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88ページ目 双葉の旅立ち

 

「姫の旅立ちから一月(ひとつき)。今頃は何処にいるのやら」

「心配なんですか、ルース摂政大臣?」

 何処か嘲笑うように尋ねる男へ、ルースは睨みを効かせる。

「当たり前だ。彼女は今後のレオズィールの行く先を決める。今回の旅で成長されることは勿論だが、何より無事に戻ってこない事にはどうにもならん。……そうならないよう、私は護衛に貴公を推薦したのだがなぁ、グラウブ?」

「さて、何を期待されていたのやら」


 毒蛇のような目が薄っすらと開き、グラウブは笑顔を返した。ルースの睨みなど意にも介していない。


「何故だ、何故1番隊の隊長を指名した? 彼より貴公の方が実力も階級も実績もある。なのに何故あんな平民からの成り上がりで伯爵の地位を得た家の者を」

「大臣、お言葉ですがそれでは私に対する皮肉にしか聞こえません。私は2番隊の隊長で、家族からは鼻つまみ者扱い。私だって彼と大差ない、だからこそ誠実な彼が姫の護衛に相応しいと考えた次第です」

「貴公が誠実でないと?」

「魔剣を手に入れる為に村と大隊を潰す羽目になった作戦に加担した私が、誠実?」

 大きな笑いが部屋に響く。立場はルースの方が上。しかし彼はグラウブに対して出過ぎた行動が出来ない。


「いいですか大臣。貴方の我儘が通っているのは、私達《王の六器》が後ろにいるから。本来女王に仕える私達が貴方に力を貸すのは、貴方は次の王が即位するまでの代わりだから、です。貴方を切るつもりなどありませんが、忘れぬよう」

「分かっている。私の行為は全て、ヘリオス姫が王座に座るまでの準備、環境の整備の為。出過ぎた真似は決してしない」

「良き事です。さて、私は世話・・があるので、失礼しますよ、国王」

「っ、国王と呼ぶなと言った筈──」

 しかしルースが全て言い切る前に一礼すると、グラウブは足音すら立てずに扉まで歩き、部屋を出て行った。扉が閉まる間際、あの瞳はルースを捉え続けていた。

 緊張から解き放たれ、ルースは深い溜息をついた。

「王の六器……確かに、王以外には持て余す品だな」



 王の六器。レオズィールが建国されて以来、名だたる公爵家6つが集い、王女の懐刀として存在する者達である。

 それぞれが武力、知力、財力共に優れ、歴代の女王に対する忠誠心はどの兵士よりも高く、しかしながら専用の役職には付かず女王の采配でその立ち位置を変える。


 そして何より、彼らには異名通りの役割がある。王家が所有する6つの道具を管理、守護する事。数百年間、数々の大戦争を勝ち抜いたヒューマン達が得たそれらは、俗に言う《神器》であった。ユーラン・イルミラージュ創世に関わる秘密が秘められていると信じられており、厳重に保管されている。



 そんな6家の1つであるベズアグル家、その次期当主がグラウブである。そしてもう1つの家の者が、宮殿の廊下を歩く彼の向こう側から現れた。

「グラウブ……姫はもういないというのにここで何をしている」

「大臣と今後の展望を語り合っていた。私如き人間が来ていい場所でないことくらいは知っているさ、ブレオーグ近衛隊長殿」


 彼の名はブレオーグ・アトラスベルネ。レオズィール王国騎士団王女近衛隊長を若干27歳で務め、剣で騎士団内で彼に敵う者はいない。黒い髪、紫の瞳が落ち着いた雰囲気を与えるが、グラウブよりも高い背と顔の中心に走る切り傷がそれを上回る威圧感を放っている。

