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90ページ目 竜殺しの鬼

 

 あらゆるものには、表と裏がある。


 表でどんな偉業を成し遂げた天才でも、裏では人の心情を顧みない無神経な人物であったり。あるいは表で聞くもおぞましい大量殺戮を行なった犯罪者が、裏では家族思いの親であったり。

 そこに善悪はない。否定しようがない事実として、目を背けたい真実として、このユーラン・イルミラージュの中で渦巻いている。


 それは気高く、長き歴史を持つレオズィール王国もまた変わらない。

 高貴な貴族と慎ましく暮らす平民が共存するこの大国のはずれには小さな街がある。


 ジーングレッド。主に傭兵団が任務の終わりに休息を取る街である。華やかな街並みのレオズィールとは対照的に、染みや汚れが目立つ壁、破損跡が残る扉、建物から漏れ出る笑い声。荒くれ者が集う酒と力の街と呼ぶに相応しい。

 この街は名義上レオズィールとは無関係とされているが、実際はレオズィールの関係者が街の治安維持や整備を行っている。傭兵団絡みの事件を抑えるには力のある騎士団でないと不可能であるためである。


 そしてジーングレッドで一番大きな酒場に、一際響き渡る巨大な笑い声が。



「ガッハッハッハッ!! いやいや、今日も上々の成果だったなぁお前らぁっ!!」

「猪ぐらい俺達の敵じゃなねぇよ! なぁっ!?」

「ボス猪やったのはキングだろうが! 何テメェの手柄みてぇに言ってんだよ!」

「そうだったかぁ? ヴァッハッハッハッハ!!」

 太い腕を組み合い、浴びるように酒を呑む数人の傭兵団。彼等はキングが率いるオーガストの傭兵団。かつてアリウス達と出会った時はヴィルガードにいたが、彼等は依頼をこなしながら各地を巡っている。今回は少し離れた村の畑を荒らす猪の群れを退治してきたのだった。


「でも良かったのかよキング? もう少し報酬貰ったってバチは当たんなかったと思うが」

「代わりに猪の肉をたんまり貰っただろうが。俺達の金の使い道なんか飯と武器ぐらいなもんだ。だったら十分だろ?」

「倒した獣もきちんと食う。じゃねえと浮かばれねえもんなぁ」

 そう言いながら、猪肉料理を口に運ぶキング達。獲物を持ち込めば厨房が調理をして提供してくれるのも店の人気の秘訣。小綺麗な料理は期待出来ないが、この街を訪れる傭兵達にそんなことを気にする輩はいない。

「くぅああ、やっぱ野生育ちは肉が固くてうめぇ!! 柔らかい肉よりも、あー、なんて言えばいいんだろうなぁ、とにかく──」


「軟弱さを感じねぇ、強者の味だからだよ、オッさん」


 と、キング達のテーブルから猪の丸焼き、それも一番美味な部位であるモモ肉を足ごと持っていく人物が割って入る。


 燃える炎のようなオレンジ色の瞳、背中まで伸び放題の白髪の毛先は赤く染まっている。口からは小さな犬歯が覗き、細いながらも逞しい、大柄な体つきをした青年だった。


「おい、なんだお前! それは俺達の……」

「別にいいだろこんぐらいよぉ」

「てめぇ誰だ、人のテーブルに割り込むなんざルール違反だろうが」

「まぁ待て。ここじゃルールなんぞあってないようなものだろう。それにこんな柄の悪い俺達に堂々と話しかけるなんざ、活きのいい証拠だ」

 睨みを効かせる仲間達をキングは諌めると、酒が入ったジョッキを青年へ差し出す。


「呑むか? 俺達オーガストが酔っ払えるくらいの良い酒だ、お前さんくらいの若造ならゆっくり味わうくらいが丁度……」

 キングが言いかけた時、青年はジョッキを引っ手繰る。そのままジョッキを天地逆さにする程傾け、喉を鳴らしながらエールを飲み干していく。まるで巨大な竜が泉を一気に呑むような勢い。

