表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
約束までの日々編
107/161

106話 「麗らかな日の険悪な空気」

 静かな夜を終え、翌日。

 空はよく晴れ、暖かな日差しの差し込んでいる。やや強めの爽やかな風が、肌を撫で、髪を揺らす。外を少し歩くだけで春の香りに包まれる、麗らかな日である。

 そんな中、私は武田と二人で病院へと向かった。意識を取り戻したというレイに会うためである。


 本当は昨日行っても良かったのだ。しかし、エリナが高い熱を出しているので離れられず、結局行けずじまいである。


 そして今朝。薬の効果か、エリナの熱は少し下がっていた。だから今日、レイに会うべく病院へ行くことになったのである。エリナはまだ体調がすぐれないのでもちろん行けない。だが、彼女が「行ってきなさい」と言ってくれたおかげで、私たちは気兼ねなく行くことができた。

 彼女の言葉に感謝である。



「……待ってた」


 病院の入り口付近で待ってくれていたのはモルテリア。

 口に入りきらないくらいの物を入れ、元気よく咀嚼している。もぐもぐしているのがはっきりと見えるくらいだ。

 手には、白い紙に包まれた温かそうなたい焼き。半分ほどしか残っていないが、露出した小豆が甘い香りを漂わせている。


「モル、お前は何をしにここへ来たんだ」

「……お出迎え」

「ではなぜたい焼きを頬張っている」

「美味しいよ……?」

「ここは病院だ。たい焼きを食い散らかすのは良くない」

「……ちゃんと……食べてあげるのが、優しさ。違うの……?」


 ここまで来ると、さすがの武田も呆れるほかなかったようだ。これ以上は話しても無駄と思ったらしく、話題を変える。


「まぁいい。取り敢えず行こうか」

「……うん」


 モルテリアはもぐもぐしながら、こくりと頷く。柔らかそうな髪がふわりと動くのが愛らしかった。



 病室へ着くと、ベッドに横たわっていたレイが上半身を起こす。一つに結われた青い髪がさらりと揺れる。


「レイさん!」


 私は名を呼びながら、レイに駆け寄る。


「沙羅ちゃん!」


 レイは明るい笑顔を浮かべて迎えてくれた。再会を喜ぶような顔をしてくれている。


「大丈夫なんですか!?」

「あ、うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「重傷じゃないんですね!?」

「うん。軽い火傷とかくらいだから、そこまで酷い怪我じゃないよ」


 それを聞き、私は安堵の溜め息を漏らす。爆発がどうのと耳にしたのもあり、大怪我だったらどうしよう、と非常に心配していたのだ。


「それなら良かったです。……でも、一体何があったんですか?」

「それが、途中までしか記憶がないんだよね」


 レイは困ったような顔をしつつそう言った。


 私とレイが話をしていると、後ろにいた武田がいきなり口を挟んでくる。


「途中までの記憶はあるのか?」


 問われたレイは「うん」とあっさり答えた。

 すると武田は続ける。


「吹蓮と交戦したという話は聞いたが、私らと別れた後に何があったんだ」


 ストレートに聞かれ、難しい顔をするレイ。


「見回りの時、途中から少し気配を感じてて。それが吹蓮の気配だって分かったから、あたし一人で捕らえようと思ったんだけど、自爆されちゃった」

「待て。なぜ気づいた時点で私に言わなかった?」

「負傷中の武田に戦わせるわけにはいかないと思って。それに、沙羅ちゃんを巻き込んでも嫌だしね」

「だが……」


 言いたいことがたくさんある、というような表情を浮かべる武田。今にも口調を強めそうな彼に対し、近くのパイプ椅子に座っているナギが述べる。


「レイちゃんは武田さんとかみんなを思って一人で頑張ったんすよ? それを否定するとか、さすがに酷くないっすか?」

「頑張ると勝手に行動するは同じ意味ではない。勝手に行動するのは良くない」

「ちょ、その言い方はないっしょ。何でそんなこと言うんっすか?」


 場が徐々に険悪な空気になってくる。

 しかし武田は、険悪な空気など微塵も気にせず、はっきりと物を言う。


「誰にも相談せず自己判断で勝手に行動するのは良くないことだ」


 淡々とした口調で言われたナギは、いよいよ攻撃的な面を露わにしてくる。


「ならアンタだって! 沙羅ちゃんが拐われた時、勝手に飛び出していったじゃないっすか!」


 共通の敵に対しての時は頼りになるが、今は仲間同士だ。頼りになるならないの問題ではない。

 小心者の私には、ナギの攻撃的な口調は怖すぎた。自分に投げかけられた言葉でもないのに、つい畏縮してしまう。


「確かに。だが、私は周囲にそれほど迷惑をかけてはいないはずだ。自分のことはちゃんと自分で管理するようにしている」

「いやいや、沙羅ちゃんを心配させてるじゃないっすか!」

「彼女を心配させてしまっていることは知っている。沙羅は優しいからな。だが、仕事に支障をきたすほどの怪我はしていない。次の戦いも私は普段ど……」


 その瞬間、ナギは武田の右腕をがっしりと掴んだ。こればかりはさすがの武田も動揺した顔をする。


「普段通り? この怪我で? 冗談きついっすわ!」


 右腕を握られた武田はほんの少し顔を歪める。

 肘に直接触れられているわけではないが、それでも痛むのだろう。負って数日なので痛むのは仕方ない。


「ナギ! 止めて!」


 ベッドに座っているレイが鋭く注意する。だが頭に血が昇っているナギには届かない。


「普段通り動けるつもりでいるなら、今ここで試してやるっすよ!」

「お前の力で私を負かすのは無理だ」

「挑発する気満々っすね……いいっすよ!」


 病室で暴れる気か。それはさすがにまずい。危険だし、病院に迷惑がかかる可能性も高い。

 なんとしても止めなくては——そう思うのだが、私で男二人を止めるのは無理だ。頼みの綱のレイはベッドから動けず、モルテリアは変わらずたい焼きを貪り食っている。

 こんな時エリナがいてくれたなら。叱って制止してくれたなら。彼女がこの場にいればどんなに助かっただろう、と、そんなことを考えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