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『人間らしさとは人間らしさが欠如した状態でしか認識できないのではないかという話』

作者: 28Kそのに。

「後輩クン、今日が何の日かご存知かな」


「クリスマスですよね、知ってます」


眼下に見ると、とても華美とは言えない赤茶色の箱が等間隔で並んでおり、それらは、ムービングウォーク、あるいはベルトコンベアによって機械的に運ばれていく。


それらの箱が大きなアーチ状の機械を通過するたび、『ピッ』という効果音とともに緑色のランプが点灯した。


緑色のランプは異常が見つからなかったことの証であり、これらはそのまま全国へと出荷されていくだろう。


アーチ状の機械に箱が収まっていく様子は、人間の健康診断を彷彿とさせる。


エムアールアイ、だったか。


流れていく箱と、人間の姿が、イメージとして脳裏に重なっていくような感覚。


断続的に続く点灯と機械音に軽い眩暈を覚え、僕はそれ以上その光景を見るのをやめた。


窓に背を向け、そのまま廊下へと座り込む。


「その顔、またロクでもないことを考えているだろう」


「いいえ、これは…ただの眩暈です。そう、最近体調が優れなくて」


「そうかい? まあ、季節もそうだが、この時期は体調を崩しやすい、十分に気をつけたまえ」


そう忠告する彼女、稀有さんは、内容とは裏腹に、これっぽちも心配などしていなさそうな表情でそう告げる。


ニヤニヤしていて。


実に愉快そうに。


「体調管理は大切だ、ほかの生徒たちは、おおむね健康そうで何よりだよ。生徒会長として、生徒の管理において、私は責任を持つ立場にある」


背後から『ビー』という音が聞こえてくる。


やけにくぐもった、鈍い音だ。


見ないようにしているが、下の機械のランプは赤色に点灯しているに違いない。


「ああほら、体調管理を怠るとああなる。彼、か彼女かは…わからないが、あの子は病院送りかな。クリスマスなのにかわいそうに」


そういう稀有さんの表情は相変わらずで、その声色からも、かわいそうだという感情は、一切伝わってこなかった。


「病院、ですか」


「病院だよ。冬休み中に体調を戻してもらわないと。まあ、彼女、いや、彼だったかな? まあどっちでもいいけど、アレはアレで、病院で楽しい冬休みを過ごせるだろう」


今まさに彼らがそうしているようにね。


そう稀有さんは付け加えた。


「彼らが冬休みを満喫したら、その後は学年末試験、そしてその後は卒業式。それが終われば新天地で入学式さ。我々生徒会も、年末年始は忙しい」


「僕は生徒会役員ではありません」


稀有さんは我々と言ったが、正確には、生徒会という組織には稀有さんしか所属していない。


「ああ、そういえばそうだった。いつもいつもキミに手伝ってもらっているから、ついそんな気がしてしまっていたんだ。いつもすまないね、感謝している。本当さ。なんならジュースでも奢ろうか?」


「遠慮しておきます」


「別にジュース一本程度でこれまでの働きの対価に変えてもらおうだなんて思ってないさ。ほんの感謝の気持ちのつもりだったんだが、まあ、それを理解していたとしても、キミはそれを受け取りはしないか」


「理解が早くて助かりますよ」


「まあ、これでも長い付き合いだからね」


そんな会話をしている間も、背後では片時も休むことなく検査が続いている。


『ピッ』という音が、止まることはない。


「キミは、お気に入りの子とかいないのかい? キミさえ望むなら、三か月後くらいに、どこかの入学式で出会えるかもしれないよ」


稀有さんは、口の端を歪めながら、ガラス窓の向こうを見ている。


愉しそうに。


或いは。


「まさか、僕には彼らとの思い出なんて、一年分もありませんから」


「それもそうか」


ふう、と息を吐いて、稀有さんはガラスを背に座り込む。


口も目も、もう笑ってはいなかった。


今更だが、と彼女は口を開く。


「キミは、そうだな、普通の学校に進学しようと思ったことはなかったのかい? なんなら、今からでも、それは不可能ではないと思うけれど」


「…ありませんね。今ならなおさら、そんなことを考えたりはしないと思いますけど」


「そうか」


それだけ言うと、稀有さんは、スカートのポケットから雑に袋を取り出して僕に向かって放る。


ジップで封がしてあるそれは、小さな錠剤が中に入っている透明な袋だった。


「なんですかこれ」


「私からのクリスマスプレゼントさ。その、なんだ、彼らには何の役にも立たないかけらだが、キミにとっては意味のあるものだ」


僕はこれが何なのか、なんとなく理解して、それをズボンのポケットにねじ込んだ。


「何もかもが嫌になったときにでも使えばいい」


「ありがとうございます」


「感謝される謂れはないよ。…私はキミから、これ以上の時間を奪ってきた。こんなものでは、それこそ対価には及ばない」


「対価とか、そんな話ではなく、純粋に。プレゼントに対する感謝ですよ」


僕がそう言うと、私のよくない癖だ、と稀有さんは小さく笑った。


「彼らは社会にとって大切なものだ。社会を再現するのに必要なものだ。そのためには学校も大事だし、その過程も重要だ」


「これも人間らしさ、ってやつなんですかね」


「そうかもしれないな。結果は何より大事だが、それだけでは納得できないモノもいる。些細なことだが、重要なことだ。結果だけを求めた結果がこれなんだから、いい皮肉だと思わないかい?」


いつかの人間のために、それまで私たちは人間らしさを追求するのさ。


いつだったか、彼女がそう言っていたのを思い出す。


「さて、私たちもそろそろ帰ろう。下校時刻はとうに過ぎているぞ。生徒の規範たる生徒会が、校則を守れなくては話にならんからな」


「そうですね、僕は生徒会じゃありませんけど」


「そうだ、これから夕飯でもどうだろう、クリスマスだ、奢るぞ」


「いいんですか、遠慮しませんよ」


「安心したまえ、奢れるところにしか連れて行かん」


こうして、僕たちのクリスマスは、人間らしく更けていく。


明日もまた、人間らしくあるために。

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