「おぉ、やるな!! どうだ味は!?」

「っ、ぶはぁ! 不味いな! 腐った木から絞り出した水みてえな味だ!! ……けどそれが良い、俺は気に入った!!」

 ジョッキをテーブルに叩きつけ、今度は猪のモモ肉を一口で喰らう。骨ごといったのか、モモ肉は青年が持っている部位から先がなく、口からは何かが砕けていく音が低く響く。

「お前さん、名前は?」

「一緒に仕事する時が来たら教えてやるよ」

「で? じゃあお前さんは俺らのテーブルに何しに来たんだ?」

「半分同類だから気になっただけだ。じゃあな」

 そう一言言い残し、青年は去って行った。嵐のような出来事に団員は呆気に取られていた。キングを除いて。

「半分ってのは種族の事か、生き方の事か? 俺達はお前さんほど獣にはなっちゃいねえよ? ガッハッハッハッ!!!」




「よぉ、グラウブ!」

「ここで名を呼ぶな。もう10回は言った筈だが?」

「だったか? 覚えてねぇ」

 青年はカウンター席に近づくと、旅装束の男の隣へと座る。既に並んでいる料理の内、適当に見繕い始めた。

「騎士様がこんな汚ねえ酒場で食事なんざ、知られたくねえってかぁ?」

「王宮の食事は上品で洗練された味ばかりでね。あまり好きじゃないんだ」

「生まれも育ちも不自由ねえ奴が言う台詞か? ま、どうでもいいがな」

 金属の殻で覆われたメタルロブスターを割り、湯気が立つ白い身を一口で口に収める。頭を叩き割り、流れ出る味噌を音を立てながら啜り、口の中で合わせて飲み込む。

「トウテツ、今回の依頼は上手くいったのか?」

「ジェルフィールなんて雑魚、今更相手になるかよ。所詮、鱗と羽毛目的のしょぼい依頼だ」

「上手く終わったなら良い。ジェルフィールの鱗と羽毛を欲しがる富裕層は多い。ドラグニティ達が儀式に使う生き物だ、あまり乱獲しているのがバレれば報復されかねない」

「そんときゃそいつらもやっちまえばいい。ドラグニティの逆鱗はよぉ、良い値で売れるんだ。特に──」


「今日は口がよく動くな」


 青年──トウテツは口を閉じた。だがグラウブの睨みに怯んだのではない。逆にそんな視線を向けられた事に対し少し苛立った様子だ。

「何だよ、何か気に障ったか?」

「……いや、いいさ。次の依頼、私から出しても良いかな?」

「へっ、言っとくが知り合いだからって報酬は割り引かねえぞ」

「内容を聞いてからにしたまえ」

 グラウブは1枚の紙を取り出し、トウテツへと差し出す。彼はソース塗れの指でつまみ上げ、破れんばかりの勢いで開いた。


「あぁん? ゼオ・ライジアの討伐ぅ? こんなもん騎士団でやってりゃいいだろうが」

「その個体は普通ではなくてね。傭兵も騎士も全て返り討ち、近隣の村が既に2つ潰された。君しか適任者がいないんだ、《竜殺しの鬼》だなんて異名を持った君しかね」

 トウテツは前髪を書き上げる。その額には小さな螺旋状の角が飛び出していた。

「10000だ。ワイバーンの王を狩れってんならそんくらいわけねぇよな?」

「あぁ、そんなものでいいのかい? ほら」

 トウテツの前に投げられた皮袋から、金属同士が大量に擦れ合う音が聞こえる。開くとそこには眩いばかりの金貨が大量に詰まっていた。


「それで10000ドラス、前金だ。残りは君がここにゼオ・ライジアを倒した証を持ってきたら渡そう」

「……………………やっぱお前、最高だよ」


 トウテツの嬉々とした返事を聞くと、グラウブは小さく笑い、ワインを一口飲んだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 今日もまた、死期を悟った竜がこの谷を訪れる。そしてそれを看取るのがここの管理を任された少女、ルルイの使命の1つ。

 老化による痛みで呻く老竜の頭を、ルルイは優しく撫でる。するとどうだろう、老竜はたちまち安らかな表情を浮かべ、やがて静かに息を引き取った。


 老竜の遺骸を、ルルイが生み出した小さなゴーレム達が運んで行く。

 この谷の中心には大量の竜達の骨が納められている。その骨はいずれ土へと還り、この地を形成する自然の一部になる。谷の周りには深い森が広がっており、新たな命の揺り籠となる。


 自然は輪廻していくのだ。


 と、背後から歩み寄ってくる足音。この場にいるのはルルイの他には彼しかいない。

「……如何なされました、竜騎士様?」

「不穏な気配を感じないか、ルルイ」

「不穏な……?」

 竜騎士の言葉に疑念を抱きつつも、ルルイは意識を空間へと集中する。ドラグニティの五感が異変を感じ取ろうと、あらゆる情報を感じ取る。


 その時、

「っ、っ、っ!?」

 呼吸が乱れる程のおぞましい魔力を、ルルイの感覚は拾い上げた。ここからは少し離れている。しかしこの気配は今までにルルイが感じ取った事がない類のものだった。

「な、これ、は……一体……!?」

「この魔力には覚えがある」

「以前お話しされていた、ケーブでの一件ですか? しかしこの魔力をただのヒューマンが出せるはずが……」

「……これは、彼ではない」

 竜騎士は兜を被り、口笛を吹く。昼夜問わず雲に覆われた薄暗い空へ木霊する音を聞きつけ、蒼銀の翼を煌めかせてリンドブルムが飛来する。彼女もただならぬ気配を感じてか、小さく唸っている。

「あの青年の時に感じた魔力には、まだ何かを守りたいという意志が宿っていた。だが今の魔力にはそれがない。放っておけば手当たり次第に自然を荒らし回るだろう」


「はい、この魔力に込められているのは…………深い、深い絶望……何故これほどまでに、この世界を……?」





 切り立った崖の上。

 そこには粉々に砕け、焼け焦げた馬車。側には炭化した馬の死体が転がっていた。

 煙を上げて横たわる大砲や弓は溶けて地面と一体化し、鎧に至っては中身が無い。着用していた者は何処へ消えたのだろうか。


 雷鳴が轟く空の下。崖の淵に佇む巨大な飛竜の角や爪には電気が未だに燻っている。

 その背中から腹を貫く黒い剣を中心に、黒い甲殻が身体や翼を覆っていた。


「ア…………リ、ウス…………ヴィスター……!!」


 雷鳴の様な咆哮を上げ、黒い鎧に身を包んだゼオ・ライジアが空へと飛翔する。

 かつてアリウスに取り憑いていた黒い魔剣から、黒い霧を撒き散らしながら空を駆ける様は流れ星のように美しかった。



続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「黒雷襲来」


ワフゥ? あのくろいの、なに?

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