 彼はグラウブの婚約者であるイデアの兄であり、現アトラスベルネ家の当主でもある。


「嫌味にしか聞こえないな、姫の世話役だった奴から言われても」

「少なくとも役職は君の方が上だ。もう世話役も必要ない。それに私はまだ当主を正式に継いでいない。君には敵わないんだよ」

「没落しかけのアトラスベルネの当主、随分とまあ立派な役職だ。出来の悪い妹をお前に押し付けて再建でも図る気なのだろうが、所詮老人共の浅知恵よ」

「ベズアグルも決して栄えているわけではないがね。今の時代、名誉や武力より財力だ。メーセンビレッジ家のような」

 グラウブは懐から金貨を取り出し、繰り返し宙へ放り投げては捕まえる。態とらしい薄ら笑いを浮かべて。


「メーセンビレッジ……当主は18の小娘に変わったのだったか」

「実力至上主義だからねぇ、メーセンビレッジは。何でも最近は、闇市にも手を伸ばし始めているらしい」

「ルートの取り締まり……それだけが目的なわけがない」

 ブレオーグは羽織ったローブを翻し、グラウブの隣を通り過ぎていく。ブレオーグの表情は何かに辟易としているようなものだった。


「この現状が気にいらないかい? 騎士や貴族は愚か、王の六器まで牙を抜かれ、醜悪な姿に変わり果てていくのが」

「……さぁな。だがレオズィールが戦いを辞めた事がこの腐敗の原因だったとしたら…………」

 ブレオーグは僅かに振り向く。


「俺はまた、戦争を始めるべきだと思う」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 イクトルーンという街は初め、レオズィール王国が戦争をしている最中に生まれた中継拠点だったという。中継拠点はエルフ達の里に近く、巨人族であるティタイノス達の根城に近かった。その為外壁は強固に、防衛に特化した造りとなっており、攻城兵器も相まって彼等の襲撃に耐えていた。

 リクシード王女の領地拡大戦争の終了宣告が成される頃には、この地からエルフとティタイノスは手を引き、中継拠点は解体。代わりに拠点があった場所を中心に開拓し、今のイクトルーンの街となったのだ。


 イクトルーンは王国と港町の中間地点の役割も担っており、その為か海と陸の特産品が多い。

(食料と日用品の調達に寄ったけど、結構興味を惹かれる街だな……)

 肩と両手に袋を下げたカリスは、店の中の商品に注目していた。美しい琥珀で作られたネックレス、砂を固めた小さな馬の置物、海竜の牙を研磨して作ったナイフ。

(ここの商品はちゃんとレオズィールの検閲が入っているんだろうけど……それをしているのがメーセンビレッジ家だからなぁ……少し不安だ)

 経済において優秀な手腕を持つメーセンビレッジ家だが、その分黒い噂が絶えない一族でもある。実力を買われ、王国がそれらを無いことにしているとの噂も。出所が分からない為にデタラメな可能性の方が高いのだが。


「さて、ひ……あ、お嬢様、そろそろ…………あれ?」

 実はカリスには同行人がいる。否、正確にはその人の同行人がカリスなのだが、その姿が見当たらない。


 その時、


「おい、あっちで喧嘩だってよ」

「やだ、昼だってのに酔っ払い?」

「いや違うんだ。大男3人と、女の子が……」

 店の客の会話がカリスの耳に入る。嫌な予感がしたカリスは店を飛び出すと、その予感は的中していた。



 店の外には3人の男。そして3人に取り囲まれる少女と、少女の足元で座り込んでいる小さな少年とその母親の姿が。


「お嬢ちゃん何? この親子と知り合いなわけ?」

「言っておくけどよぉ、最初に因縁つけて来たのはそこのガキだぜ? 一生懸命人々の為、竜退治してる俺達に向かって、悪党だなんて言いやがったんだ」

「ひっでぇよなぁ、俺達がいなきゃ道中食われるってのに! むしろ俺達は正義の味方だろぉ!? 騎士様とは違って!!」

 そうは言いつつ、品のない笑いをあげる男達。言葉とは裏腹に、正義など欠片も感じさせない声色だった。少年は悔しそうに唇を震わせ、母親は我が子を守るように抱きしめる。

「なぁおい、嬢ちゃんからもガキに言ってくれって!」

「……小さい」

「は?」

 耳を傾ける男へ、少女は声を張り上げた。



「器が小さい、と言ったのです!」



 カリスは野次馬をかきわけ、やっとの事で少女達がよく見える場所まで辿り着いた。


 間違いなく、カリスが護衛している少女だった。


 絹糸のように滑らかな深い青髪、高貴さを放つ深紫の瞳、旅装束の隙間から覗く肌は透き通るようでありながら健康的な血色、背は女性の中ではかなり高い。腰に差した2つの剣の柄が金色に煌めく。

