ。逃げた、とは面白い発想ですな』


 どこからともなく宰次の声が聞こえてきた。

 生の声ではなさそうな感じがする。恐らく、建物周辺に設置されたスピーカーから、聞こえてきているのだろう。


『僕が逃げるわけないことは、分かっているでしょう? ふふ。まずは最上階まで来ていただきましょうかな。……天月さんをお忘れなく』

「沙羅を利用するなんて、随分卑怯なのね! 畠山宰次!」

『僕のもとには天月さんの父親がいますからな。彼が殺されて困るなら、絶対に、天月さんを忘れぬように』

「覚悟なさい、卑怯者! 必ず痛い目に遭わせてやるわ!」


 エリナは彼への不快感を隠さない。露骨に顔に出している。隠す必要もない、という判断を下したようだ。


 ——それにしても、なんて卑怯なのだろう。


 私はこの時、宰次に対し、初めてそんなことを思った。

 人一人の命がかかっていればエリナは逆らえない。それを知っていてこんな手を使っているのだろう。人の命で自在に操ろうとするなど、卑怯の極みである。


「……沙羅は頼むわよ」


 エリナは静かに、私の近くに待機している武田を一瞥する。それに対し武田は首を縦に動かす。


 それから数秒後。

 放たれた、エリナによる「突入!」の合図で、私たちは建物へ入っていくこととなった。

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