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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
約束までの日々編
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100話 「あたしは貴女を許せない」

 沙羅と武田が事務所に帰ったのと、ほぼ同時刻——。


 人通りのない路地に一人佇み口を開くレイ。


「今日一日あたしたちを付け回して、一体何のつもり?」


 彼女は、青く長い髪を風になびかせ、険しい顔をしている。

 近くに人の姿はない。けれど、彼女の瞳には何者かが見えているかのようだ。ただ、もし通行人が今の彼女を見たならば、独り言を言っていると勘違いしたに違いない。


「隠れていないで出てくればどうなの! 吹蓮!」


 鋭く言い放つレイ。日頃から男性的な凛々しい顔立ちだが、今は特別厳しい表情だ。戦士のような眼差しである。


 彼女が言葉を放ち数秒くらい経った時、暗闇の中に、吹蓮が姿を現した。

 鮮やかな色の糸で刺繍された赤紫の長いローブ。黒いレース生地で作られた地面に触れそうな丈のスカート。相変わらず色鮮やかで個性的なデザインの服を身にまとっている。


「……気づいていたとはねぇ」


 吹蓮は、老いを感じさせるしわだらけの顔に、不気味な笑みをうっすら浮かべる。もしも一般人が彼女を目にすれば、老婆の姿をした妖怪だと勘違いし、走って逃げたかもしれない。


