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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
最終決戦編
111/161

110話 「いざ、戦場へ」

 そして、約束の日が訪れた。


 今にも雨が降りそうな、どんよりした灰色の空。窓の外の木々を揺らす、いかにも冷たそう突風。

 あまり明るい気分になれる日ではない。


 緊張や不安が渦巻き、私は朝から何も話せなかった。元気よく言葉を発する気にはなれない。笑顔になることなどもちろん不可能だ。

 着替えを終え、リビングの端でしゃがんでいると、漆黒のスーツに身を包んだ武田が現れた。しゃがみこむ私の方へ進んでくる。


「おはよう、沙羅。体調が悪いのか?」

「……いえ。別に」

「いつもより顔が青い。貧血気味か? 無理だけはするなよ」


 彼はさりげなく私の前にしゃがみ、私の手を握り「大丈夫だ」と言ってくれる。


 その言葉に私は救われた。

 雪を溶かす日差しのように。泥を落とす雨粒のように。彼の言動は、私の中の緊張と不安を徐々に減らしていく。


「……ありがとうございます」


 私は小さく礼を言った。

 彼の体はまだ完全に回復してはいないかもしれない。そんな不安が付きまとう。


「武田さん……、無理だけはしないで下さいね」

「あぁ、もちろん。今日は鎮痛剤を飲んで行く。これで突然来る痛みは防げるだろう」

「なるべく怪我しないように気をつけて下さいよ」

「あぁ、そうだな。沙羅を悲しませないように頑張る」


 小さくガッツポーズをしながら、彼ははっきりと宣言した。

 何度も言い聞かせておけば、少しは怪我しないよう努めてくれるかもしれない……いや、それは幻想か。だが、少なくとも、負傷すること前提のような乱雑な戦い方はしないだろう。

 本当は武田には無傷で切り抜けてほしいのだが、それはさすがに贅沢を言いすぎというもの。彼が受ける傷が少しでも減ればそれでいい。


「そういえば沙羅。護身用の、拳銃風のアレは持っているのか?」

「あ、はい」


 私は武田に言われて思い出す。昨日ナギから渡された、本物ではないがおもちゃにしては危険な拳銃のことを。

 私は拳銃とホルスターを武田に見せる。


「これですよね」


 腰に装着するタイプのホルスターはナギのお古を借りた。


「ちゃんと着けられそうか? 無理なら早めにナギか誰かに頼むといい」

「武田さんはできませんか?」

「私はやってみたことがない。役に立てず、すまない……」


 眉尻を下げ、しゅんとする武田。こんな顔をされては、こちらも辛い。


「い、いえ! 厚かましく頼んだ私が悪かったんですっ。本当は自分ですべきことなんでっ。武田さんは悪くないです!」

「そう言ってくれるか……」

「当然ですっ。武田さんは拳銃なんか使わないですもんね」

「肉弾戦しかできずすまん……」

「え!?いや、そんなつもりじゃないですよ!」


 何か言うたび、いちいち落ち込んだような顔をする。今日の武田はいつもより厄介な感じだ。

 私は彼の手をそっと握り、小さく呟く。


「……頼りにしてます」


 すると彼は、驚いたように、何度か目をぱちぱちさせる。それから少しして、「そうか」と述べた時、彼は気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。


 武田の羞恥の感覚は実に謎だ。

 彼は、普通照れ臭くて言えないようなことを、躊躇いなく堂々と言ったりする。なのに、こんな細やかな言葉に、気恥ずかしそうな顔をしたりする。

 謎は深い。



 それから私は、こっそりレイに電話をかけてみた。彼女が携帯電話を持っているのかはっきりしなかったのだが、電話に出てくれたので持っていたのだと分かった。


『もしもしー、あ、沙羅ちゃん?』


 少し嬉しそうな声色。

 私はほっとする。

 ここのところ、レイはあまり元気そうではなかったからだ。ほんの僅かでも、明るい声を聞けると幸福を感じる。


「はい。今日、行ってきます」

『あっ……』


 レイは言葉を詰まらせる。私は明るい空気に戻そうと努め、いつもよりはっきりした声を出す。


「頑張ってきます! って言っても私はお荷物同然ですけど……あはは」


 明るく振る舞おうとしてみるも、なかなか上手くいかない。ぎこちない、不自然な明るさになってしまう。


『沙羅ちゃん、大丈夫? 無理しちゃ駄目だよ?』

「無理はしないよう気をつけます。レイさんはゆっくりしていて下さいね」

『ありがとう。……ごめんね』


 彼女は少し寂しげだった。もちろん顔が見えるわけではないが、きっと暗い顔をしていたことだろう。そんな気がする。


『あたし、一緒に行けなくてごめんね』

「そんな! 謝らないで下さい。今はゆっくり休んで下さいね。元気になったら、またみんなですき焼きとかしましょう!」


 思いつきでおかしな提案をしてしまった。

 レイはくすっと笑みをこぼす。この状況で笑われるとは、少々恥ずかしい。


『ありがとう、沙羅ちゃん。きっとまた帰るから』


 彼女は少し空けて続ける。


『今日は頑張ってね』


 レイからの励ましの言葉が、今は何より嬉しかった。

 大層な激励ではなく、細やかで純粋な励まし。運命を変えてくれるような大きなものではないけれど、その言葉は確かに、私を前向きな気持ちにさせてくれた。



 全員が準備を終えた頃、私たちは車に乗り込む。宰次と約束した通り、この前の建物へ向かうべく。

 運転席の武田は、小さく「では」と言ってから、アクセルを踏む。車は走り出した。ここまではそこそこスムーズにいけた方だろう。


「エリナさん、熱下がって本当に良かったっす!」

「そうね」

「もう本調子っすか?」

「……えぇ」


 後部座席に座っているナギは、隣のエリナに、積極的に話しかける。しかしエリナはいい加減な返事しかしない。彼女は楽しく話せるような心理状態ではないのだろう。


「そういえばエリナさん。李湖は? 今日見かけてないっすけど」

「レイのところよ」

「えーっ! レイちゃんのとこ!? 何でっすか!?」

「レイだってエリミナーレの一員だもの、状況を伝えるくらいはしておきたいのよ。だから、李湖にはレイの荷物を届けに行ってもらったの」

「あー、なるほど。携帯ないとレイちゃんに連絡できないすもんね」


 会話を聞き、私は嬉しかった。エリナがレイを切り捨てていないと分かったからだ。エリナは今でもレイをエリミナーレの一員と思っている。そのことに安堵した。


 ——やがて、エリナが口を開く。


「目標はただ一つ。宰次を捕らえることよ」


 こうしてたわいない会話をしている間にも、宰次の待つ場所へ徐々に近づいていっていたのだ。エリナの宣言を耳にし、改めてそう感じた。


「今ここにいる五人、誰一人欠けることなく任務を完遂する!」


 凛々しさを感じる声で言い放つエリナ。決して激しくはないが、熱いものを感じられる声色である。

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