「まずいよこれ……完全に厄介ごとに首突っ込んでる……」



「な、なんだ、と……!?」

「自分達の実力を鼻にかけ、人々の為と言いながら自分達の名誉の為に本来守るべき人々へ手をあげる。挙げ句の果てにはこの街を守る騎士を侮辱……これで器が大きいとでも言う気ですか!?」

「突っかかって来たのはガキの方だって──」

「子供の目は正直です! 何より、貴方達の素行の悪さによって、他の傭兵の方々にシワ寄せが来るのです。この子の意見を素直に聞いて、改心なさい!」


 カリスは顔を覆う。これは止められない。彼女の正義の心が昂ぶってしまっている。お目付役の自分が情けなく思えてくる。


「この女、黙って聞いてりゃ!!」

 とうとう男の1人が逆上。直剣を鞘から抜き、少女の脳天目掛けて振り下ろした。


 少女は腰の剣に手を掛け、次の瞬間抜剣。閃いた剣の軌跡は、脳天に沈もうと迫る直剣を半ばから両断。少女の目の前を掠め、斬られた刀身は背後に落下した。

「へっ!?」

「あ……? っ、はっ!? て、てめぇ!?」

 固まっていた男達だったが、残る2人もすぐに剣を抜いて斬りかかる。

 少女はもう1本の剣も抜く。2つの剣が再び振るわれ、同じように剣が折られた。加えて3人の男達の眉毛がハラリと剃り落とされる。

「えっ!? お、おい今何が……!?」

「何これ、あぁっ!? ま、眉毛、眉毛が!?」

「何があったんだよおい!? 誰か説明しろ!?」


「次は何処が落ちるか分かりませんよ? 私もまだまだ未熟者でして」


 抜かれた剣の反射光が少女の表情を隠す。しかし声色は本気のものだった。


「な、何で眉毛落としたんだよ!? 何でよりにもよって!?」

「この女、色々やべぇ!! 早くこんな街出ようぜ!」

「ちっきしょ、武器買い直しだぁ!!」

 這々の体で男達は逃げ去って行った。

 直後に野次馬達から喝采の拍手が巻き起こった。剣を納め、少し照れたように笑う少女。そしてすぐに親子へ手を差し伸べた。

「お怪我はありませんか?」

「ありがとうございます……! ほら、あんたもお礼言いなさい」

「……ありがとうお姉ちゃん。あと、ごめんなさい」

「正直な気持ちを持つ事は大切です。しかし家族にまで危害が及ばないよう、気をつけて」


「そうです。一緒にいる人にまで迷惑をかけないよう気をつけないと。ですよね、お嬢様?」


 背後からの声に少女の肩が大きく跳ねる。先程までの凛々しい顔は何処へやら、悪戯がバレた子供のような誤魔化し笑いが浮かんでいる。

「カ、カリス、お買い物は?」

「もうとっくに済んでおります。人助けも結構ですが、そこの少年に教えを説くにはまだ……ね?」

「しかし……」

「この調子では今晩もまた野宿です。早く行きますよヘリ…………じゃなかった、リオお嬢様」

「わ、分かりました。先を急ぎましょう。……それでは」

 リオと呼ばれた少女は親子に一礼し、カリスと共に馬置き場へと向かう。



「次の行き先はどちらへ?」

「ここから一番近いのがラットライエルですが……」

「うっ……近いと言う割に距離が……」

「仕方がありません。進むだけ進んで、日が沈み始めたらそこで休息です。何とか辿り着けると良いですね」


 誇り高く、見る目麗しい少女騎士。


 そんな彼女の成長を見守り、助ける為の大役を、カリスは担っているのだった。



続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「幸せ報告はお互い様」


自慢も良いけど目的だけは忘れんなよ……?

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