第一話 天使、始めました
『拝啓 日本では今頃、蝉の大合唱に夏の訪れを知るこの頃で、私が転生した異世界では秋が深まりゆく山々が色づき始める頃かと思われます。そんな時期に皆々様はどのようにお過ごしでしょうか。俺は心身ともに健康でございます。
さて、私事で大変恐縮ではありますが、近況報告をさせていただきます。
驚くかもしれませんが俺は今、女神様の天使として今度は天界に転生することとなりました。
天使になり変わったことと言え容姿でしょうか・・・不本意では有りますがもう変えることが出来ないので今はこの体で我慢しております。
天使になって数十日、私は勉強に明け暮れる毎日でございます。朝起きてから夜寝るまで家庭教師であるカマエルさんに日夜、ムチで叩かれながら身を粉にして勉学に励んでいます。
覚えることが多すぎで時には涙ながらにペンを握る日々です。
日本にいる時もユーグリッドにいる時もこれほど努力したことはなかったと思われます。
「こんなはずではなかった」そんな言葉が最近になってよく頭をよぎります。
しかし、俺は負けません!!必ずや愛しの女神様の側近となるべくより努力を重ねましょう。
いつの日か かならずなってみせましょう!熾天使に!!』
宛名のない手紙を書き終えてペンをテーブルに置いて窓の外をみて今までの事を思い返します。女神様から与えられた自室で何気なく手紙を書くためにペンを取るより前の話です。
つまるところ俺が魔王を倒して天使になる時まで時は遡ります。
◆
白銀の道。俺は女神様に手を取られゆっくりと進む。女神様の手は思いの外柔らかく、手に力をいれれば壊れてしまいそうに細く美しい。
「ほんとによろしかったのですか?」
「なにがでしょうか?」
質問に対して首をかしげると女神様は「まったく」とため息と共に言った。
「彼らのことですよ。」
「戦士たちのことですか?」
「そうです。あんな別れ方でよかったのですか?」
戦士はいいやつだった。その力もさるところながら頼れる兄貴分で俺自身も戦士には随分と助けられた。
僧侶は胸がでかくてエロい・・・あとは優しいくらいか。
魔法使いは・・・貧乳だが、顔は美人だった。からかうとすぐに怒り出すので面白がってよくからかったものだ。
三人と出会い旅をしたことは辛くもあったが楽しかった。魔王を倒した今となってはほんとにいい思い出だ。
だけど、俺は既に心に決めている。日本で初めてあなたにあった時から変わらないこの気持がある。
それに、信頼できる仲間達があの世界にはいる。俺は安心して自分のしたいことが出来るって言うことだ。
だから俺は胸を張って女神様に言った。
「あれで良かったんですよ。あの世界に俺はもう必要ありません。勇者が入れるのは魔王が存在するまでです。あとは、残った者達の手で世界を作るべきですからね。それに変に見送られるのも未練が残っちゃいますしね。」
「まぁ。あなたがいいのであればいいでのですか・・。」
女神様が困った顔をした。
困った顔もまた美しい。
「付きましたよ。」
女神様の方から正面に顔を向けると大きな扉が目の前にあった。
その扉は、女神様や俺の訪れを歓迎するように独りでにゆっくりと開く。
「さて、これより先が天界になります。本当によろしいのですね。」
これで何度目になるだろうか。繰り返し繰り返し問いかけられる質問。
既に迷いなど無い。
「神の従者になるという事は、その先に命などありません。輪廻から外れて神と共に生き、神より先か神と共にか。滅び消える時まで使命を全うし、そして二度と命ある者として生まれ出でる事はありません。」
「構いません。」
あまりに平然とした態度に女神様はため息を漏らした。
「・・・普通はもっと悩んだり、驚いたりするもんですよ。」
「俺の意思はすでに決まっています。あなたをひと目見た時よりあなたと共にありたいこの胸を焦がしております。その目的のために体や命が必要んであれば俺は喜んで差し出しますよ。」
「あなたは、またそんなことを言って・・わかりましたもう、聞きませんからね!あとでやっぱり辞めたいとか言っても戻れませんからね!」
そんなこと俺が言うわけないじゃないか!!
しかし、出会った頃から囁き続けている愛の言葉だが女神様には効果がないようだ。背を向けられたまま、ため息をつかれてしまった。
女神様は、数回肩で息をした後にこちらに向き直る。
「では、約束通りあなたを天使にします。心の準備はよろしいですか?」
「もちろんです!!」
「・・・では、体から霊体のみを取り出します。少し痛みますが耐えてください」
その美しい手が俺の胸に触れる。
あぁ心地いい。ピリリと痛いが女神様の手が自分に触れているというだけでその痛みを中和され・・・・!!
