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前編

 ぐおおぉぉぉぉぉ

 響き渡るような重低音を上げながら、30階層の化け物は倒れた。途端に消えて、代わりに物が現れる。その様は見慣れたけれど、今回は現れたものが、いつもの食べ物とは違った。


「あら?」

「宝箱、だよね?」


 相棒の相子と、突然神様とやらからダンジョンに放り込まれて、3か月くらい経った。いつ終わるかわからない日々に、せめてもの慰めは、魔物を倒すたびに出てくる料理のランクアップと、毎日交わす口づけくらいだ。最も、お互いに寝ている相手に勝手にしている体で、恋人ってわけじゃないけど。

 だってこんなのは、異常状態における精神錯乱に決まっている。戻ることを第一の目標にしている私たちは、戻ってから気まずくなるような関係になるわけにいかない。


 今日は何のごちそうだろう、と楽しみにしながら頑張ってボス格を倒したのに、出てきたのは宝箱だ。


 今までにもたまに宝箱は出てきたけど、それは洞窟の中に置き去りにされている形だ。こんな風に倒して出てくるのは初めてだ。がっかりして、警戒しながら近寄る。


「開けるわよ」

「はーい」


 と言っても、最初ほど警戒していない。あまりに馬鹿げた夢みたいな、ゲームシステム的なこのダンジョンは、神様のお遊びらしいけど、少なくとも私たちを殺して嬲って楽しもうと言う悪意はない。宝箱に無駄なひっかけはないだろう。

 念のため相子を下がらせて、普通に開けた。


 ぴんぽんぱんぽーん!


「!」

「!? か、奏ぇ!」


 開けた瞬間、場違いに明るい音が鳴り、驚いて一歩飛び退る私に、相子が悲鳴と共に抱き着いてくる。

 本当に異常事態なら、くっついている方が不自由になって対処しにくいと言うのに、本当に進歩しないなこの子、と呆れるけど、まあ近いほうが守りやすい。

 私はぎゅっと相子を左腕だけで抱きしめて、右手で剣を握った。


「おめでとうございます、あなた達は神の試練に合格しました」


 どこからともなく、アナウンスが流れた。その声に警戒しつつも、その内容に背筋が泡立つ。

 合格!? それはつまり、これで終わりと言うことなのか!?

 無意識に、相子を抱きしめる腕に力がこもる。それと同時に、相子は私の腰に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。


「これから3分後にあなたを元の場所へ、元の時間のまま返します。おめでとう。本当におめでとう。お祝いに、宝箱の中の宝石は自由に持って帰ってください。どこでいつ換金しても、絶対に怪しまれないものです。あと、スキルとか魔法とかはもう使えません。中二病は程々に。では、これから、よい人生を」


「! 相子!」

「奏! やった! やったね!」


 宝石を服につめよう! と合図したのに無視して抱きしめられた。あ、いや確かに、感動するし嬉しいよ? 今まで努力してきて、死と隣り合わせの極限状態で、終わるのは素直に嬉しい。

 でもこんなに大変な目にあったんだ。もらえるものはいくらだってもらう。怪しすぎるけど、慰謝料はどれだけもらったってかまうものか!


「ええ! 本当にやったわね! さっそく宝石を確認しましょう!」

「あ、うん、そういうとこほんと、割り切りすごいよね」

「感動して抱き合うのはいつでもできるけど、こんなに大変な思いして得るものが相棒だけじゃ割に合わないでしょ」

「そ、そうだね」


 え? なんで今ちょっと照れたの? まあ今はそんなの気にしている場合じゃない。

 相子を抱えるようにして、急いで宝箱に近寄る。中には確かに馬鹿みたいに宝石がつまっていた。ポケットに詰め込む。

 ウエストをしっかり締めて、シャツを詰めて緩まないようにして胸元から注げるだけそそぐ。と言うのを相子にしてあげて、自分にもしてから、相子にスカートを持たせて上に乗せる。もちろんパンツは見えている。


「ね、ねぇ、やり過ぎじゃない? 恥ずかしいんだけど」

「大丈夫、可愛いパンツよ」

「……奏じゃなきゃ、許さないセリフだってことは、わかってよね」

「協力して持って帰るんだから、帰ったら2等分ね」

「う、うん」


 私もスカートを持ち上げて乗せて、震える腕で一つずつ追加していると、突然世界が変わった。

 まるでテレビの場面が切り替わるみたいに、宝箱が消えて、明るい学校の廊下に私はいた。体から、力が抜ける。

 ざらざらざら、と宝石がこぼれた。私からも、後ろからも。


「奏っ」


 声をかけられ、抱き着かれるより先に振り向いて、相子を力いっぱい抱きしめた。


「相子!」

「か、奏……宝石、落ちちゃったよ?」

「馬鹿、そんなの、どうでもいいわよっ」


 帰ってきた! あの薄暗く、死ぬほどつらかった日々は終わったのだ! もう、飲み水や食料に遠慮することはない! 体を洗えない不快感に苦しまなくていい! 固い地面で寝なくていい! 着替えれる!


