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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
約束までの日々編
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108話 「傍にいて護りたい」

 武田が運転する車に乗り、約二十分。エリミナーレの事務所へ到着した。


 入り組んだ決して明るくはないこの気持ちは、容易く拭えるようなものではない。けれども、ナギやモルテリアがいることで、ほんの少しだけ気が楽になる。

 私は喧騒は好きではない。ただ、今は騒がしさに救われる気がする。そもそも、人が多いというだけでもだいぶ違う。


 エレベーターもあるのだが、敢えて階段をのぼり、事務所の扉を開けた。



「あら。お帰りなさい」


 事務所に入るなり、エリナがそんな言葉をかけてくれた。彼女は偶然そこにいたようだ。


 エリナは珍しく前髪を上げている。前髪を上げたことで見えるようになった額には、熱冷ましのためのシートが貼ってあった。

 桜色の髪と水色のシート。自然な色合いで、意外と違和感がない。


「エリナさーんっ!」


 動けてはいるもののどこかぼんやりした目つきのエリナに、ナギがいきなり勢いよく抱き着く。ぱふん、と軽い音がした。

 いつものエリナなら強烈な一撃を食らわせでもしたことだろう。

 だが今日の彼女はまだ万全の調子ではない。だから「離して」と言うだけだった。


「体調は大丈夫なんすか? 歩いてても平気っすか?」

「そこまで弱ってないわ」

「ならいいんすけど……凄く心配したっす!」


 ナギの大胆な行動に、私は驚きを隠せない。

 目上の女性——しかも気の強いエリナに、断りもなく抱き着くとは。さすがナギ、といったところか。

 並の人間には到底できないことである。


「今からは俺がじっくりお世話して差し上げるっすよ!」

「いらないわ。もう熱もだいぶ下がったもの」

「え。もう? 今何度っすか?」

「七度五分」


 それでも平熱に比べれば高い。十分「発熱している」と言えるレベルだ。だが、昨日と比べればかなり下がっている。

 早めに薬を飲んだのが功を奏したのだろう。


「えぇっ。高いじゃないっすか!」

「八度ないもの、まだましよ」

「いやいや! 八度は普通にヤバイっしょ!」


 エリナとナギが話しているのを見ていると、なぜか心がほんわかした。

 会話の内容的にはほんわかするようなものではない。にもかかわらずほんわかするのは、事務所にいつもの騒がしさが戻ってきたからに違いない。

 ナギの馬鹿げた行動すらも、今は微笑ましく感じた。


 やがて、ナギとの会話に疲れたらしきエリナが、落ち着いた声で述べる。


「リビングへ行きましょ、ここで話し続けるよりかはいいわ。座れるもの」


 彼女の提案に対し、ナギは明るく「名案っすね!」と応じた。


「いざ、リビングへ! っすね」

「そうよ」


 言ってから、エリナは私たちに視線を向ける。茶色い瞳にはほんの僅かに光が戻ってきていた。


「全員、一度リビングへ。話はそれからにしましょう」


 エリナが少し元気そうになっているのを見て、私は安心した。

 レイのことや偽瑞穂のことなど色々あったので、エリナはここのところかなり疲れているようだった。表情も、らしくなく暗いことが多かった気がする。

 日頃は迷惑なナギにも存在意義はある——改めてそう確信した。



 リビングへ集まる。

 そこにはなぜか李湖もいた。彼女がいていいのだろうか、と思っていると、エリナが口を開く。


「李湖。貴女は向こうへ行っておいてちょうだい」

「えー、酷ーい。仲間外れとか駄目ですよぉー」

「黙って出ていきなさい」


 エリナは静かに言いながら、李湖をジロリと睨む。畏怖の念を与えるような鋭い目つきだ。

 すると李湖は先ほどまでとは打って変わって身を小さくする。そして不満げに「はいはい、分かりましたよー」などと漏らしながらリビングの外へと向かった。


 李湖が出ていくとほぼ同時に、話が始まる。


「さて、ナギ。レイの容態は?」


 エリナは尋ねながらいつもの席に座り、引き出しから取り出したマスクを着用。マスクを常備しているとは意外だ。


「四肢や体に火傷があるらしいっす。多分爆発のせいっすね。命に別状はないし意識もあるっすけど、しばらくは安静にしとくようにって」


 無傷とはいかなかったが、命が危ないような大怪我でなくて良かった。それは本当に思う。


「安静、ね……。ということは、いずれにせよ無理ね」

「無理? 何がですか?」

「宰次との戦いに参加するのは無理、ということよ。これでレイを説得するしないの問題はなくなったわね」


 エリナは少し安堵しているようにも見えた。

 レイをどう説得して一緒に戦ってもらうか、エリナはエリナなりに頭を悩ませていたのかもしれない。


「それで、レイの他に降りるつもりの人はいるかしら。もしいれば今言ってちょうだい」


 淡々とした声でエリナが尋ねる。

 その言葉によって、リビングは静かになった。授業中に先生が声を荒らげた時のような、静寂である。もちろん私も黙る。


 様子を窺い合うような時が流れ——最初に言葉を発したのはモルテリア。


「……降りない。けど……何もできない……」


 肩を縮め、僅かに目を伏せている。何もできないことを申し訳ないと思っているようだ。もっとも、彼女は酢プラッシュをすれば普通に活躍できると思うのだが。


「俺も降りないっす! あんなやつ、俺がちゃちゃっと片付けてやるっすよ!」


 ナギは自信に満ちた顔で言った。モルテリアに続き二人目だ。

 それからエリナは私の顔をじっと見つめてきた。肌を刺すような真っ直ぐな視線である。


「沙羅はお父さんの件があるから参加して。極力危険な目に遭わずに済むよう配慮はするけれど、どうなるかは分からない。覚悟して挑んでちょうだい。いいわね?」

「あ、はい。大丈夫です」


 私がそう答えると、エリナは武田へ視線を移す。


「武田、貴方はもちろん降りないわよね?」

「はい。約束ですから」

「参加するからには、普段通り働いてもらうわよ」

「そのつもりです。……ただ」


 武田は眉ひとつ動かさず、真剣な顔つきをして、淡々とした声色で述べる。


「沙羅を護らせて下さい」


 それを聞いた私は思わず「えっ」と漏らしてしまった。だが、非常に小さな声だったので、恐らく誰にも聞こえてはいないだろう。


「沙羅をもう辛い目に遭わせたくない。悲しませたくない。だからどうか、この娘の傍にいさせて下さい」

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