表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
約束までの日々編
108/161

107話 「仲直りの証?」

 白一色で統一されたさほど広くない病室内に、いるだけで心労がかさむような張り詰めた空気が漂う。

 一秒後に何が起こっているか分からない、というような緊迫感。私はそれに押し潰されそうな気がして仕方ない。


 暫し沈黙があり、やがて、ナギに右腕を掴まれている武田が言う。


「離せ、ナギ」


 威圧感のある低音だ。

 だがナギは武田に慣れている。低い声で言われたくらいで素直に従うはずもない。それに、彼のことだ。むしろ言われたのと真逆の行動をとる勢いである。


「こんなところで本気でやり合うつもりか。迷惑極まりない」

「逃げるんすね。じゃあ、レイちゃんの気遣いを邪険に扱ったこと、謝ってほしいっすよ!」

「それとこれとは話が別だろう」


 武田とナギは真剣に睨み合っている。

 レイは「いい加減止めて!」と言い、男二人を制止しようとする。しかし、ナギも武田も反応しない。完全無視である。レイが無視されるなんて信じられない。


 やがて怒りを露わにしているナギの手が、肘の方へと移動する。意図してか偶然かは分からないが。そんなことで肘を強く握られた武田は、またしても顔を歪める。詰まるような苦痛の息を漏らしていた。


「なっ、ナギさん! お願いです。止めてあげて下さいっ!」


 余計な刺激を加えることは避けるべきなのに、堪らず口を挟んでしまう。武田が苦しんでいる光景を目にしながら黙っていることは、私にはどうしてもできなかった。

 私にしては大きな声に、ナギは驚いたようにこちらを向く。


「これは俺ら二人の問題なんで、止めないでほしいんすけど」

「でもっ。武田さんは苦しそうな顔をして……」

「これは男同士の話。沙羅ちゃんみたいな可愛い女の子が入れる話じゃないんすよ」


 いつもなら言われて嬉しいであろう「可愛い」も、このタイミングだと嬉しくない。話に入ってくるなと言われているような気分になるからである。


「沙羅、構うな。お前が心配することはない」


 続けて武田が言ってきた。


 一見優しい言葉だけれど、それはどこか私を拒否するような言葉だ。

 妙に悔しい気持ちになる。


「心配しますよ! だから止めて下さいっ!」


 私は思わずそう叫んでしまった。

 狭い部屋がしんと静まりかえる。そして、全員の視線が私に集まった。攻撃的な視線ではない。だが、小心者の私にとっては、大勢から視線を向けられるのが少々苦痛だ。

 それにしても、まさか私の声でみんなの動きが止まるとは思わなかった。


「そうだよ。沙羅ちゃんの言う通り」


 一番に口を開いたのはレイ。


「ナギも武田も、喧嘩するのは良くないよ。こんな時だからこそ結束を固めないと」


 確かに、と思う。彼女の言っていることはまっとうだ。

 巨大な敵に向かう時ほど力を合わせなくてはならない。これは小学生でも分かるような当たり前のことである。しかし、当たり前のことほど忘れるというのもまた、事実だ。


「仲良し……いいね……」


 ようやく場が落ち着いてきたところで、モルテリアが口を挟んできた。彼女は持っていた紙袋から小さなたい焼きを取り出し、ナギと武田にそれぞれ手渡す。


「……仲直りの、証……あげる……」


 いきなり小さなたい焼きを渡されたナギと武田は、ほぼ同時に困惑した顔になる。


「何だ、これは」

「これ何すか」


 どうやらモルテリアの意図が掴めていないようだ。あまりに突発的なので、意図が掴めないのも分からないことはない。


 しかし、当のモルテリアはというと、困惑した顔をされても気にしていない。僅かに口角を持ち上げ、丸みを帯びた顔に柔らかな笑みを浮かべている。

 白玉のような頬が愛らしい。


「これ食べて、仲良く……!」


 それは、食べ物好きがよく現れた、非常に彼女らしい発言であった。



 ナギと武田の喧嘩はなんとか収まった。二人を制止することができたのは、ある意味モルテリアのおかげかもしれない。彼女が突然小さなたい焼きを渡したことで、雰囲気が変わった気がするのだ。


 とにかく大事にならなくて良かった、と私は内心安堵の溜め息を漏らす。


「ナギさんは今日もこちらに?」


 私は何げなく尋ねてみた。

 荷物の準備もなしに二日も泊まるというのは大変だろう。だがレイを思うナギなら、多少苦労しても二泊するかもしれない。

 そんな風に考えていたからだ。


「俺っすか? いやー、まだ考え中なんすけど……多分もう一晩泊まるっす」

「ナギ。事務所へ帰って」


 私の問いにナギが答え終わった直後、ベッドの上のレイがきっぱりと言った。ナギは驚いたようにレイを見て、「ちょ、何で!?」などと返す。


「ナギはエリミナーレに残るって、昨日言ってたよね。エリミナーレのメンバーなら、事務所に帰って戦いに備えた方が良いと思う」

「俺はレイちゃんを一人にすんのは嫌っすよ」

「結局ナギはどっちなの? どっちつかずは良くないと思うよ」


 真剣な顔つきで淡々と話すレイ。そこにいつものような爽やかな笑みはない。


「あたしはもうエリミナーレの一員を名乗る資格がない。でもナギにはその資格があるんだから。ナギはエリミナーレを選んでいいと思うよ」


 数秒して、レイは続ける。


「それにほら。ナギはエリナさんのこと凄く心配していたよね。看病してあげなくていいの?」

「まぁそうっすけど……」

「だったら早く事務所へ帰った方がいいよ!」

「けど、そしたらレイちゃんが一人に……」

「あたしのことは気にしないでいいから」


 レイの声は冷ややかだった。

 決して荒々しい調子ではない。しかし、レイの静かな声には、漠然とした鋭さがあった。


 彼女は彼女なりに思うところがあるのだろう。その心の内は私には分からないけれど、彼女にも思いがあるということだけは感じられる。きっと複雑なものに違いない。

 だから私はこう言った。


「ナギさん、一度事務所へ帰りませんか? レイさんもああ言ってられることですし。あ、もちろんモルさんも」


 するとナギは黙り込んだ。らしくなく、何か考えているような真面目な顔をする。いつも活発で騒がしいナギだけに、黙っていると不思議な感じだ。

 私は彼の返答をじっと待った。急かすのは良くない気がしたからである。


 待っていると、やがて、ナギが口を開いた。


「そうっすね! 一旦帰ることにするっすわ!」


 私の予想とは違った返答だった。

 こんなことで、微妙な空気を十分には払いきれぬまま、事務所へ帰ることとなった。


 帰りしな、レイは私に向けて、微笑みながら手を振ってくれた。気を遣ってくれたのだと思う。彼女は本当に優しい人である。

 だが、その優しさが彼女自身を怪我させることとなったのも、また事実だ。みんなを傷つけさせまいとした結果、彼女が傷ついた……それを考えると、明るい気持ちにはなりきれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