 涙があふれた。さっきまで固執した宝石も、本気でどうでもいい。帰ってこられたんだ。


「か、奏……帰って、きたんだよね」

「ええ、ええ!」

「夢じゃない、よね」

「そうよ! 現実よ!」


 相子と全力で抱き合って喜んだ。









 いくら放課後で時間が人が少ないとは言っても、誰もいない訳ではない。生徒が一人通ってめっちゃ奇異の目で見られたので、我に返った私たちは慌てて宝石をかき集めて教室へ向かった。

 幸い誰もいなかったので、宝石をきっちり山分けしてそれぞれの鞄にいれた。入りきらないので教科書もお弁当もだして、何とか入った。


「はぁ……何というか、まだ気持ちは落ち着かないけど、とりあえず帰りましょうか」

「うん。そうだね。あ、連絡先交換しよう」

「あ、そうね」


 交換だけして、とりあえず別れた。


 時間は確かに、帰った瞬間から全く変わってない。向こうで見た時は携帯電話の時間も進んでいたけど、今見たら戻っていた。

 体は疲れていた。神経も何だか高ぶっていて、落ち着かない。泣いたけど、まだまだ現実味はない。


「ただいまー」

「おかえりー」


 家に帰ると、お姉ちゃんから返事があった。その声に動揺しながら中に入る。ダイニングで、お菓子を食べながらお姉ちゃんがコーヒー飲んでた。持ち運びが面倒だからと、姉はここでよくだらけている。


「お姉ちゃん……」

「なにー?」


 声をかけたけど、振り向かずに返事をされた。でもそのそっけなさが、私に都合のよくない感じが、現実っぽくて、じんわりした。


「ただいま」

「んあ? ああ、だから、おかえり」

「お風呂入るね」

「は?」


 振り向いて不思議そうな顔をされた。何だか照れくさくて、私は鞄とは別に下げてたお弁当袋を放り出して、お風呂のスイッチだけ入れて、自室へ向かった。


 部屋に入ったら、まずは宝石をなんとかしよう、タンスから古くてそろそろ捨てようと思っていたシャツやタオルをだして傷つかないよう包んでビニール袋にいれて、おもちゃ箱にいれる。

 大きいのでは巨大スーパーボール、小さいのでは小指の爪くらいの大きさだけど、傷ついた分削ったりするから実際より安くなりそう。でもこれだけあれば、人生に困った時には使えるだろう。


 そして着替えを持って、さっさとお風呂に行く。明日のことも知ったことじゃない。とにかく洗濯機につっこんで、スイッチをいれる。丁寧に宝石を片付けていたからか、すでにお湯は張り終わっていた。


「あー……」


 暖かいお湯を、シャワーとして浴びる。それだけでめちゃくちゃ気持ちいい。

 あの特殊空間において、体は実際には汚れていないんだと思うけど、それでも、染みついた汚れが全て溶けだすようだ。


 体を洗うと、すごいスッキリした。お湯につかると、芯から溶けていくようだ。


「ああぁ……」


 帰ってきたんだなぁ。と、思った。身に染みた。死にそうだ。いや、もう死なない。もう、死ぬ危険におびえることはないんだ。もう2度と、剣を振るうことはないんだ。


 また、涙が出た。こんなに涙もろいなんて、自分で思わなかった。帰ってこられたんだ。それを、相子との抱擁ではなく、お風呂で実感するって、自分でも笑える。でも仕方ない。

 だって、相子との抱擁は何度も向こうでさんざんしたけど、お風呂はなかったんだから。


 泣いて、泣いて、それからお風呂を上がった。するといい匂いがしてきた。

 台所兼居間をのぞくと、お姉ちゃんはいなくなっていて、お母さんが料理をしていた。


「お母さん」

「ん? あら、奏。お風呂入ってたの? 珍しい」

「うん。なんか、汚れて」

「え? もしかして制服も?」

「あ、そう。洗った。あ、ブレザーは洗ってないけど」

「当たり前でしょう。そんな、シミとかできたの?」

「ううん。ブレザーは無事」


 本当は洗いたいけど、明日休みじゃないから諦める。週末にクリーニングに出そう。

 お母さんはまた手元に顔を向ける。その背中を見てたら、また涙ぐんできた。


 お手伝いをして、夕ご飯を食べた。そのご飯の味は懐かしすぎて、本気で泣けたから一回トイレに行った。

 それから部屋に戻って、寝た。そのベッドのふかふか具合に、泣きながら寝た。










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