「ごほ!!」
などと考えていたが想像よりも痛い!!変な声が出てしまった。
痛みでつぶった目を開けると俺は青白い火の玉の様な姿をして女神の掌の上で揺らめいていた。
元の体はゆっくりと灰色になり風にさらわれて消えていく。
「これから従者の体を形成します。イメージしてください。己を構成する体を」
俺は言われたとおりに想像する。もちろん、超絶イケメンだ。目を見るだけで人々を虜に出来るほどのイケメン!!容姿だけでハーレムを作れるくらいのスーパーイケメンそれでこそ最愛の女神のパートナーに相応しい。
「それでは行きますよ。」
『お願いします。』
霊体のみの体に熱を感じる。しっかりとしたイメージを頭に浮かべる。
あぁ、これで俺はスーパーウルトラ級のイケメンに生まれ変わるのだろう。
さよなら、今までのフツメンの俺、こんにちはイケメンの俺!
あっ。そういえば天使で黒髪の超絶美人て見たこと無いなぁ。大体金髪の天使なんだろうな。日本にいる時もパソコンで画像検索すると大体が金髪かアグレッシブな髪色してたし、黒髪和風天使とかちょっと憧れる。そんな天使なら胸も大きくてさぞ美人だろう。
イメージしてしまった。黒髪巨乳の天使を・・・。
「終わりました。・・・おや?」
「おわりましたか!どうですか俺?イケメンですか?」
何でしょうか生まれ変わるって素晴らしいですね!!なんと言っても心がとても穏やかです。あぁ清々しいこの気持なんと表現したらいいかうまく言葉が出てきません。
嬉しさのあまりその場でクルクルと体を回します。
女神様見てください!この生まれ変わった姿を!!
鏡がないので自分の顔を確認することができませんが、さぞイケメンになっていることでしょう
「え?いや・・・あの・・・男ですよね?」
ん?質問の意味がわかりませんね。
そうですか!つまり女に近い顔立ちということでしょうか?いますよね!かわいい系イケメン。
まぁちょっとイメージとは違うがイケメンには変わりありません。
「もちろん。男ですよ。ちゃんとついてますし。」
手でちゃんとついていろことを確認して目線もそちらに向けます。
ん?視線を下に向けるとそこには丸い肉が二つあります。
思わず目を前に戻し女神様を見ましたが、目を逸らされてしまいました。目線を晒したまま無言でどこから出したか分からない手鏡を裏向きにして差し出してくれます。
手鏡を受け取り、まずは自分の顔を映します。
そこには美人さんが映り込んでいました。髪色黒く肌は玉のように美しい。
「え?」
人とは予想外な事が起きると思考を止めてしまうものです。そして現実から目を逸らすものです。
たしか、どこからの偉い人がそんな言葉を残していたと思います。
「この鏡に映る。美人な人はだれですか?」
俺は女神様に恐る恐る問いかけます。
「鏡とは、己のありのままを映す道具ですよ。」
あっ。なんか名言ぽいですね。って!!
「はあああああああん???」
手鏡を使ってくまなく全身を確認します。えぇそれはもう、何度、何度、何度、何度、何度、何度、何度、何度。
しかし、いくら見ても現実は嘘をついてくれないみたいです。
なぜです!!なぜ!俺はソフトマッチョで巨根の超絶イケメンをイメージしていたはずです!!
それがなぜ黒髪巨乳の美人さんになっているんです!?しかも、あそこはしっかりと生えているし(しっかりと巨根)!!全然あってないじゃないですか(一部だけあっている)!!
なんですか!?ニューハーフよろしくですか!?このやろうですか?!
「な、なななななななんで!!こんなことに!!せっかくイケメンになって女神様をメロメロにする。俺の計画が!!」
「・・・計画は下賤ですが。その、美しい姿だと思いますよ。」
褒められた・・・嬉しいです。
思わず頬を赤らめてモジモジと体を捻ります。
「気持ち悪いのでその動きやめてください。」
傷ついた・・・悲しいです。
その場に倒れこみヨヨヨと泣いてみます。
一喜一憂する俺に女神様が声を掛けてくれます。
「・・・えっと、あなたはどんな姿を想像したのですか?」
「そんなもの!超絶イケメンにきまってるじゃないですか!!」
「・・・体が変化するときに別の事を考えませんでしたか?」
「別のこと?・・・イケメンを考えて・・そして・・・あっ」
考えました。確かに考えましたよ。体が変わる瞬間に黒髪巨乳天使の事を・・。
「やはり考えたのですね。」
「でも!それは一瞬のことですぐに・・」
「タイミングが悪かったのでしょうね。」
なんということでしょうか!!あの一瞬のイメージで俺は理想の体を手に入れることが出来なかったというのでしょうか!!ならば!!
「女神様!!もう一度体の形成を!!クーリング・オフを所望します!!」
「残念ながら、これはあなたの魂に直接刻みこむことで形を形成するのです。二度目などありません。」
あぁ、上書き不可ってやつですか・・・。
クーリング・オフ制度はどうやら天界には無いみたいです。
「お自費を・・・」
「無理です。魂は唯一無二です。再度、作り変えることなどできません。」
きっぱりと言われた。その場で膝を付き両手を地面に付ける。
さようなら、イケメンの俺。こんにちは美人な私・・・。
涙でぼやけた視界に、幻覚が見えます。
新宿2丁目にいそうなニューハーフがこちらの世界にようこそと手招きしている幻覚です。股の間に隠しきれていない膨らみをこれ見よがしに見せつけながら。
次回 第二話 家庭教師、来ました
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