 暗闇の中、レイはそんな吹蓮と向き合う。


「あんな気配丸出しだったら、気づかないはずがないよ」

「そうかい? あとの二人は気づいていなさそうだったがねぇ」

「確かにね。沙羅ちゃんは一般人だし、武田は少し疎いから」


 レイは、スーツの上衣から銀の棒を取り出し、素早く伸ばす。そして、その先端を吹蓮へと向けた。


「吹蓮、どうしてエリミナーレを狙うの。畠山宰次に頼まれたから。本当にそれだけ?」

「そうだねぇ……」


 吹蓮のあやふやな返答に、レイは納得できないような顔をする。そして口の中で小さく「ふぅん」と呟く。


「一応警告させてもらうけど、吹蓮、引くなら今のうちだよ」

「今日命じられているのは偵察のみ。だから今ここで引いても問題はないわけで……けど」


 不愉快そうに顔を歪める吹蓮。彼女は、レイに上から目線で物を言われたことに、若干腹を立てているのかもしれない。口角が下がっている。


「そんな言い方をされちゃ、引くわけにはいかないねぇ」

「なら力ずくで捕らえるまで!」

「できるものならやってみな」


 言い終わるや否や、レイに手のひらを向ける吹蓮。吹き飛ばす術を繰り出そうとしたのだろう。


 だが、レイは読んでいた。横に飛び退き、術を回避する。

 そして、飛び退いたとほぼ同時に、吹蓮の方へ駆け寄っていく。レイは武器も戦い方も接近戦向きなので、距離を詰めることが第一と考えたのかもしれない。


 途中、吹蓮は何度か同じ術を使用したが、レイはそのすべてを確実に避けた。掠りもしなかった。


「悪いけど吹蓮、ここで消えてもらうよ!」


 レイは銀の棒を激しく振り回す。対する吹蓮は、銀の棒に当たらないよう少しずつ後退していく。

 一見すると吹蓮の方が上手に見える。しかし案外そうでもない。というのも、レイの狙いは、単に吹蓮を攻撃することではないからだ。


「……な!?」


 驚きの声をあげる吹蓮。

 彼女は気づかぬうちに、行き止まりへ誘導されていたのだ。逃げ場のない袋小路へ追いやられていることにようやく気がついたらしい。

 吹蓮は自然と苦々しい顔になる。


「よくもみんなに色々手を出してくれたね。あたしは貴女を絶対に許せない」


 レイは落ち着いた声で言いながら、吹蓮の片腕を掴む。骨と皮しかないかのような腕を、である。そして、逆に掴まれないよう、指を逆に折り曲げた。


 もちろんやられっぱなしで終わる吹蓮ではない。彼女はレイの足を攻撃しようと低いキックを放つ。だがレイは、キックを放った吹蓮の足を、片足で軽く払う。

 足を払われた吹蓮はバランスを崩す。その隙を見逃さず、レイは投げ技をかけた。吹蓮の痩せ細った体は、宙で一回転し、アスファルトの地面に落下する。


 一連の動作は流れるようで華麗だった。近くに見ている者がいたならば、目が離せなくなっていたことだろう。

 レイは、吹蓮の上に馬乗りになり両腕をがっちりと拘束すると、冷淡な声色で述べる。


「人の心を弄ぶなんて、最低の行為だよ」

「ま、そうだねぇ……」

「罪は償ってもらわなくちゃならない。それに、貴女には聞きたいことがたくさんあるからね。だから吹蓮、拘束させてもらうよ」


 言いながら、レイが所持している拘束具を取り出そうとした瞬間、吹蓮は言葉を発する。


「あたしを拘束できると思っているのかい?」


 挑発するような言い方だった。


「どういう意味?」

「物分かりがよくないねぇ。あたしを捕らえられると思っているのか、と聞いているんだがねぇ」

「そちらこそ、この状況で逃げられるつもりでいるの?」


 吹蓮を地面に押さえつけながらレイは尋ねた。その問いに対し吹蓮は、しわがれた低い声で「いいや」と答える。


「あの男と違ってアンタには隙がない。だから逃れるのは難しいだろうねぇ」


 妙に素直な発言を聞き、訝しんでいるような顔をするレイ。しっかりと地面に押さえつつ、腹を探ろうとするような目つきで吹蓮を見つめる。



 暫し沈黙が訪れた。

 暗闇の中、二人を静寂が包む。光はなく、音もない。まるで宇宙空間に放り出されたかのような、あまりに何もない空間である。


 それからしばらくして、吹蓮は小さく口を動かし始める。


「……だがね」

「何かまだ言うことがあるのかな」

「ある意味ではアンタもまだまだ甘い。若さゆえかもしれないがね」


 吹蓮の口元には、彼女らしい不気味な笑みが浮かんでいる。取り押さえられ到底逃れられる状態ではないのに、だ。


「悪夢はまだ終わらないよ。あのリーダーの女、それにアンタも。……なーんてねぇ」


 片側の口角だけが、すっと持ち上がる。

 それを目にし、レイは得体の知れない悪寒に襲われた。暗闇のせいでも、夜のせいでも、時折吹く風のせいでもなく。完全に吹蓮の不気味さによるものである。

 吹蓮から離れたい衝動に駆られるが、逃がすわけにはいかないので離れられない。



 ——刹那。


 レイの目に、ほんの一瞬、何かが光るのが映る。


「……っ!?」


 僅かに光ったのは吹蓮の口元だ。

 本能的に「まずい」と感じたレイは、咄嗟に吹蓮から離れる。そして距離を取ろうと走った。

 だが、既に遅い。


「あ……」


 直後、闇に爆発音が響く。黒を塗り潰すように、灰色の煙がその場を包んだ。

 近くに民家でもあれば、住人が驚いて飛び出してきたことだろう。しかし、近くに民家はない。だから、誰かがすぐに様子を見にやってくることもなかった。



 路地が煙に包まれる。

 そこへ、一人の男性が現れた。ダブルボタンのスーツに白髪混じりな頭という男性だ。


「……まさか、本当に自爆するとは。理解できませんな」


 男性は口元に僅かに笑みを浮かべる。


「失敗して帰ってきたら次はあの二人を使うとは言いましたがな……本当に帰ってこない道を選ぶとは、愚かの極みというもの」



 煙が晴れた時、路地に残されていたのは、気を失った一人の女性だけ。それ以外には、誰もいないし、何もなかった。

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